1953年に初代がデビューして以来、ロングノーズスタイルを採用してきた「シボレー コルベット」が8代目(C8)となる新型で、それまでのFRレイアウトからMR(ミッドシップエンジン・リアドライブ)レイアウトに変更し、いわゆる“スーパーカースタイル”を採用する大胆なモデルチェンジを行った。
筆者がそのC8コルベットに初めて遭遇したのは、2019年10月に開催された「オレンジ カウンティ オートショー」(以下、OCショー)のシボレーブースであった。大谷翔平選手の活躍でも有名なロサンゼルスエンゼルスの本拠地球場となる、カリフォルニア州アナハイムにあるエンゼル・スタジアム・オブ・アナハイムに近く、日本にもある世界的に有名なテーマパークも近いアナハイム コンベンションセンターにて、コロナ禍ではない平時では毎年開催されているオートショーとなる。
そして、アメリカでのオートショーシーズンの始まりを告げる、シーズン最初に開催されるオートショーとなっている。ただし、その内容は世界初公開モデルがバンバン披露されるような国際格式オートショーではなく、極めてローカルなオートショーとなっている。それでもプレスデー(メディア関係者のみが会場内に入ることができる日)が用意されているが、会場内にはほとんどメディア関係者の姿はない。2019年のときも、ほぼ筆者独占でアメリカンブランドをメインに場内を回って、気になる展示車を撮影していた。
そのとき、シボレーブースに置いてあったのがC8コルベットであった。周囲に柵が設置され近づくことはできなかったが、ほとんど人のいない会場内でC8コルベットのまわりには白人のおじさんなどが多数集まっており、仲間同士で話が盛り上がっていた。その光景を見て「やっぱりアメリカでは特別なクルマなんだな」と感じた。
実車を見ると、ミッドシップとなり、確かにパッと見るとスーパーカーのようにも見えるのだが、フロントやリアなど、細部のデザイン処理により、「やっぱりこれはコルベットだな」と思わせるイメージがしっかり表現されていた。スーパーカースタイルなのに搭載エンジンが6.2L OHVとなっていたのは、アメリカ車(以下、アメ車)大好きな筆者にとっては何よりの朗報であった。
V8 OHVエンジンは米国の“伝統工芸品”?
V8エンジンといえば、国内販売されている日本車では「センチュリー(ハイブリッドになるけど)」ぐらい(海外専用モデルのピックアップトラックや大型SUVには設定あり)となり、欧州ブランド車でも最近の電動化の流れのなか、「V8は生き残れるだろうか?」と話題になるぐらいとなっている。
しかもOHVとなると、アメリカンブランドでもフォードのV8はOHCとなっており、OHVのV8をラインナップするのは、GM(ゼネラルモーターズ)とステランティスグループのクライスラー系ブランド(クライスラー、ダッジ、ジープ)のみとなっている(クライスラー系V8 OHVとなる“新世代HEMIエンジン”は21世紀になってから発表されている)。
そうは言っても、GMやクライスラー系でもV8 OHVを搭載するのは、一部のハイパフォーマンス系乗用車や大型ピックアップトラック、伝統的なアメリカンSUVなど、モデルは限られている。
それでも、ある事情通は「GMやクライスラー系の開発部門に入社すると、V8 OHVとはどういう存在なのか、そして開発や製造ノウハウが先輩から伝えられるとのことです。つまり、アメリカンV8は先人から伝承される、アメリカの“伝統工芸品”と言っても過言ではないほど、代々引き継がれているものなのです」と語ってくれた。
以前、直前までアメリカ向けピックアップの開発に携わっていたという日系ブランドメーカーのエンジニアに別件で話を聞く機会があった。そのとき「V6エンジンの音は人間にとって不快に感じるものなのですが、V8のエンジン音は心地良く聞こえるそうです。特にアメリカンV8は、その傾向が強いですね」と聞いたことを思い出した。
V8に限らず、GMではOHVエンジンが2000年代前半ぐらいまでは幅広くラインナップされていた。筆者の友人は一時、2005年式の「ビュイック センチュリー」というモデルをアメリカから中古車として個人輸入して乗っていたが、このクルマにはV6 OHVが搭載されていた。しかも、排気量は“キュービックインチ”での数値を優先したようで、3100ccとハンパなものとなり、わずかな差で日本の自動車税が高くなっていた。
フォードは米国ブランド内で“ホンダ”的存在
なぜアメリカではOHVエンジンが根強く残っているかには、諸説あるようだ。まず、広大な国土を持つアメリカでは、ほぼ直線のフリーウェイを一定速度で走ることになり、そのような走行環境に適していたという話がある。
また、高校の選択科目で自動車整備というカリキュラムがあるようだが、アメリカでは教育予算(公立学校)が十分ではなく、自動車整備の授業で実習に使う車両についても頻繁に買い替えができず、OHVエンジンでの実習が長い間続き、特に“自家整備(自分でクルマの整備をする)”率の高い中西部などの内陸部ではOHV車でエンジン構造を学んでいることもあり、OHVを好んで乗る傾向が強く、内陸部でもディーラーが比較的多く、新車販売では強みを見せていたGMの車両で特にOHVが根強く残ったとされている。
フォードは今ではOHCのみとなっているが、フォードはアメリカンブランドのなかでは“ホンダ”的存在であると聞いたことがある。つまり、ほかと違う先進性などがあるとされていた。愛好家のなかでも品質などの問題もあり、“アメ車のなかで手を出してはいけない年代”とされる80年代後半から90年代前半であっても、当時はまだOHVエンジンであったものの、近未来的デザインを採用した初代「トーラス」といった意欲作をデビューさせており、東西両沿岸部ではフォードファンが多いとの話を聞いたことがある(ただ、やはりマイナートラブルは目立っていたとのことだ)。
シリーズで今のところ唯一FFおよびFFベースのAWDとなる5代目「フォード エクスプローラー」は日本市場でも正規輸入販売されていたが、2L直4ターボと3.5L V6をラインナップしてデビューしたのだが、そのとき関係者から「2Lは東西沿岸部、そしてV6は中西部向けと考えてもらっていい」という話を聞いた。実際、3.5L V6を試乗すると“ズルベタ”といった表現の似合う、ATとの組み合わせもあり、「V6だけど、これは内陸部の人が好きそうだ」という走りを見せていた。
今時のアメ車は、フォードは欧州フォードがあるし、クライスラー系はPSAやフィアットと同じステランティスグループに入っており、GMは長い間グループブランドのオペルがあった(オペルは今ではステランティスグループ傘下となっている)。そのため、アメリカンブランドとはいえ、一般的な乗用車やクロスオーバーSUVは、プラットフォームや搭載エンジンなどについて連携している欧州ブランドのものを共用したりしており(前出のエクスプローラーの2Lエンジンも欧州で生産されアメリカへ出荷されていた)、愛好家としては少々物足りない(しっかりできすぎている。しかもグローバルモデルっぽさが目立つ)ものとなっている。
そのような状況下で、C8コルベットはミッドシップとなり、洗練されたスーパーカースタイルを採用したのだが、伝統的なアメリカンV8エンジンを搭載している。ある人は「まるで、フォードのV8をミッドシップで搭載していたデ・トマソ・パンテーラのようだ」と語っていた。
筆者はそのC8コルベットの3LTに試乗する機会を得たのだが、それについては次回に詳述したい。
(文=小林敦志/フリー編集記者)