プリキュア、スーパー戦隊が不調?…「日曜朝子ども枠」の異変とTVアニメビジネスの現在
「テレビ放送だけやればうまくいく時代ではない」
バンダイ代表取締役社長(当時)・川口勝氏は玩具業界誌「トイジャーナル」の2021年新春インタビューでそう語りました。
「ニチアサ」コンテンツに今、何が起きているのか? 現状を見ていきたいと思います。
プリキュア、仮面ライダー、スーパー戦隊。日曜日の朝に放送されているいわゆる「ニチアサキッズタイム」。こっそり楽しみにしているオトナの方も多いと思います。(今は「ニチアサ」の名称は公式では使われていませんが、テレビ朝日系列のものをここでは便宜上そう呼びます)
2021年8月現在であれば……
・8時30分〜『トロピカル〜ジュ!プリキュア』
・9時〜『仮面ライダーセイバー』
・9時30分〜『機界戦隊ゼンカイジャー』
という編成となっている、日曜日朝8時30分からのこの枠は、2021年現在ですでに事実上37年以上も続いており、「日曜日の朝にアニメや特撮が放送される」のは、もはや「日本の文化」といっても過言ではないでしょう。
しかしこのニチアサでは昨今、そのメインスポンサーであるバンダイのおもちゃなどの関連商品の売り上げが下降ぎみなのです。
いったいニチアサコンテンツには今、何が起きているのか?
バンダイナムコグループの決算数字を読み解きながら、ニチアサ3作品の置かれた状況を見ていきたいと思います。
バンダイナムコの売り上げにおける「ニチアサ」3作品の立ち位置とは?
まず、バンダイナムコ全体の傾向を見てみます。
株式会社バンダイナムコホールディングスの2021年3月期の決算短信より、「IP別売上高」の数字が発表されているコンテンツのグループ全体売り上げを見てみましょう。(「IP」とはIntellectual Property、要は知的財産を指します。またアイドルマスターやラブライブ等、大きな売り上げがありながらも「IP別売上高」が出されていない主要コンテンツもバンダイには存在します)
以下のグラフは、「国内トイホビー」と「国内トイホビー以外」に分けています。
この内訳を見ると、たとえば一番売り上げの大きい「DRAGON BALL」は2020年度の売上高は1274億円ですが、内訳的には「国内トイホビー」が154億(12.1%)、「国内トイホビー以外」が1120億(87.9%)。つまり「DRAGON BALL」というコンテンツは、「国内でおもちゃを売る」商売がメインではないことわかります。では何を売っているのかというと、決算短信を見ると、ワールドワイドに展開しているゲームアプリや家庭用ゲームが大きな売り上げを占めているようです。
一方、売り上げ的には2番手の「機動戦士ガンダム」は、ガンプラやハイターゲット層のおもちゃなどが好調に推移した国内トイホビーが410億(43.2%)に対し、「国内トイホビー以外」が540億(56.8%)と、約半々となっています。短信を読むと、「ガンプラやホビー以外」とは、家庭用ゲーム、スマホアプリのほか、主力となるのはアニメ作品や、海外展開等の収入のようです。
売上高で見てしまうと割合がわかりにくいので、「国内トイホビー」と「それ以外」をコンテンツ別に百分率で示し、どのIPがどの程度「おもちゃ等の販売に依存しているのか?」をグラフにしました。
プリキュア、アンパンマン、スーパー戦隊、仮面ライダーなどいわゆる「子ども向けジャンル」は「国内トイホビー」の割合が高く「おもちゃ等の関連商品」に依存していることがわかります。
一方、DRAGON BALL、ワンピースなど、比較的中高生から大人向けに展開されることの多いジャンルでは「トイホビー以外」の割合が高く、物理的なおもちゃを売る商売ではなく、非物理的なデータや映像、体験などを売る商売であることがわかります。「機動戦士ガンダム」「ウルトラマン」「アイカツ!」などは、それらが約半々とバランスがよいですね。
プリキュアにいたっては、100%「国内のトイホビー売り上げ」となっています。(これはプリキュアの場合、アニメ制作は東映アニメーションが担い、バンダイ側にはカウントされていないことが大きな理由なのですが)
