「同じ業務なのに待遇面で格差」ANAHD、子会社CAへの“差別的待遇”に不満充満
本連載ではANAホールディングス(HD)の完全子会社エアージャパン(AJ)が現在行っている成田空港国際線の検疫補助業務について、業務後のPCR検査が受けられないなど不十分な感染防止対策しかとられず、CA(客室乗務員)が感染リスクにおびえながら日々の業務に取り組んでいる現状について報じてきた。
今回の業務にかぎらず、AJはその設立時から、ANAグループ内で経営陣の「コストカットの道具」のような差別的な立場を強いられてきた。それはANAのCAとまったく同じ業務を担っているにもかかわらず、待遇面で如実に表れてきたことを、関係者などへの取材により明らかにする。
AJ、片野坂ANAHD社長が90年設立、「ANA劣化版」批判も国際線競争で存在感示す必要性
AJのホームページなどによると、1990年に前身のワールドエアーネットワークが設立され、2000年に現在のAJに社名変更した。成田空港が本拠地で、シンガポールやタイなど、アジア・リゾート路線を担う国際線専門の航空会社だ。21年4月時点の従業員は約800人で、大半はCA。ANAのCA約8600人の約10分の1の規模で、原則ANAや他社でのCA勤務経験者を中途採用している。パイロットはコロナ禍前には派遣会社の外国人を雇っていたが、コロナ禍による国際線の需要急減で、現在はANAのパイロットが出向する形で補っている。以下、時系列に沿って詳しく見ていこう。
AJが生まれた90年は、86年に国際線にANAが参入した直後で、「国際線の黒字化」を至上命題として走り出した時期だ。現在ANAHD社長を務める片野坂真哉社長が経営企画部主任部員(課長級)として設立したが、日本経済新聞のコラム「私の課長時代」で以下のように当時を振り返っている。
「外国人パイロットを雇ったり、サービスを簡易にしたりしました。労組の理解を取り付けながらの難産でした。当時はまだ格安航空会社(LCC)の概念がなく、社内外からANAの劣化版だという批判も受けました。それでも着実に路線を拡大し、今やグループの重要な位置を占めています」
外国人の派遣採用で日本人では高額なパイロットの人件費を削減した上、設立当初から現在までAJのCAは時給制で福利厚生もANAのCAより格段に落ちる。「国際線は飛ばしたいがコストはかけたくないという当時の経営陣の方針を片野坂氏が具体化した」(当時を知るANAのベテラン社員)というわけだ。
本連載ですでに報じた通り、90年代の国際線は日本航空(JAL)の独壇場であり、新天地として当てにしていた関西国際空港も94年の開港当初は巨額赤字を計上し続けるなど絶不調。AJもその影響を受け、業績は好調とはいいがたい状態が続いた。
2000年代からANAとの共同運航便開始、05年から制服も統一
2000年代に入り、ANAとの共同運航が本格的に開始され、編成にも組み込まれていった。以下は、2000年代前半にAJに勤務した元CAの証言。
「その頃のAJは関西空港ベースのみの小さなグループで成り立つ、とても雰囲気の良い会社でした。上司も面倒見の良い方が多く、公私ともども仲良くしていただいた方も何人かいます。そこから徐々に規模が大きくなり、成田ベースもできたころから、ANAのサブ的な存在へと変わっていきました。待遇の違いがあるにもかかわらず、AJがANAのようなクオリティを求められるようになって空気がどんどん淀み始めたのです」
AJのCAはANAのCAと同じ訓練を行い、同じ保安業務とサービスを担っている。05年からの制服の統一で見た目もANAのCAと何も変わらないため、「不思議に思った旅客から『どうして今日はNQ(筆者注・AJ便の意味)という便名なの?』と聞かれ、肩身の狭い思いをすることもよくあった」(元CA)という。
コロナ禍が本格化する前の昨年度までは、AJのCAはANAに出向というかたちで、同じ機体に乗務していた。逆にANAのCAがAJに「国際線の慣熟のため」に出向するケースもあった。まさに、違うのは待遇だけというわけだ。以下は再び先の元CA。
