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藤和彦「日本と世界の先を読む」

米国、コロナで薬物中毒の死者数が急増…密輸への中国政府の関与に警戒、米中「薬物戦」の様相

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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「gettyimages」より

 ワクチン接種により新型コロナウイルスの危機から脱しつつある米国だが、新たな問題が浮上している。米国で薬物中毒死が急増しているのである。

 米疾病対策センター(CDC)は7月14日、「昨年の米国の薬物過剰摂取による死者数(暫定値)が過去最多の9万3331人に達した」ことを明らかにした。2019年の7万2151人から29%の増加であり、年間の伸び率も過去最高だった。米国の新型コロナウイルスによる死者数は約37万5000人だったが、薬物中毒による死者数はその4分の1の規模に上る。最近では1日当たりの薬物中毒による死者数が新型コロナウイルスの死者数よりも多くなっている。

 強力な薬物が出回っていることも懸念材料である。CDCによれば、昨年の薬物中毒死のうちオピオイド(医療用の麻薬性鎮痛薬)が原因となるケースが全体の約75%を占め、2019年の5万963人から6万9710人に増加したという。なかでもフェンタニル(合成オピオイド)はモルヒネやヘロインの50倍以上の強さがあり、純度100パーセントなら2ミリグラムで死に至るとされている。

 オピオイドはもともとは専門医や病院での使用が一般的だったが、1995年に薬品メーカー(パーデュー・ファーマ)が、医師の処方箋があれば誰でも近くの薬局で購入できるオピオイド系の鎮痛剤を開発したことがきっかけとなり、全米で常用者が広がった。

 薬物中毒死はパンデミックの数カ月前からすでに増加していたが、最新の統計でコロナ禍によって加速したことが明らかになっている。パンデミックが招いた精神的な苦痛や辛い体験、経済的な困窮、社会的孤立感などが引き起こした「うつ」的な感情が薬物使用を誘引し、これまで薬物に縁遠かった人までが手を出した可能性が指摘されている。

 薬物中毒による死者数が急増する中で注目すべきなのは、オピオイド乱用による死者が20代から50代の働き盛りの世代に集中している点である。

 オピオイドが蔓延している背景には、熾烈な競争社会という構造的な問題がある。通常の肩こりや腰痛よりも、「不安とストレス」に起因する精神的な痛みを癒やすために大量に使用されているのである。

中国が「アヘン戦争」仕掛ける?

 オピオイドの使用が急増したもう一つの要因は、米国には日本のように国民皆保険の制度が存在しないことである。新型コロナウイルスに感染しても高額な医療費を払えない多くの人たちが、新型コロナウイルスがもたらす炎症を抑えるためにオピオイドを闇ルートで入手したといわれている。

 パンデミック対策で国境管理が格段に厳しくなっているのにもかかわらず、メキシコの犯罪組織のせいでフェンタニルなどの米国への流入が加速しているが、「もともとの製造国は中国だ」と米国政府は考えている。

 中国は米国に次ぐ世界第2位の製薬産業を擁している。なかでも低価格のジェネリック医薬品や薬の原材料の生産能力が高い。先進国に比べて規制も緩い。米麻薬取締局によれば、中国の業者がフェンタニルなどを大量生産し、メキシコやカナダなどを経由して米国に大量に送り込んでいるという。フェンタニル1キログラムの仕入れ価格が中国国内では約3000~5000ドルだが、米国で売りさばけば150万ドル以上の稼ぎになったという(2019年末時点)。

 暗号化されたメッセージアプリやビットコインなどの仮想通貨の普及も、こうした取引の温床になっている。中国からのフェンタニルの流入は、オバマ政権時代から問題視されていたが、中国との間の外交課題として初めて取り上げたのはトランプ前大統領である。

 トランプ氏は2018年12月、習近平国家主席と首脳会談を行ったが、会談後にホワイトハウスが出した声明文には、最大の焦点だった貿易交渉の結果よりも先に、中国によるフェンタニルの規制強化が記述されていた。

 トランプ氏がこの問題を最重要視したのは、同氏の支持者が多いとされる「ラストベルト」が全米で最も深刻な被害を受ける地域のひとつだったからである。中国政府は2019年4月にフェンタニルを危険薬物に指定し、規制すると発表したが、事態は改善されることはなかった。

 トランプ氏は2019年8月、ツイッターの投稿で「習主席はフェンタニルの米国向け販売を阻止すると述べたが、まったくそうはなっておらず、多くの米国人がいまだに死んでいる」と批判した。一向に事態が改善しないことから、米国で「中国政府が黒幕である」とする説が高まっている。中国の麻薬産業は国際市場の過半数のシェアを握っているとされており、中国政府が「ドル箱産業」をつぶすわけがないからである。中国政府が麻薬の密輸に関与しているとの疑いは1971年から提起されている。

「悪質なフェンタニルの蔓延は米国に向けられた『アヘン戦争』である」と指摘する専門家も存在する。米軍特殊作戦司令部は2014年9月に公表した戦略白書の中で「『薬物戦』も一種の戦闘状態である」と位置づけているが、フェンタニルのように死に至るほどの高い中毒性を有していれば、軍事目的の化学兵器とみなされてもおかしくはない。

 米国内で「ワシントンは中国との対決を避けてきたが、直ちに強力な制裁を科すべきである」との論調が高まっている(8月2日付ZeroHedge)。バイデン政権が中国と対峙しなければならない難問が、またひとつ増えたのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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