12月9日、中国でファーウェイの顔認証システムによって、少数民族のウイグル族を検知し、自動的に警察へ通報する仕組みが用いられていると報道された。ファーウェイが中国共産党による少数民族弾圧に加担しているとして、それを批判するかたちでサッカー・フランス代表のアントワーヌ・グリーズマン選手がファーウェイとのスポンサー契約打ち切りを発表した。
それだけでなく、中国アリババグループもウイグル人を識別するクラウドサービスを展開していたことが報道された。
技術者であれば、これが単なる「ウイグル族に対する差別」にとどまらず、驚異的な事件だとわかる。つまり、中国が「ほぼすべての地球上の人類の種族を、顔認証システムによって分類できる」能力を持ったという意味なのだ。
このウイグル“族”を見分ける顔認証システムは、私たちのスマホで利用される「1対1」顔認証で用いられるようなシンプルな顔認証ではない。「1対1」だと、認証側に自分の顔の特徴点情報だけを保存しておけばいいので簡単だが、不特定多数の人々を撮影して通報するというのは、「1対1」ではあり得ない。
新疆ウイグル自治区に住むウイグル族約1000万人(在日ウイグル族によると、実際は倍以上いるとも指摘されている)の顔の特徴と比較する「1対N」だとすれば、データベース内から1000万回高速マッチングすることになり、かなり高度な技術である。かつ実際の運用は不特定多数の人々を高速マッチングするので、「N対N」となる。
あるいは、自治区内に在住するウイグル族全体の顔から、種族としての特徴を抽出しているとなると、また別の課題が生じる。
ウイグル族と一口にいっても、彫りの深い「コーカソイド系」と顔の平たい「モンゴロイド系」の混血が進んでおり、日本人の「弥生顔」「縄文顔」以上に人種認識に必要な特徴点のバラつきは大きい。中国人女性が“なりたい顔ナンバーワン”の女優ディリロバのような彫りの深い美女もいれば、普通に頬骨が大きく張ったモンゴロイド系の顔も少なくない。
コーカソイド系ウイグル族とモンゴロイド系ウイグル族を、どちらとも「ウイグル族」と認識できるとすれば、基本的人種分類であるコーカソイド系、モンゴロイド系、ネグロイド系の分類がすでにできていることになる。さらに、そこからウイグル族まで分類できる能力があるなら、他の種族も認識できているということだ。
問題は、そのデータベースはどこから来たのかということだ。
中国共産党が構築する顔データベース
中国で監視システムを構築する企業の社員によると、中国では住民票や公民身分証の更新時に顔認証用の情報を取得して、全国民の顔のデータベースを構築している。しかし、中国人の多くはモンゴロイド系であり、基本分類となるコーカソイド系やネグロイド系の顔情報データベースはどうやって構築されたのかと考えると、複数の経路が考えられる。
スマホの顔認証情報、空港の顔認証情報がローカルの情報としてシステム内にとどまっているかどうかの保証はなく、ハッキングなどの攻撃で流出したり、海外で安価に売られている中国製監視カメラの情報が流出して利用されている可能性もある。
特に中国製監視カメラはセキュリティが低く、バックドアが付いていて容易にハッキングできることが指摘されている。アメリカでは、ホームセキュリティ用の監視カメラをハッキングして、持ち主の不在を確認したうえでの犯罪が年々増加している。
ただし、単純に2Dの監視カメラで取得された顔データ以上に、スマホや各ゲートに用いられる3Dでの顔認証システムのほうが精度は高い。今回、指摘された顔認証システムの精度は不明だが、高い精度であるならば三次元での顔情報を取得していることになる。
いまや世界で流通しているスマホのほとんどが中国で製造されており、私たちは日々スマホの顔認証でロックを解除しているのだが、データローカライゼーション法のない国で、これらの情報が転用されないという保証はないのである。
中国だけでは完成できない技術
この監視システムに必要な技術を提供したのが、ファーウェイやAI企業のMegvii(アリババのアプリでも利用されている)などだが、両社だけでは完成させられない。
ファーウェイは通信や監視カメラなどの技術力が高く、Megviiの顔認証ソフトウェアも精度が高いが、高速でデータベースとのマッチング処理を行うためにはビッグデータ検索や分散処理などのサーバー側での高度な技術が必要となる。その最先端は米大手IT企業であるし、処理に必要なGPUチップも米系企業が優れている。
そして、中央サーバーに顔の特徴点が送られる前にエッジサーバー側で前処理を行ってデータ量を小さくしたほうがトータル回線負荷は小さい。そのため、エッジサーバー技術も必要だが、それもオペレーションシステム企業が得意とする技術である。
最終的にはシステム・インテグレーションも必要となるが、それも中国は強くない。高速処理を行うシステムでのトータルソリューションとしてインテグレーションを行うには、米国家安全保障局(NSA)や米中央情報局(CIA)で開発するレベルでのインテグレーターが必要となるが、それらの技術がどこから来たのかは不明である。
トランプ支持者への脅し
このファーウェイの顔認証技術の報道と相まって、親中派の米民主党州議会議員が「トランプ支持者に支払いを!」と、復讐を呼び掛けている。復讐といっても「誰がトランプ支持者なのか」を、どうやって判別するのかという課題が残る。
今回、選挙の結果をめぐり「不正選挙だ」と、トランプ支持者たちがデモを行っている間、終始デモ参加者の顔を撮影し続けていた人たちが報告されている。拙著『米中AI戦争の真実』(扶桑社)でも指摘したが、SNS企業は有権者データを収集しており、彼らは民主党を支持している。
SNS企業がトランプ支持者のデータを持っているので、デモを撮影した動画で得た顔情報を基にSNSでアップロードされた写真と「N対N」マッチングを行えば、処理は重たいがトランプ支持者を特定することは可能である。
アメリカでは今年6月から左派による暴動で多くの人が命を落としているが、警察や州兵が出動されなかったことが原因だ。権限を持つ市長も州知事も、市民が暴力に晒されているのを知っていても「平和的なデモだ」とコメントするのみだったことを振り返ると、今後、民主党支持者とトランプ支持者の衝突が起こったときには、彼らの身の安全が危ないのである。
最後に、私たち日本人はウイグル問題が遠い国の別民族が抱える問題だと考えるべきではない。香港のデモ隊は深センの収容所に送られたが、ほとんど報道されず、「人権侵害」だと批判する政治家も皆無に等しい。
国際刑事裁判所は12月14日、中国共産党によるウイグル族の人権侵害捜査要請を退けており、国際世論も国際司法機関も中国忖度が強い現状で、中国の膨張主義が日本に及んでも国際世論が中国を批判しない可能性は高い。
世界の人権を守るために、データローカライゼーションについて議論すべきではないか。そして、民主主義の未来のために、ウイグル族の人権弾圧に対して声高に「NO」を突きつけるべき時が来た。
(文=深田萌絵/ITビジネスアナリスト)
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