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江川紹子の「事件ウオッチ」第177回

江川紹子が語る「東京五輪“即刻中止勧告”」…日本の主権はIOCに譲渡されたのか?

文=江川紹子/ジャーナリスト
江川紹子が語る「東京五輪“即刻中止勧告”」…日本の主権はIOCに譲渡されたのか?の画像1
5月7日、緊急事態宣言の延長を決定し、記者会見を行った菅首相は、「安全安心な五輪開催は可能」と繰り返したが……(画像は首相官邸HPより)

 政府は、5月11日までの予定だった4都府県に対する緊急事態宣言を31日まで延長し、さらにその対象に愛知、福岡両県を加えた。感染力が強く、比較的若い年齢でも重症化の懸念がある変異株が急速に広がる。全国の重症者は連日1000人超えを記録している。

 17日に予定されていた国際オリンピック委員会(IOC)バッハ会長の来日は「大変な負担をおかけする」(橋本聖子・東京大会組織委会長)として、見送りとなった。バッハ氏は広島県で聖火リレーを視察する予定だったが、同県は公道での聖火リレーを中止した。

開催の責任を押しつけ合っている場合ではない

 そんななかでも、今夏の東京オリンピック・パラリンピックを強行する姿勢を、政府は崩していない。菅義偉首相は、「IOCが開催の権限を持っている」と繰り返す。IOCが開催を決めている以上、日本政府に選択肢はない、といわんばかりだ。ところが、そのIOC副会長でオーストラリア・オリンピック委員会の会長を務めるジョン・コーツ氏は、東京大会は「絶対に開催される」と断言し、その理由を「日本の首相が米大統領に(開催すると)言ったし、IOCにもそう言い続けている」と説明した。

 日本政府とIOCが、互いに開催の責任を押しつけ合っているようにしか見えない。

 このまま7月23日に予定されている開会式になだれ込むつもりだろうか。ひとたび大会が始まれば、日本国民もテレビの特番に釘付けとなり、感動が不安を押し流す、という目論見かもしれない。しかし、感動が医療供給体制を向上させたり、感染拡大のリスクを低減させたりするわけではない。

 ここではっきりさせておきたいのは、コロナ禍にあって、日本の人々の国民の命や健康を守る責任は、日本政府にある、ということだ。その責任をまっとうするためには、もはや今夏の東京でのオリ・パラ開催を断念し、IOCにその旨を伝えるべきだ。

 理由は、詳しく述べるまでもない。変異株の感染拡大によって、大阪はすでに医療供給体制が破綻。東京も入院患者数がじわじわと増えている。緊急事態宣言の延長とその間の対策が劇的に功を奏し、第4波から脱することを強く望むが、逆に大阪のような厳しい状況に陥らないとも限らない。危機管理は、常に最悪の事態を想定して対応を考えておくのが常道だ。

 しかも、ワクチンの接種が進んでいない。当初は、医療従事者や高齢者、基礎疾患のある人などへの先行接種は4月中に終え、5月には16歳以上の一般国民への接種を始めたい、としていた。これなら、感染リスクの高い人たちはすべて接種を済ませて五輪開催を迎えられる、という計算だったのだろう。

 しかし実際はワクチン供給が遅れ、3月中に完了するはずだった医療従事者の接種も、2回終えた人は今なお2割強にすぎない。患者搬送で感染リスクが非常に高い救急隊員ですら、接種が終わったのは一部。5月4日付け朝日新聞は、約3000人が接種対象の横浜市消防局において、その開始時期すら決まっていない惨状を報じている。

 このような状況で、多くの人たちが来日する大がかりなイベントを行えば、日本で暮らす人たちの命や健康が大きなリスクにさらされる。五輪のために医療従事者がかり出されれば、ワクチン接種を進める妨げにすらなりかねない。

橋本聖子・大会組織委会長は「アスリートファースト」を強調、しかし「五輪特権」に納得しない人たちも

 菅首相は先月23日の記者会見で、7月末までの高齢者2回接種を完了する目標を掲げ、今月7日の記者会見では、1日に100万回接種の実施をぶち上げた。5月24日には東京と大阪で大規模な接種センターを開設することも明らかにした。けれども、誰が、どのようにすればセンターを利用できるのか、1日何人の接種が可能なのか、明らかでない。

 仮に、菅首相が宣言した目標が達成されたとしても(そうなることを強く願っているが)、五輪開催の時期には、国民の多くがワクチン接種の恩恵を受けられないままだ。

 そんななか、ファイザー社などの製薬会社が、オリ・パラ東京大会に参加する選手や関係者に、ワクチンを提供することになった。菅首相は、自身が同社トップと交渉した成果だと胸を張り、「安全安心の大会に大きく貢献する」と強調した。つい先日まで「ワクチンを前提としなくても、安全安心な大会を開催」と繰り返していたことを忘れたかのようである。

