ANAHD、無計画な拡大経営の“しわ寄せ”で子会社CAが犠牲…新LCC設立に疑問続出
ANAホールディングス(HD)は新型コロナウイルス感染拡大による業績の大幅悪化の打開策として、完全子会社エアージャパン(AJ)を主体としたLCCの「第三ブランド」立ち上げを昨年来打ち出している。全日本空輸(ANA)とLCCのピーチでカバーできないネットワーク補完のためと説明しているが、「LCC路線強化が目的ならピーチとの統合でも十分」(アナリスト)との指摘もあり、業界関係者の間では「国や銀行から支援を受けるための『やってる感』の演出にすぎない」との声が少なくない。
AJがフルサービスキャリアからの転身を余儀なくされることで、現場社員からは「今でもANAとの待遇差が大きいのに、さらに悪化するのでは」との懸念も上がる。関係者への取材をもとに今回の「第三ブランド」を検証する。
ANAHD、LCCの「第三ブランド」、22年度を目処に運行開始を計画予定も疑問符
ANAHDは昨年10月、コロナの影響に対する事業構造改革を発表した。そのなかでANA、ピーチに続く「第三ブランド」の立ち上げを表明した。中距離の東南アジア、オセアニア路線などを中心に拡大が見込まれるレジャー需要を担い、国際線の需要動向を見ながら2022年度を目途に運行開始を計画している。この「第三ブランド」の名称などは不明だが、新会社立ち上げでなくAJを母体とすることで認可などのプロセスを省略する。外国人の派遣パイロットの活用により人件費を調整しやすくすることで、将来でのコロナ禍のような緊急事態に対応しやすい体制をつくるという。
この「第三ブランド」については、計画が発表された当初から、業界内で疑問点が指摘されていた。具体的には、(1)新たにLCCブランドをつくる必要性、(2)競争優位性、(3)外国人パイロットの採用をさも新しいことかのようになぜ打ち出したのか、の3点だ。
まず(1)については、ANAHDが説明するLCCブランド強化が目的だとすると、ピーチにAJの人員や機材を組み合わせれば済む話で、別に新ブランドを立ち上げる必要はないのではないか。(2)にしても、新ブランドが担う中距離東南アジア、オセアニア路線はすでにJALグループのZIP Air Tokyoやカンタス系列のジェットスター、シンガポール航空系列のScoot、独立系LCCのエアアジアXなど中距離LCCが群雄割拠の状況で、後発組のANAがどれだけ食い込んでいけるか疑問符がつく。(3)は、ANAHDの片野坂真哉社長は派遣外国人パイロットの活用を人件費削減の目玉かのように話しているが、AJでは従来から派遣外国人パイロットを雇っており、今回の発言は不可解だ。
新ブランド設立に「巨額支援の手前、やってる感出す必要」「ピーチのブランドを傷つけたくない」との指摘
これらの疑問について、ある航空アナリストはこう解説する。
「(1)については、ANAHDとしては現在、国や銀行から巨額の支援を受けており、事業構造改革として『やってる感を出せる目玉』が欲しかったのではないかと推察されます。実際、ANAHDが掲げる計画の中身は、機材導入計画の縮小や、ANAとピーチの連携強化など、地味で当然やるべきことばかりで注目を引くような要素はありません。
(2)との絡みでいうと、ANAHD自身もこの新中距離LCC計画の成功確率は高くないと考えているのではないでしょうか。そもそも中距離LCCは短距離のそれと比較して収益性が芳しくなく、この新ブランドがターゲットにする市場は競争が熾烈です。一方、ピーチは日本のLCCとしては最も成功しています。中距離路線のLCCをこれとは別建ての新ブランドにする事で、首尾良く進まなかった場合に、ピーチのブランドイメージを毀損することなく撤退可能という目論見があるのではないかと考えられます。
(3)については、実際はパイロットではなくて、AJの人件費の大部分を占めるCAの待遇悪化に対する批判を避けたかったのではないでしょうか。現在はフルサービスキャリアであるANA便の運航受託をしているAJがLCCになれば、運航コストの下押し圧力に晒されることは不可避でしょう。この流れでCAのさらなる待遇引き下げも考えられる。人件費削減を進めたい経営陣の主眼はそこにあると考えるのが自然でしょう」
AJのCA「検疫補助業務の次は世間アピールの道具」と批判、現役パイロット「自社養成をケチって外国人で埋め合わせていた」
本連載では、AJのCAはANAHDが政府から受注した成田空港国際線での検疫補助業務に、十分な感染対策が取られない状況で従事させられている現状について繰り返し指摘してきた。そのなかで、ANAHDがAJのCAに「グループ社員とわからないように」と文書で通知するなど、子会社に対する差別的待遇が本質的問題だと報じた。今回の新ブランド設立についても、AJ社員には事前説明はなく報道で初めて知るといった状況だったといい、不信感が高まるのも無理はない。
