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上昌広「絶望の医療 希望の医療」

コロナワクチン、冬までに国民の5割接種は絶望的…英国と真逆、厚労省の“丸投げ”が原因

文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長
コロナワクチン、冬までに国民の5割接種は絶望的…英国と真逆、厚労省の“丸投げ”が原因の画像1
菅首相のインスタグラムより

 新型コロナウイルス(以下コロナ)の感染が拡大している。克服するには集団免疫を獲得するしかない。日本の課題は明白だ。ワクチン接種を進めることだ。ところが、これが難航している。本稿では、その背景をご紹介しよう。

 ワクチン接種の重要性は政府も認識している。4月17日、訪米中の菅義偉首相は米ファイザー社のアルバート・ブーラ最高経営責任者(CEO)と電話会談し、これまでに契約している1億4,400万回分(7,200万回分)とは別に追加供給を要請した。どうやら5,000万回分が供給されるらしく、翌18日には、河野太郎規制改革相が、16才以上の全員分が9月までに調達できることとなったと明かした。

 これは菅首相訪米に合わせて水面下で合意した出来レースで、「アメリカで余ったので譲ってもらった」(知人の製薬企業関係者)というのが真相だ。どういうことだろうか。

 コロナワクチンの開発競争は熾烈だ。当初、英アストラゼネカがリードした。4月2日現在、世界各国の契約数はアストラゼネカ24.2億回、ファイザー15.6億回、米ジョンソン・エンド・ジョンソン10.3億回、米モデルナ8.0億回、仏サノフィ7.3億回、中国シノバック4.8億回だ。

 ただ、ここにきてファイザーが独走しつつある。英アストラゼネカや米ジョンソン・エンド・ジョンソンのワクチンで血栓症が問題となったからだ。4月13日に米食品医薬品局(FDA)は、ジョンソン・エンド・ジョンソンのワクチンの一時的な使用停止を勧告、4月14日にデンマーク政府は、EU諸国で初めて、血栓症を理由にアストラゼネカ製ワクチンの使用を完全に中止した。

 米国やデンマーク政府が、このような対応をとることができたのは、「ファイザーからワクチンを確保できる目途が立った」(前出の製薬企業関係者)からだ。ファイザーは、2021年中に生産量を従来の13億回分から20億回分超に増やし、米国向けの2億回分の供給を7月から5月に前倒しすると発表した。4月18日から全成人が接種対象となり、早晩、接種は完了する。ファイザーの2021年の売上は150億ドルと予想されている。

 ファイザーの悩みは市場だ。世界最大の米国はすでに飽和しており、米政府が確保しているワクチンは数億回分が余ると考えられている。4月15日にはブーラCEOが、ワクチンは接種後6~12カ月以内に3回目の接種が必要、将来的には毎年受ける必要があると打ち上げたが、そのためには臨床研究が必要で、現状ではどうなるかわからない。

 ファイザーが期待を寄せるのは、市場規模が大きい日本と中国だ。日本はすでにファイザーなど3社と3億1,400万回分(1億5,700万人分)の契約を結んでいるが、そのうち1億2,000万回分はアストラゼネカだ。副反応に敏感な日本には割り込む余地がある。

 中国の状況は深刻だ。人口10万人あたり6万5,444人と、米英を凌ぐ数のワクチンを接種しているチリで感染者が激増しているからだ。人口の65%にワクチンを接種しているのだから、集団免疫を獲得しているはずだ。なぜ、こうなるのだろう。

 注目すべきは、チリが使用しているワクチンの9割以上が中国シノバック製であることだ。チリ保健省は同社製ワクチンの予防効果を67%と報告しているが、現状と合わない。ここにきて中国製ワクチンの信頼が急落している。

 中国は国内での流行は抑制しているものの、海外との交流再開には有効なワクチンの確保が欠かせない。中国政府がファイザー製ワクチンを7月までに承認し、1億回分を輸入すると表明したのは、このような事情があるからだ。ファイザーにとって、貴重な顧客となった。