 日本の選手団にもワクチンは供与されることになり、丸川珠代五輪担当相は、日本でも「選手が1000人程度、監督・コーチが1500人程度」が、五輪特別接種の対象になると明らかにした。

 これで、日本選手はかなり守られることになるとしても、五輪選手や指導者は世界中に点在しているのではないか。そのすべての人たちに、温度管理など取り扱いが難しく、期間を空けて2回接種が必要なワクチンを、いつ、誰が、どのように届け、打つつもりなのか。それがよくわからない。

 しかも、五輪選手が多くの国民に先行して接種を受けられることには、異論も出ている。橋本聖子・大会組織委会長は「アスリートファースト」を強調するが、「五輪特権」に納得しない人たちの不満は選手にも向かう。
 白血病による療養を経て、400メートルメドレーリレーで五輪代表入りした競泳の池江璃花子選手は、出場辞退や五輪反対の声を上げるよう求めるメッセージが寄せられていると明かし、「とても苦しい」と訴えた。選手に矛先を向けるのは筋が違うが、同選手は1年前のプレイベントに登場するなど、五輪実施のシンボルになってきたこともあり、開催を強行しようとするIOC、組織委、日本政府などへの批判を代わりに受けている格好だ。

 さらに、選手に批判的な人たちと選手を擁護する人々の間にも対立が生まれている。このように、五輪は国民の間に新たな分断を招いている。

 五輪のコロナ対策として、政府はほかに、選手らに出国前96時間以内に2回の検査を義務づけ、来日後も毎日検査を行うなどのコロナ対策を発表している。選手向けの医療施設も整え、感染が確認された場合の入院先として30カ所の大会指定病院を確保する予定、という。

 とはいえ、検査にも限界がある。五輪会場に予定されている東京・海の森水上競技場で今月初めに開かれたボートのアジア・オセアニア予選で、スリランカチームのスタッフ1人が新型コロナの陽性反応を示した。出国72時間前までに行ったPCR検査、日本入国時の抗原検査、大会前日の抗原検査はすべて陰性で、自覚症状もなかったという。

 選手・関係者への医療提供は、新たな批判を招いている。感染拡大に伴う医療とワクチン接種で、医療従事者にはただでさえ負担がのしかかっている。ワクチン接種の人手不足も指摘される。五輪のために医療スタッフを割く余裕はないのではないか。感染しても入院できずに自宅待機をよぎなくされる患者が増えれば、五輪のために病床を確保しておくことには、とうてい理解は得られまい。

大会期間中に日本を訪れる外国人は選手・コーチらが約1万5000人、報道陣などの関係者は約8万人

 医療関係者からも悲鳴が上がっている。

 東京・立川市の病院は、病棟の窓に「医療は限界 五輪やめて!」「もうカンベン オリンピックむり!」と大書したメッセージを掲げた。

 また、五輪では選手の行動範囲を競技会場と練習会場、選手村に限定し、外部との接触を遮断する「バブル方式」が採用される、という。これも、感染対策としては完璧とはいえない。実際、3月にハンガリーで行われたフェンシングの国際大会や4月にカザフスタンで行われたレスリングの2大会では、感染者が相次ぎ、日本チームの選手やスタッフにも感染が確認されている。

 一競技の大会でも難しいのに、東京五輪の競技数は33に上る。果たしてバブルは破綻せずに維持されるのだろうか。

 しかも、バブルを維持するための厳しいルールに対する意識は、国によって異なるようだ。5月10日付け日刊スポーツによれば、今月ブルガリアで行われたレスリングの世界選手権の状況について、日本レスリング協会の西口茂樹強化本部長は、「まったくマスクをしないでわめき散らす国が結構あります。バスのなかも、きちんとやっている国はやっているが、そこの差が激しすぎますね」と怒りをあらわにした、という。

 それでも、対策を組み合わせ、バブルでの管理を徹底すれば、選手らのリスクを減らし、選手と一般国民との接触も相当に抑制することは可能だろう。

 問題は、選手以外の関係者と一般人との接触である。

 4月25日付け読売新聞が報じた政府・大会組織委の試算では、大会期間中に日本国内を訪れる外国人は選手、コーチらが約1万5000人であるのに対して、報道陣などその他の関係者は約8万人に上る。バブル内で管理できる選手・コーチより、「その他」のほうがはるかに多いのだ。