仮面ライダーやスーパー戦隊も、80%以上を「国内トイホビー」が占め、「国内でおもちゃなどの関連商品を売るビジネス」であることがうかがえますね。
というわけで、仮面ライダー、スーパー戦隊、プリキュアのニチアサ3作品は、バンダイにおいては「テレビ放送と連動し、日本のなかでおもちゃを売る」ビジネスを主軸としていることが、数字からも見て取れたかと思います。
ちなみに、全部で9つの各コンテンツのここ13年の売り上げの推移については、以下の別記事で簡単に分析してみましたので、ご興味のある方はそちらもご覧ください。
【関連記事「バンダイナムコの“苦悩”…ドラゴンボールからアイカツまでコンテンツビジネスの今を分析」】
10年前と現在のおもちゃ市場を比較すると、タカラトミーが大躍進
さて、ニチアサ、特にスーパー戦隊やプリキュアがここ数年、「国内トイホビー」の売り上げにおいてやや落ち込みを見せているのは、もちろん新型コロナ禍の影響や、おもちゃで遊ぶ時間をスマホなどに取られていること、趣味の多様化など複数の要因が複雑に絡まっているものと思われますが、おもちゃ業界だけの要因で見ても、「タカラトミーの大躍進」が挙げられます。
以下は、東京玩具人形協同組合 トイジャーナル編集局の運営する「おもちゃ情報net.」において毎年発表されている「年間おもちゃランキング TOP10」のデータです。(以下の表は、「おもちゃ情報net.」およびアニメの商業データWikiから引用し、著者が作成したものです)
たとえば、2011年と2020年とを比較してみます。
2011年の「男の子向けの年間ランキングトップ10」は、仮面ライダーが4種、スーパー戦隊が6種と、1位から10位までバンダイの独占状態でした。「子どもが欲しいおもちゃはスーパー戦隊か仮面ライダー」だった時代です。
それが2020年の「男の子向け年間ランキングトップ10」では、大きく様変わりしています。
2020年は、かろうじてバンダイの「鬼滅の刃 DX日輪刀」が年間1位を取りますが、2位はタカラトミーの「ポケットモンスター スマホロトム」が入るなど、タカラトミー勢がトップ10中4アイテムを占めることとなり、バンダイとタカラトミーはほぼ互角の戦いとなりました。特に「スーパー戦隊」は、10年前は6種類もランクインしていたのが、2020年は1号ロボが7位にランクインするのみとなり、大きく苦戦していたことがわかります。
傾向を見るために、ここ10年間の「男の子向けの年間おもちゃランキング」の「バンダイ」と「タカラトミー」の玩具のアイテム数を見てみましょう。
2011年から2015年までは、「男の子向けの年間おもちゃランキング」トップ10の玩具すべてがバンダイ製でしたが、2016年以降はタカラトミーが3~6アイテム入ってくるようになります。具体的にはここ数年、「ベイブレード」「デュエル・マスターズ」「新幹線変形ロボシンカリオン」「トミカ」「プラレール」などがランキングに入ってきています。
この傾向は「女の子向けおもちゃ」でも同様です。
2011年の「女の子向け年間おもちゃランキングトップ10」では、プリキュアのおもちゃが5つも入っていました。
対して2020年のランキングでは、「プリキュアの玩具」はわずか2つのみ。バンダイ勢としては「鬼滅の刃のCanバッチ」が入り計3つとなりましたが、タカラトミーのおもちゃは「リカちゃん」3アイテム含め全部で5つ入るなど、今やその立場は逆転しています。
同様に、ここ10年間の「女の子向けの年間おもちゃランキング」の「バンダイ」と「タカラトミー」の玩具のアイテム数を見てみます。
男の子向けおもちゃと同様にこちらでも、10年前はランクインする半数はバンダイの玩具だったものが、2017年以降は2~3アイテムのみとなり、逆に「タカラトミー」のおもちゃが過半数を占めるようになっています。
タカラトミーの女の子向けおもちゃは、定番の「リカちゃん」に加え、「うまれて!ウーモ」「L.O.Lサプライズ!」「ファントミラージュ(ガールズ×戦士シリーズ)」などその年を代表するおもちゃがランキングに入るようになってきています。
ネットを駆使したマーケティングに長けていたタカラトミー
では、なぜタカラトミーは躍進しているのでしょうか?
