「ANAグループ社員だと分からないように」危険な検疫補助業務を子会社に押し付け、現場CAから怒りの声
「エアージャパン(AJ)のCA(客室乗務員)はANAグループのなかで不当な差別を受けているとしか思えません」――。
こう憤るのは、ANAホールディングス(HD)の完全子会社、AJのCAだ。AJのCAをめぐっては、本連載でANAHDが政府から受注した成田空港国際線での検疫補助業務を押しつけられ、感染対策が不十分なまま、感染リスクが高いなかで業務に従事させられているばかりか、PCR検査も受けられずに国際線にそのまま乗務している実態を明らかにしてきた。今回は東京五輪の開催を直前に控え、現場では差別的な労働環境がまかり通っている現状について報じる。
ANAから出向の管理職、検疫補助業務のCAに「ANAグループ社員と分からないように」と指示
「原則、ANAグループ社員であることを分からないようにすること。従ってANAロゴ入り制服・物品の使用は不可」
筆者が入手した内部資料によると、現在も実施されている検疫補助業務に従事するAJのCAに対して、ANAグループの中核企業、全日本空輸(ANA)から出向してきたAJ幹部がこのような業務命令を出している。これ以外にも「ネックストラップ(社員証)は既存の『AJX』(筆者注・AJの意味)と記載されているストラップと付け替える」とも資料にある。
ANAのCAが地方自治体や他業界へ出向していることが世間に目立つ形で伝えられるなか、AJのCAの検疫補助業務については目立たないように隠す意図を持っているとも考えられる内容だ。本連載第11回では、急遽ANAHDが政府から検疫補助業務を受託し、AJのCAにほとんど選択の余地がないまま、現在に至るまで同業務を担当させている現状について報じた。ずさんな感染対策についても連載第19回で報じたが、現在でもその実態は変わっていないという。
AJ幹部「防護ガウンを配布できない」と感染対策の不徹底を認め謝罪メール
AJでは、フェイスシールドや感染防止ガウン(エプロンのようなもの)も、筆者の記事が出た以降にやっと会社側から貸与されるようになったが、それについて最近、CAを統括する客室部から現場のCA宛に以下のようなメールが送られてきたという。
「客室部の皆さん
今回は、皆さんにお詫びと今後の対応についてのお知らせです。
先週、土曜日に検疫補助業務の方に貸与している防護ガウンの在庫が一時的になくなり、一部の方に配布できない状態が発生しました。
これまで、担当する業務ごとに着用基準を定めて在庫数を管理しておりましたが、実際の運用としては、希望する方には配布するようにしていたため、結果的に発注が間に合わず、ご心配とご迷惑をおかけすることとなりました。
今後についてですが、着用基準自体は変更致しませんが、業務開始後にアサインが変更になるケースもあることから、着用基準にかかわらず希望者には使用頂けるよう準備をしていきます。
これからも皆さんの不安をできるだけ軽減できるよう検討を重ねてまいりますので、お気づきの点はお知らせください」
現場CA「AJ幹部は現場に来ず、実情わかっていない」と反感高まる
筆者は複数のAJのCAから、ANAから出向してきた管理職は検疫補助業務をやっていないとの証言を得ているが、このメールにもそれが反映されており、現場の怒りを買っているという。以下はAJのCAの弁。
「私が知る限り、このメールを出した管理職は一度も現場に出てきたことはありません。このメールにある『担当する業務ごとに決めている着用基準』というのが、もう何も分かっていない証拠です。まず、勤務担当場所は前日夜ギリギリに決定され、コロコロ変えられたり、直前にも突然変更されたりします。そんな状況で『担当する業務ごと』のようなルーティンでしっかり決まったものなどあるはずがありません。
現場では抗原検査結果前で陰性か陽性かもわからない人と長時間一緒に、換気が悪い空港にいなければならないなど感染リスクが非常に高い。もし本当に業務内容が分かっていたら、毎回新しい防護グッズが全員分確保されていなければならないと分かるはずです。それを分かろうとしない人からの『お詫び』なんて、不快にしか思えません」
ウガンダ選手のコロナ感染で現場は戦々恐々、AJ幹部「CAは濃厚接触者でない」と説明