「私が現役の時はフライトで必要なアメリカのビザがおりるまで仕事ができなかったため、1カ月休まざるをえず、健康保険料など差し引かれマイナスになる月もありました。上司に相談したところ、時給制のため実働分がない以上は給料を払えないが、健康保険料の引き落としは、仕事に戻ってから行うよう『善処』する旨を言い渡されました。そもそも仕事のためにビザを申請しているわけで、こういう扱いはひどいと思いました」
当時のANAのCAにはこんなことはまず起きなかったという。この証言自体は15年ほど前の話だが、昔話だと切って捨てることができないほど、現在も大きな差が残っている。
AJのCA、同じ制服で同じ仕事でも待遇に大きな違い、SNS監視などマイナス面は統一的運用
ANAのCAは1995年に正社員から契約社員となったが、最低賃金が保障されており、2014年に正社員に待遇が改善された。一方のAJのCAは現在では正社員になったものの、収入面で大きく劣る時給制の給与体系に変わりはない。AJの現役CAによると、「最低保障額の18万円に評価賃金制度で少し加算されるシステムで、賃金だけでなく、賞与、退職金、住宅手当や宿泊旅費、空席利用の社員優待券の付与の格差など福利厚生もANAのCAとはまったく違う」という。これで同じレベルの業務レベルを求められたら、不満が出ないほうがおかしいだろう。
一方で、本連載で報じてきた、恣意的な人事評価制度は統一的に運用されている。上司のさじ加減で格付けや賃金が決まるため、相互監視や上司へのご機嫌取りが幅をきかせているのもANAと同じだ。なお、この評価基準の中には「自分が大切に扱われていると感じる対応ができる」といった項目があるが、「そもそも自分たちが大切に扱われていると感じられないのに何の冗談かと思う」(先の現役CA)と現場の反感を呼んでいるという。CAの個人的なSNS利用に対する監視も実施されているのもANAと同様だ。
ANAとAJの露骨な「身分差」が現場のチームワークを損なう、乗客の安全に懸念
筆者は本連載を通じて、日本の航空業界のCAはほぼ全員が女性であり、サービス業としての役割が強く求められすぎていると指摘してきた。CAは本来、不時着などの緊急時や、機内での火災や急病人発生、ハイジャック時などに対応する機内の保安要員である。瞬時に対応が求められるなかではチームワークは不可欠だが、今回見てきたような格差のなかで業務をさせられては、それが弱まりこそすれ、強まることはないのではないか。
実際、取材中、複数のAJの現役CAから、成田空港国際線の検疫補助業務を担っていることについて、ANAのCAから「感染リスクの高い仕事をやらされているAJに比べればマシ」と言われているのを聞いて非常に傷ついたとの証言を得ている。この検疫補助業務についてはAJがCAに対して「ANAグループ社員と分からないように」との指示を受けていることはすでに報じたが、AJのCAだけに人知れず負わせようとすること自体、現場のチームワークを損なわせているのではないか。現場の士気が下がれば、乗客の安全を脅かすことにつながる懸念もある。
今回の検疫補助業務について、政府から業務を受託したANAHDがグループ全体から希望者を募るなどのプロセスを踏んだり、ANAからAJに出向している管理職がより積極的に業務に関わっている姿勢を見せていたとしたら、現場の印象もまったく違っただろう。ANAHD首脳陣は「ブランドを守るためなら平気で子会社のCAを犠牲にする会社」(先の現役CA)と批判されても文句はいえまい。
主要野党で検疫補助業務のずさんさの認識広がる、ANAHDは是正措置を
7月24日付の共産党の機関誌「しんぶん赤旗」は、同党の山添拓衆議がAJのCAからずさんな感染対策のままで検疫補助業務が実施されている現状について聞き取り調査を実施したと報じている。記事中で山添氏は「検疫は国の業務であり、待遇や環境の改善を求めていく」とコメントしており、先日、質問主意書を出した立憲民主党と合わせれば、2つの主要野党が問題の存在を認識していることになる。
検疫補助業務の契約期間は来年3月まで続く。東京五輪が終わっても現状のままでは、次の国会でANAHDの片野坂社長以下、首脳陣が参考人招致される可能性もある。ANAHDは早急に是正措置をとる必要があるのではないか。
片野坂社長は昨年来、AJをLCCとして「第三ブランド化」する計画を掲げているが、この背景についても改めて詳報する。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)