AJはANAHDの片野坂社長によって1990年に設立され、AJのCAはANAのCAと同じ制服を着て同じ業務に従事しながら、ANAのCAと大きな待遇の差を強いられてきた。今回の新ブランド設立で片野坂社長が言及した外国人パイロットの活用についても、ANAグループがHD化以降に急拡大した国際線事業でのパイロット不足の穴埋めをする役割をしてきたという。ANAの現役パイロットはこう話す。
「ANAのパイロットは、伝統的にプロパーの仕事が制限されることへの危惧や勤続年数に応じた年功序列の関係があり、日本人純血主義が取られてきましたが、当初予定の08年から3年遅れで納入されたB787が徐々に運用されてくるにつれ、パイロット不足が深刻化していました。ところが、人件費を抑制したいANA経営陣はコロナ禍前に売り手市場だった新卒採用にまったく積極的ではなく、ここ5年でANAのパイロット数はほとんど変わっていません。
このような状況のなかで、調整弁として重宝したのが増減しやすいAJの外国人パイロットだったというわけです。AJではコロナ禍前は9割が派遣外国人パイロットで、残り1割をANAのパイロットが出向するかたちを取っていましたが、毎月2週間がむしゃらにフライトして本国に戻って2週間休むといった勤務スケジュールで、しかもその飛行機代はANA持ち。決してトータルコストは日本人パイロットと変わらないか、むしろ高いと言われていました。これだったらきちんと自社養成パイロットをしっかり新卒から鍛えたほうがいいとの声は根強くあったのですが、ひたすらコストを抑えたいANA経営陣には届いてこなかった」
筆者が調べたところ、ANAの16年のパイロット数は2395人だったが、21年には2444人と5年でたった50人しか増えていなかった。JALがグループ全体で採用を強化し、15年度に2519人だったのが19年度に2766人と200人以上増やしたのとは対照的だ。この現役パイロットの証言から、AJではCAだけでなくパイロットも、ANA本体が国際線拡大を目指す上での「都合のいい人件費の調整弁」として機能してきたことが窺える。
アナリスト「現在のANAの苦境は自業自得の面が強い」
筆者が取材を通して実感するのは、ANAが国際線に進出したここ30年ほどの歴史を通して、AJは常にANA本体の犠牲になってきたという事実である。ANAグループの経営の中心に常にいたANAHD の片野坂社⻑が設立した「所有物」であることも関係しているとみられるが、コンプライアンス全盛の時代に特定の子会社にこれほどの差別的待遇や人件費のしわ寄せがいくのは、そろそろ見直されるべきではないだろうか。人権上の観点だけでなく、ANAは乗客の命を預かる交通インフラ企業であり、その国際線事業の一角を担うAJの士気やチームワーク低下は安全に直結するのだからなおさらだろう。先の航空アナリストは「現在のANAの苦境は自業自得の面が強い」として以下のように話す。
「日本の航空業界は業績悪化時にCAをレイオフ(一時的解雇)にできないという国際的に見れば特殊な経営環境にあり、ANAグループ全体で人件費を垂れ流しにしてまでCAの雇用を維持しているのはそのためです。そういう意味では片野坂社長以下経営陣は他国の同業よりも難しい舵取りを迫られているといえる。
しかし、国際航空事業はそもそもリスクの大きい事業です。コロナ禍以前にも米国同時多発テロやSARS、リーマンショックに代表される経済危機等、偶発的な要因によって大幅な収益減に見舞われるという事態を幾度となく経験してきました。だからこそ、欧米の航空会社は急激な需要後退局面では従業員のレイオフによりコストを削減したり、場合によっては積極的に法的整理に進んだりと、様々な生き残り策を講じてきました。国際航空ビジネスの本質的な特性と日本の雇用慣行を考慮すると、2020年の東京五輪を目指してCAを極端に多く採用するなど拡大路線に邁進してきたANA経営陣は、リスク管理の観点からは落第点でしょう」
ANAはJALの経営破綻を好機に国際線事業拡大に全振りしてきたが、そのツケを払わされているというわけだ。そのAJへのしわ寄せが、強制参加の検疫補助業務や待遇悪化が避けられない新ブランド設立というのだから、「いっそのこと会社都合で退職させてもらって再就職したい」(AJの現役CA)という声が上がるのも、うなずけるというものだ。この再就職についてもAJのCAが早期退職を選んだ場合、5年以内の同業他社への転職が禁じられてきた経緯があり、問題点は改めて報じる。
米国では大手キャリアがLCC各社との競争激化に対応するため、一部の席を事前指定の上で予約変更や返金など不可として提供するベーシックエコノミーと呼ばれるサービスが広がっているという。新しくLCCブランドを立ち上げること自体がコストと考えられる時代、こういった海外事例を積極的に取り入れ合理的経営を行い、浮いたコストで社員の環境を良くしモチベーションのアップをはかるなどの経営判断を、ANA首脳はすべきではないか。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)