AJのCAの緊張感を高めたのは、7月1日に東京五輪に出場するために成田空港から入国したウガンダ選手団のうち、1人が新型コロナウイルスに感染していたと判明してからだ。同乗していたCAだけでなく、検疫補助業務を担うCAも入国者の誘導などを行なっているため、感染リスクが現実のものとなったのだから無理もない。
AJのCAは管理職から「厚労省の定義では検疫補助業務に従事する者は濃厚接触者に当たらない」と説明を受けているというが、陽性者やその可能性もある人と接している以上、現場のCAとしては納得しがたいのではないか。AJのCAは補助業務後、PCR検査を受けていないため、同僚や顧客、通勤する電車の乗客、そして家族にも感染を拡大させるリスクに怯えながら働いている。
「シンガポールのように防護服とN95マスクなどで完全武装している国とは意識が違いすぎて悲しくなる」(先のCA)
東京五輪関係者用には「バブル方式」という一般客との接触を回避する方法が試みられたが、すでに報じられている通り、確かに一般客と動線が区分けされているものの、「ヒモみたいな仕切りで分かれているだけで、数センチですれ違うくらい近い」(同)という。
ANAHDは政府から数億円で業務受注、体裁整えるために無観客開催でもCAを計画通り動員
そもそも、今回の検疫補助業務は東京五輪開催により、外国人の訪日が増えるという前提で厚労省が公募したものだった。AJはCAに対し、「五輪の影響で1日当たりの成田空港入国者が4万人を想定されており、成田空港全体で補助業務のスタッフに数百人が必要」と説明していたが、無観客開催が決定した今となっては、そんな人員を割く必要がないのはいうまでもない。にもかかわらず、ANAからの出向組が大多数を占めるAJ経営陣は、前提を崩そうとしないという。その理由について別のCAはこう話す。
「ANAHDは厚労省から数億円で来年3月までの補助業務を受注した以上、とにかく体裁を整える意味でも人を出して仕事をさせることしか頭にない。にもかかわらず、ANAからの出向社員やANAブランドに被害を出したくないから、管理職は感染リスクのある現場には出ないし、AJのCAには『ANAグループの社員だと分からないようにしろ』という差別的な業務命令を平気で出してくる。コロナ禍前はANAのCAとも同じ便で飛んでたのに、今や『AJのCAみたいに感染リスクの高い仕事をしないだけ、ANAのCAはマシ』と言う人もいて悲しくなる」
AJのCAへの検疫補助業務の押し付け、ANAのCAとの対立誘発し乗客の安全にも影響
これまでANAHDがAJに丸投げした検疫補助業務の実態を報じてきたが、「立場の弱い子会社に危険な仕事を押し付けている」というのが筆者の率直な感想である。ANAグループは新型コロナ対策として「ANAケアプロミス」という方針を設け、「ムラなく一貫性を持ったあんしんで清潔な環境・サービスを提供することを、お約束いたします」と謳っているが、現場のグループ社員に対してすら感染対策を十分に行っていない企業が、顧客の安全を守ることを約束できるのだろうか。
それに、ANAのCAにしても待遇がAJのCAよりは恵まれているとはいっても、全体からみれば、「メガネがNG」「妊娠がわかった段階で無給休暇しか選択肢がない」といった貧弱なバックアップしか受けられない状態である。ナショナルフラッグキャリアでありながら、いまだに典型的な男性中心企業であるANAでは常に割を食わされていることには変わりはない。
現場でのチームプレーの弱体化やモチベーションの低下は乗客の安全に直結する。筆者は乗客の一人として、もし目の前の同僚に冷ややかな目を向けそうになったら、検疫補助業務が始まる前までは同じ飛行機で同じ制服を着て、同じ業務を担っていたCAの間に「身分制」のような差別的構造を導入してきたANAグループの経営陣こそ時代錯誤であることに意識を向けてほしいと願っている。
AJの生みの親はほかでもない、ANAHDの現社長の片野坂真哉氏である。片野坂社長はANA HDの大幅赤字を挽回するため、AJを中心に新たなLCCブランドを立ち上げる事業改革計画をぶち上げたが、これも「立場の弱い子会社にすべて被せてANAHD役員の生き残ることしか考えていない」(AJのCA)と、現場の士気を下げているという。改めて、こちらについて詳報する。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)