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藤和彦「日本と世界の先を読む」

中国、「旧ソ連崩壊」再来の足音…経済成長の源泉=膨大な労働力、減少フェーズ突入の兆候

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
中国、「旧ソ連崩壊」再来の足音…経済成長の源泉=膨大な労働力、減少フェーズ突入の兆候の画像1
中国・上海(「gettyimages」より)

 防衛省は7月13日、2021年版の防衛白書を公表した。「米中の競争激化がインド太平洋地域の平和と安定に影響を与えうる」と警鐘を鳴らした。異例な記述がなされた背景には、中国のことを「安定的で開かれた国際システムに対抗しうる唯一の競争相手」とみなすバイデン政権が誕生したことがある。

 中国が国際社会での影響力を増大してきた最大の武器は経済力である。ブルームバーグ・エコノミクスは「中国が成長を押し上げる改革を断行する一方で、バイデン米政権が自ら提案したインフラ更新や労働力拡大を実現できなかった場合、米国が100年あまりにわたって維持してきた世界一の経済大国の座を中国が31年に奪うことになる」と予測している。中国のGDPは購買力平価ベースではすでに首位の座にある。

 7月1日に中国共産党は創立100周年を迎えたが、習近平総書記(国家主席)は毛沢東をイメージさせるマオカラー(立襟)の人民服に身を包み60分あまりの演説を行った。「中華民族は偉大な復興に向けて止められないペースで前進している」と誇らしげに語り、米国に対して主役交代を迫るメッセージを送った。

 式典の模様は日本でも大々的に報道されたが、米国メディアの論調は「中国共産党100周年式典は習近平ただひとりを礼賛するイベントと化した」として否定的であった。中国共産党は6日、世界160カ国の政治家1万人を招待し、世界政党指導者サミットを遠隔で実施したが、前例のない規模と共産党が進める国際政治という側面から「コミンテルン(国際共産主義運動の指導組織)の復活」と揶揄する声も出ている。

 米調査機関ピュー・リサーチ・センターが6月30日に発表した先進17カ国を対象とする調査によれば、中国に対する見方は概して否定的であり、習氏に対する信頼度は過去最低水準になったという。

 米国で「中国脅威論」が高まる一方、「中国崩壊論」を唱える論調も出始めている。中国共産党の幹部を養成する中央党校の元教授は6月30日付ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューで「中国共産党は見かけ上強大そうに見えるが、その実態は『張り子の虎』に過ぎない。米国政府は共産党の突然の崩壊に備えておくべきだ」と述べた。

停滞する構造改革

 祝賀式典は華やかだったが、中国の将来は党指導部が語るほど明るいものではない。経済成長率を決定づける3つの要因は(1)労働力、(2)資本ストック、(3)生産性である。中国の資本ストックの水準は高くなったが、肝心のリターンが小さくなっている。過剰生産能力や入居者不在の建物が集まるゴーストタウン、交通量が極端に少ない幹線道路などはいずれもこうした問題を浮き彫りにしている。

 生産性向上に必要な構造改革は停滞している。改革を断行すれば党中枢の利権に打撃が及ぶことになるから、現在の指導部は躊躇しているのだろう。加えて関税や他の貿易制限によって世界の市場や先端技術へのアクセスにも支障が生じており、コロナ対応の景気刺激策により民間債務は記録的な水準へと増加している。一党支配の揺らぎを警戒して「開放」から再び「統制」へと舵を切っているようでは、次の成長軸は見いだせない。

  もっとも懸念すべきは、中国の成長を長年牽引してきた労働力に赤信号が灯っていることである。一人っ子政策の余波で出生率は低水準にとどまっており、生産年齢人口はすでに頭打ちである。20年の人口は14億1178万人とされているが、米国ウィスコンシン大学の推計によれば、公式統計よりも実際の人口は1億1500万人少なく、すでにインドの人口よりも少なくなっているという。1992年時点で300万人の兵士を擁していた人民解放軍の規模は現在219万人にまで縮小しているとの分析がある。

「中国脅威論」喧伝の背景

 世界最大の人口と常備軍という中国人にとっての「国家の誇り」が消失しつつある。このことから現在の中国は「張り子の虎」にすぎないことがわかるが、なぜ米国で「中国脅威論」が喧伝されているのだろうか。

 国内が分断状況にある米国の政治状況が強大な敵を求めているからである。7月6日付ニューヨーク・タイムズは「習近平は毛沢東以降でもっとも好戦的で抑圧的な指導者である」とした上で、現在の中国を過去のドイツやソ連と比較した。

 過去の歴史を振り返れば、他国との対決が米国を国家として結束させるきっかけを提供してきたことがわかる。1930年代は党派対立が絶えなかったが、第2次世界大戦に参戦すると国は一致団結した。その後、旧ソ連との冷戦となったが、旧ソ連が崩壊すると再び国内は分裂状態となった。21世紀初頭からのテロとの戦いでは冷戦のように国をまとめることはできなかったが、そこに米国にとって国内を団結させることができる「望ましい敵(中国)」が登場したというわけである(6月30日付フィナンシャル・タイムズ)。

 筆者はこれまで本コラムで「現在の中国は30年前の日本と同じ状態にある」と指摘してきたが、中国の今後ははるかに厳しいものになると思い始めている。鄧小平の経済改革以降、権力維持の必要なイデオロギーをかなぐり捨てた中国共産党にとっての正統性は「経済の順調な発展」に尽きるが、今後労働力の縮小で経済成長が大幅に鈍化するのは必至である。祝賀式典では過去40年の成功がことさら強調されたが、それ以前の毛沢東時代の経済は低迷し、国内も大混乱していた。国家主席の任期を撤廃し3期目を目指す習氏の姿が毛沢東時代を彷彿とさせると懸念する向きもある。

 20世紀末の旧ソ連崩壊のような事態が今後中国で発生する可能性は排除できない。このように「脅威」とともに「脆弱性」を内包する中国に対しては、複線的なアプローチで臨むことが必要なのではないだろうか。

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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