「現場に丸投げ」の厚労省

 話を日本に戻そう。ワクチンの国際的獲得競争に敗れた日本にも、欧米から遅れること半年で、余ったワクチンが流入する。5月中旬には高齢者向けに1万6,000箱が到着予定だ。一箱で975回接種が可能だから、1,560万回の接種に相当する。

 これからの日本の問題は、大量に輸入されるコロナワクチンをいかに効率よく接種するかだ。冬場の本格的流行までに、英国のように国民の5割以上には接種したい。10月中に最低1回の接種を完了するには、毎日40万回の接種が必要だ。ところが、これは「絶望的な数字」(厚労省関係者)だ。4月12日現在、医療従事者約480万人のうち、最低1回以上の接種を終えたのは112万人(24%)にすぎないことは、その証左だ。

 一般国民への集団接種は、医療従事者を対象とした医療機関での接種よりハードルが高い。さらに、ワクチン接種の実施主体は市町村だが、彼らに集団接種の経験はない。地方都市の担当者は「どうしていいかわからない」という。

 政府はワクチン供給量を増やし、経済活動再開のために早く接種を進めたいと潤沢な予算をつけるが、いまのやり方では上手くいかないだろう。

 ところが、「厚労省は本気で支援する気はなく、現場に丸投げ」(厚労省関係者)だ。例えば、予診表は医療機関で利用する定期接種用の問診票を転用した。このなかには、「最近1カ月以内に熱が出たり、病気にかかったりしましたか」「現在、何らかの病気にかかっていて、治療(投薬など)を受けていますか」といった項目が並び、一つでも「はい」にチェックをすると、そのままではワクチンを接種できない。「高血圧」など大部分はワクチン接種に問題ないのだが、医師が詳細を聞き取らねばならないので、時間がかかってしまう。

 接種会場にいる数名の医師に問診を依頼することになるが、各地で実施した予行演習では、ここで「渋滞」した。そうなると一日で接種できる人数が減ってしまうため、全国市長会は予診表の訂正を求めたが、厚労省は「すでに公開しており難しい」と回答し、「予診表の確認のポイント」を配付して、お茶を濁しただけだ。集団接種が始まれば、混乱は避けられない。

 医師の手配も問題だ。地方都市はもちろん、医師不足が深刻な首都圏でも「目途はまったく立っていない」(神奈川県のある首長)。医師にやる気がないわけではない。ある大学病院の教授は「地元の市役所から医師派遣を依頼されたので、大学と相談したところ、「『市役所から依頼書を送ってほしい。兼業なので審査が必要』と言われた」という。この教授は教室員を交代で派遣するつもりだったが、「すでにアルバイトをしている医局員が多く、兼業規制の制限時間を超えてしまうので諦めた」という。大学病院を所管する文部科学大臣が、「緊急事態のため、平時の規制は緩和するように」と大学に協力を要請すれば済む話だが、そのような動きはない。

 この状況はワクチン接種が進む英国とは対照的だ。コロナ流行を国難ととらえ、さまざまな規制を緩和した。例えば、ワクチン接種では、医療機関以外に薬局・スポーツセンター・教会・オフィスなどを接種会場とし、コメディカル・医学生・看護学生・軍人なども「ボランティア」で接種できるように規制を緩和した。最近になって、歯科医による接種の検討が始まった日本とは違う。

 コロナは緊急事態だ。世界は危機感をもって、平時とは異なる対応をしている。ところが、日本は危機感が希薄だ。コロナの流行が本格化する今冬までに、集団免疫が獲得できるレベルまでワクチンを打とうという強い意志を感じることはない。4月19日には、下村博文政調会長が「65才以上だけに限定しても今年いっぱいか、場合によっては来年までかかるのではないか」と発言しているくらいだ。当事者意識がないのだ。これが、日本がコロナ対策で「一人負け」している真の理由だろう。

「勝負の2週間」「緊急事態宣言」などの抽象的な議論で思考停止してはいけない。どうすれば、コロナを克服できるか、科学的で、個別具体的な議論が必要だ。

(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)

上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。
医療ガバナンス研究所

Twitter:@KamiMasahiro

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