タカラトミーは、「リカちゃん」や「トミカ」などの定番商品と「シンカリオン」や「ガールズ×戦士」などの新規玩具の両輪がガッチリかみ合い、大きく売り上げを伸ばしています。
その原動力となっていたのが、「ネットを駆使したマーケティング」です。
2017年には、子どもに大人気のユーチューバー「HIKAKIN(ヒカキン)」が紹介した「うまれて!ウーモ」が、品切れを起こすほどの大ブームを引き起こしました。
また、サプライズトイ「L.O.L.サプライズ」でも、子どもに圧倒的な人気を誇るキッズユーチューバー「HIMAWARIちゃんねる」や、インフルエンサーでもある渡辺直美さんとのタイアップ動画により、女の子に大人気となりました。
タカラトミーはこうした「子ども向けネット動画」をうまく展開させ、新しいブームを作り出していたのです。(もちろんバンダイもWEBの活用をしてはいるのですが、タカラトミーには一歩及んでいない印象です)
またタカラトミーはSNSの活用も上手く、Twitterでは、大人に向けた「リカちゃん公式Twitter」もその世界観の構築が評判となり、大人へ向けたリカちゃんの展開にも一役買っていたりと、YouTube、Twitter、インスタグラムなどをうまく活用したマーケティングにより大きく売り上げを伸ばしたのです。
ただし、好調だったタカラトミーのSNS展開は、2020年にタカラトミー公式Twitterの“中の人”の行き過ぎた不適切な発言により大炎上することとなり、一時の勢いは失われてきてはいます。
出生数の減少により、この10年でおもちゃ市場は20%減
こうして見てきた通り、バンダイにおけるニチアサ3作品のおもちゃ販売は、タカラトミー勢に押され、やや苦戦を強いられています。
さらに日本では「少子化」も進み、子ども向けおもちゃの販売はこの先も苦戦が予測されます。
厚生労働省の人口動態調査によれば、たとえばプリキュアがスタートした2004年の出生数は111.1万人でしたが、2020年には84.1万人になるなど、子どもの数も年々減ってきています。単純計算で、この10年で市場は20%以上シュリンクしているのです。
この先は、子ども向けの特撮やアニメを媒介にして玩具を売る、というビジネス自体が先細りになっていくことは十分に予測されます。
「テレビ放送だけやればうまくいく時代ではない」
テレビ放送と連動して、おもちゃなどの関連商品を売り巨大な市場となってきた「ニチアサ」ですが、昨今の「テレビを見なくなった子どもたち」とどう向き合っていくのかも、この先の大きなカギになると思われます。
バンダイナムコHDの代表取締役社長(当時)・川口勝氏は玩具業界誌「トイジャーナル」で、ニチアサなど「定番IP」の苦戦に関し「テレビ放送だけやればうまくいく時代ではない」旨の発言をしています。
「コロナ禍の影響なのか従来からの戦略の全体的なパワーダウンなのかは難しいところですが、番組が休止している中で、子ども達がどうやってIPの情報に触れたのかを考えるとタッチポイントも従来とはかなり変化してきていると思います。
TV放送だけやればすべてうまくいくという時代ではなくなってきており、色々と工夫をしないといけないでしょうし、これまでと同じことをやっていれば同じような売り上げがついてくるという状況ではないと思っています」(「月刊トイジャーナル」2021年1月号内、「新春トップインタビュー バンダイ代表取締役社長 川口勝氏」より【発行:東京玩具人形協同組合トイジャーナル編集局】)
「テレビ文化の衰退」と共に「ニチアサ文化」も心中するわけにはいかないのです。
タッチポイントを増やし、テレビ放送に依存しない番組制作をどう行っていくのか、がニチアサ売り上げ回復のひとつのキーになると思われます。
仮面ライダーは、「大人向けハイスペック玩具」を展開して売り上げを伸長
そんななか、ニチアサ3作品の中で「仮面ライダー」だけはここ数年も売り上げを順調に伸ばしています。(2020年は新型コロナ禍の影響を受けはしましたが)
同じ「ニチアサ」のなかで、スーパー戦隊やプリキュアが数字を落とすなか、なぜ「仮面ライダー」だけが順調なのでしょうか?
