6月18日、Googleの元CEO(最高経営責任者)で現取締役顧問のエリック・シュミット氏が、英BBCラジオでファーウェイを通じた中国への情報流出は「間違いない」と答えたことが話題となった。
米国防省のアドバイザリーボードを兼務するシュミット氏のこの発言には、二重の意味がある。ひとつは、ファーウェイ利用にはリスクがあるということを認めて、米当局に与するポーズを取って見せたということ。その裏では、グーグル自身が背後で中国に協力し、合法的に情報提供していることを追及された際の言い逃れに利用したいのではないかと考えられる。
グーグルが米政府への協力を拒み、一方で中国政府の技術開発に加担してきたことは公然の事実だ。そのため昨年、フェイスブック取締役であるピーター・ティール氏から「国家反逆だ」、「FBI(連邦捜査局)によって捜査されるべきだ」とまで批判され、グーグルはリスクを避けるために、ファーウェイで共同開発していたスマートスピーカー製品の市場導入を見送るかたちで体裁を整えた。
中国政府検閲検索エンジン「ドラゴンフライ」
もともと、グーグルは中国政府のために「ドラゴンフライ」と呼ばれる中国検閲アルゴリズムを組み込んだ検索エンジンも開発していたために、社内で従業員による反対の署名運動が高まった。中国国内の検索エンジンは、すでに中国政府によって「検閲済み」であるため、ドラゴンフライは中国「国外」向けのサービスとして中国検閲済みのサービスを中国人以外にも提供していくことを意味し、「自由世界」に憧れて入社したハッカーやエンジニアたちの反発を呼んだ。
当初、ドラゴンフライのデータセンターは台湾に置くといわれていたが、昨年、ドラゴンフライ計画は中断されたと報じられていたので、台湾にデータセンターを追加することは断念されたかと思われていた。
ところが、奇妙なことに「米国と台湾にあるグーグルのデータセンターの内部データ通信の需要を満たすために、米国内にあるグーグルのデータセンターを海底ケーブルで台湾に所在する同社データセンターに接続し、アジア太平洋地域全体のユーザーにサービスを提供する」と報道されている。新規の海底ケーブルを利用するということは、米台間を往来するデータ量が膨大になるということを意味するが、「なんのサービスを提供するためなのか」という疑問と、「冷却に多額の電気代がかかる亜熱帯気候の台湾を選んだ理由は何か」という疑問が浮上する。
今年4月に、グーグルはFCC(米国連邦通信委員会)から、米国と台湾の海底通信ケーブル使用の許可を取得した。米当局は国家安全保障上の懸念から、米香港間という米中を直結する初の海底ケーブルの使用許可を出さなかった一方で、台中の微妙な関係を考慮せずに、台湾に対して許可を出してしまったのだ。
米中デジタル冷戦の盲点「九二共識」
グーグルがアジア太平洋のデータセンター拠点として選んだ台湾が、米中冷戦の盲点となっている。実は、台中関係は良好に見えないにもかかわらず、すでに台中間には海底ケーブルがつながっているのだ。
親中派といわれた馬英九政権時代に、台湾金門島と中国厦門の間に中国通信事業3社と台湾通信事業大手中華電信によって海底ケーブルが敷設され、台湾と中国の間ではすでにデータが自由に往来している状態にあり、米台間での海底ケーブルの利用は中国に素通りになるリスクが残っている。
以前から、台中間で検索サービスやデータセンターサービスを自由化する動きは、台湾学生による「中国の検閲を許すな」という運動で頓挫した「台中サービス貿易協定」のなかでも盛り込まれており、これを推進したのは、日本の経団連に相当する民間団体「海峡交流基金会(台湾側)」と「海峡両岸関係協会(中国側)」であった。両団体は台中経済界で重要な役割を占めており、1992年に両団体が合意した「九二共識」は国家間の合意であるかのように扱われてきた経緯がある。
2016年、蔡英文政権に変わってからは、蔡総統は「九二共識」に対して否定的な発言を繰り返しているが、正式に九二共識を破棄するには至っていない。蔡総統は、九二共識の台湾側の代表団に参加していたので、総統となった現在なら海峡交流基金会を説得して正式に破棄することを求めることもできる立場だ。しかし、今年の再選時に九二共識には一切触れず、「台湾は既に独立国家なので独立宣言する必要がない」と巧みに独立宣言を避けたのは、大陸から来た親中派が上層部に多い台湾経済界を刺激しないためとみられる。
米トランプ政権は、台湾半導体製造大手TSMCがファーウェイにチップを供給しているのを止めるべく蔡政権に水面下で相談してきたようだが、蔡総統も経済界への配慮があるためか結果が得られず、業を煮やした米政府が今年5月に規制を強化したことで、ようやくTSMCがファーウェイからの新規受注を止めるに至ったほどである。
九二共識以降の台湾は、中国を脅威だと主張しながらも、ラファイエット級フリゲート艦事件やミラージュ事件のように、購入した戦艦や戦闘機の兵器や設計図面を中国に流出させてきただけでなく、米メモリ等の半導体技術を中国に移転するなどして積極的に中国の技術革新を支えてきた。本来の台湾人と大陸系の外省人で構成される台湾の二面性は米中冷戦の鍵となっている。
Googleの狙いは44億人デジタル経済圏
グーグルは、台湾の二面性を利用して、中国政府を支えようとしているのではないかと考えられる。米香港間の海底ケーブル利用が禁止されたなかで、中国政府が長年にわたって技術移転の入り口として利用してきた台湾の二面性を利用しようと考えないはずがない。
グーグル自身は現在も“親中・反トランプ政権”的なスタンスを堅持しており、トランプ政権に対しては国境管理用の顔認識技術提供を拒否し、最近では人種差別を理由に警察に技術提供を拒否している。グーグルがそこまでしてトランプを叩き中国政府を支える理由は、中国政府が推進する「一帯一路」というビジネスモデルに乗ると、44億人経済圏がファーウェイ5G技術でつながることで莫大な利益が上げられることにある。拙著『米中AI戦争の真実』(扶桑社)でも言及したが、地球を網羅する中国通信インフラの上にスマートシティというプラットフォームが搭載されることで、検索サービスだけでなく顔認証やGPS情報等の監視技術、ビッグデータサービスを提供できる巨大な監視ビジネスが待っている。
グーグルからすればトランプ政権は、「しょぼい客」ではあっても中国政府のような「上客」ではない。ところが、中国政府やファーウェイに肩入れしている様子がトランプ政権に見つかれば、国家反逆罪の対象になりかねない。そういった歯がゆい事情を抱えた末の発言が、今回のシュミット氏による「(ファーウェイを通じた中国への情報流出は)間違いない」につながっているのだろう。
この44億人経済圏ビジネスモデルを餌にした中国の戦略は強固であり、米中デジタル冷戦の狭間に陥ろうが、コロナ禍に見舞われようが、日本の大企業が中国から離れたくないのは、単なる反日などではなく、日本政府のことを「しょぼい客」と捉えているためである。
(文=深田萌絵/ITビジネスアナリスト)
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