 にもかかわらず、政府もメディアも、選手たちの対策は熱心に語るが、それ以外の来日外国人に対する対応については、情報発信があまりに少ない。

 たとえば報道関係者。さまざまな変異株が流行している国や地域からも、数万人に上る報道陣がやってきて、都内や周辺県のホテルに宿泊する。マラソン・競歩を取材するメディアは、札幌に移動し、そこに宿泊する。移動には、タクシーや鉄道、飛行機などの公共交通機関を使うこともあろう。宿泊や移動で、日本の一般人と接触する機会は避けられない。

 そして、ジャーナリストであれば、コロナ禍での五輪開催に、日本の人々がどう考えているのか、日本社会はどう対応しているのか、取材したいと考えるに違いない。いくら自粛を呼びかけても、海外の報道陣が、日本の従順な記者クラブメディアのように統制可能とは考えられない。

 この問題について、ラジオ・フランス特派員のニシムラ・カリン記者が、7日の菅首相の記者会見で、次のような質問をしている。

「海外報道陣は、いろいろな取材をするつもりです。政府が いくら厳しいルールを考えても、非現実的なルールなら意味がなくなり、当然、さまざまな問題が出てきます。数万人の行動を監視するのは、物理的に可能でしょうか」

 この問いに対し菅首相は、選手へのワクチンや検査、選手と一般国民の接触遮断など、選手への対策を繰り返すばかり。質問への直接の答えは、たったこれだけだった。

「それ以外の方は、さまざまな制約がある、水際も含めてありますので、そこは安全対策を徹底していきたいと思っています」

 実効性のある具体策は、なんら示されなかった。

メディア企業が五輪スポンサーである弊害…読売、朝日、日経、毎日の各紙は“オフィシャル・パートナー”

 こうした質問が、日本のメディアではなく、海外メディアの記者から出たのも、象徴的だ。

 一部メディアが、米ワシントン・ポスト紙に掲載された、スポーツジャーナリストのコラムを紹介した。コラムは、IOC幹部の強欲ぶりを酷評し、「強欲と法外なコストのせいで、五輪は開催国にとって重大災害と同じくらいの負担を強いられるイベントになっている」と、今の五輪のあり方を批判。開催都市は五輪関係者に無料で医療を提供し、病院に専用病室を用意しなければならないなどの負担を詳述し、こう書いている。

「日本は五輪開催に同意したとき、主権まで放棄したわけではない」
「世界的なパンデミックの最中に国際的メガイベントを開催するのは非合理的な決定」
「日本の指導者たちがすべきなのは損切り、しかもいますぐの損切りである」

 いちいちもっともな主張だが、悲しいのは、これが日本の大手紙ではなく、アメリカの新聞の発信であることだ。五輪の問題点を厳しく突く論評や今夏の開催に反対する社説を、日本の大手新聞社がみずから掲げないのは、これらメディア企業が五輪のスポンサーになっていることと無縁ではないように思う。

 五輪スポンサーは、提供する金額によって4ランクに分類されるが、読売、朝日、日経、毎日の各紙が3番目のオフィシャル・パートナー、産経と北海道は4番目のオフィシャル・サポーターとなっている。

 つまり、五輪開催について、これらメディアは客観的な立場ではなく、当事者なのだ。

 また放送も、NHKと民放キー局はジャパン・コンソーシアムとして、五輪の放送権を獲得している。この大イベントに対して客観的な立場とはいいがたい。

 その結果、多くの人たちは選手たちの感動的な物語ばかりを見せられ、IOCの金まみれの体質、今夏の大会を強行する理不尽さなどの問題を詳細に知る機会がない。

 そんな情報不足の状態でも、国民の多くは今夏の開催には否定的だ。各種世論調査を見れば、7割前後が今夏の五輪は「中止」または「延期」すべきと答える状態が続いている。読売新聞が今月初めに「延期」の選択肢を除いて行った世論調査でも、59%が「中止」と答えた。

 海外選手が日本各地で予定していた大会前の合宿も、相手国がキャンセルしたり、ホストタウンになるはずだった自治体が辞退したりするなど、中止が相次いでいる。

 海外からの観客受け入れを断念しただけでなく、日本の観客も入れない無観客の実施も視野に入った。

 もはや五輪開催によって日本の人々が受けられる恩恵はほとんどなく、負担ばかりがのしかかる。

 政府は一刻も早く五輪を断念し、ワクチン接種や医療提供体制の改善、事業者や生活が困窮している人たちへの支援など、コロナ対応に全力を尽くしてもらいたい。

 米紙コラムが書いているように、この国は、主権までIOCに譲り渡したわけではないのだ。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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