その要因のひとつに、「プレミアムバンダイ」の存在があるのではないでしょうか?
バンダイナムコが運営する通販サイト「プレミアムバンダイ」(以下、プレバン)では、主にバンダイスピリッツが手掛ける、このサイトでしか買えないハイスペックな大人向けの限定商品を多数取り扱っています。なかには数万円を超えるものも多数あり、ここでしか買えない商品にアクセスが集中し、サイトがダウンすることもよくあります。
そのプレバンにおいて、「販売が終了した商品も含むすべての取り扱いアイテム」の数を調べたところ、ニチアサ3作品では「仮面ライダー」の商品が圧倒的に多いのです。
これまでに発売されたアイテム数は、仮面ライダーが5205、スーパー戦隊が1378、プリキュアが592アイテムと、仮面ライダーが群を抜いて多いことがわかります。
スーパー戦隊、プリキュアが少子化およびタカラトミー勢に押され売り上げを落とすなか、仮面ライダーのみが売り上げが好調なのは、このプレミアムバンダイの「大人に向けたハイクオリティなおもちゃ」の多彩な展開も要因のひとつなのではないかと思われます。
仮面ライダーはいち早く、子ども向けだけではない、「大人向けハイスペック玩具」を展開し、売り上げを伸ばしているのです。
もちろんスーパー戦隊もプリキュアも「大人向け商品」の展開を行っていますが、数的には仮面ライダーよりまだまだ少ないのが現状です。(誤解のないようにいっておきますが、スーパー戦隊やプリキュアは「番組自体は子ども向け」に作られ、しかしながら「グッズのなかには大人向けのものもある」という展開です。番組自体が大人向けになっているのではありません)
スーパー戦隊、仮面ライダー、プリキュアは歴史が長く、過去シリーズは資産性も高いものと思われます。その資産を生かすべく、過去作品のプレミアム商品化はこの先も加速していくものと思われます。
ビジネス拡大のためにこそ、ニチアサでは徹底して「子ども向け作品」を作るべき
ただ、ニチアサは、まずは子どもに見てもらわないことには始まりません。子どもが見なくなってしまったら、後のオールスターズ展開にも意味がなくなってしまいます。
だからこそニチアサは、子ども向けにしっかりと制作することが必要なのです。(今はそれができていると思いますが)
へんに色気を出して、プリキュアやスーパー戦隊の番組内容を大人にも向けて制作してしまっては、のちの「金の卵を産むガチョウ」を殺すことにもなりかねません。(もちろんバンダイはニチアサ3作品の番組の制作会社ではありませんが、密接な関係にはあります。)
この先もニチアサの現行放送作品は、徹底して「子ども向け」の作品を作り、子どもにしっかりと見てもらい、そしてその子どもたちがオトナになった時には過去のオールスターズ資産を「大人向けに」展開する、というこの両輪があればこそ、この先もニチアサ3作品は、売り上げを維持・拡大していけるのだと思われます。
我々おとなファンのお財布は、どんどん軽くなっていきますけどね。