アメリカのバイデン大統領と中国の習近平国家主席は11月15日、オンライン形式で初の首脳会談を行った。台湾問題など幅広いテーマについて話し合いがなされたが、意外だったのは両国首脳が戦略石油備蓄の放出についても議論したことだ。双方ともそれぞれの意見を述べるにとどまったが、協調的な対応の可能性をめぐる協議を継続していくことで合意したとされている(11月18日付ブルームバーグ)。
世界の2大原油消費国(両国の世界の原油需要に占めるシェアは約35%)が前例のない共同行動を検討するまでに至ったことは、原油高が世界経済の足かせとなり、インフレ高進を招くとの懸念の大きさを物語っている。米国の10月の消費者物価指数(CPI)は前年比6.2%上昇した。ガソリン価格は昨年10月に比べて50%上昇したことが災いしている。カリフォルニアのガソリン価格は16日、1ガロン=4.687ドルと過去最高を更新した。
バイデン政権はOPECとロシアなどで構成するOPECプラスに対し、増産要請を繰り返してきたが、OPECプラスはその要請に応じる構えを見せていない。年末のホリデーシーズンを控え、バイデン大統領は17日、米連邦取引委員会(FTC)に対し、ガソリン市場で違法行為がはびこっている可能性を調査するよう求めた。だがFTCが調査に乗り出したとしても、ただちにガソリン価格が下がる可能性は低いだろう。
米国政府は戦略石油備蓄(SPR)として90日分の輸入量に相当する原油を備蓄している。シェール革命により米国の原油輸入量が減少したことを踏まえ、米国政府は過去10年間で1億バレル以上のSPRを減少させてきた。だが最近の減少ぶりは顕著だ。SPRは過去10週間で1500万バレル以上減少しており、直近1週間の減少幅は325万バレルと過去最大規模だ。備蓄量は6.1億バレルと2003年以来の低水準となった。「米国政府は戦略石油備蓄(SPR)の放出を検討している」との報道が流れていたが、米国政府はすでにSPRを放出し始めていたのだ。
SPRが放出されたのは2011年9月以来だ。前回はリビアに政変が生じたことで世界の原油生産量が大幅に減少することが懸念されたが、今回は原油価格の高騰が主な理由だ。米WTI原油先物価格は1カ月半ぶりに1バレル=80ドル割れとなっているが、SPRの放出が影響した可能性がある。
中国も政府が備蓄している原油を今年9月に放出し、2回目の放出を準備している。備蓄量は非公表だが、米国のSPRに比べて見劣りする水準だといわれている。15日分の輸入量に相当する約2億2000万バレルとの推計がある。バイデン政権が過去数週間、日本や韓国、インドなどの同盟国に戦略石油備蓄の放出を検討するよう要請していたことも判明している。
市場の関心は「供給過剰」
日本も1970年代の石油危機を教訓に原油の国家備蓄を行っている。保有する原油は輸入量の105日分に相当し、全国10カ所の備蓄基地などに約3億バレルの原油が貯蔵されている。世界的に見ても手厚い対策が講じられているが、「原油供給の途絶」という厳しい条件が付けられており、これまで一度も市場に放出されたことがない。日本政府は米国の要請に否定的な姿勢を示しているようだ(11月18日付日本経済新聞)。
日本も独自の対策を講じようとしている、萩生田光一経済産業相は16日、「ガソリンなどの価格が一定水準を超えた場合に元売り業者に価格抑制の原資を支給する時限措置を検討している」と表明した。ガソリン価格が全国平均で1リットル=170円を超えた際に補助金を出すという史上初の対策案だ(補助金の上限は同5円まで)。海外でも同様の制度はほとんどないとされる。この対策について「市場機能をゆがめる恐れがある」「公平さに疑問がある」などの批判が出ているが、筆者が懸念するのは「ガソリン価格が高騰すればするほど、上限を5円とする補助制度の効果が薄れてしまう」ことだ。
OPECプラスが増産幅の上積みに慎重であることなどから「原油価格は年末までに1バレル=100ドルを超える」との声が高まっていたが、11月に入ると原油価格は軟調気味となっている。市場の関心も「供給不足」から「供給過剰」にシフトしつつある。
持続可能かつ抜本的な政策が不可欠
バルキンドOPEC事務局長は16日、「早ければ12月にも供給過剰が始まり、来年もその状態が続くだろう。注意しなければならないシグナルが出ている」と発言した。国際エネルギー機関(IEA)も16日、「米国などの増産により、世界の原油価格の上昇に一服の兆しが出てきた」との見解を示したが、楽観できる状況にはない。
確かに米国のシェールオイルの主要地域であるパーミアンの生産量は過去最高を超える勢いだが、他の生産地の増産のペースは芳しくない。米国の原油生産量は日量1140万バレルとコロナ禍前よりも100万バレル以上少ない状態が続いている。米国の原油増産の障害になっているのは投資家の心変わりだ。シェールオイルに過去10年間で約2000億ドルの資金が投じられたが、それに見合うリターンをもたらさなかったとの不満がある。加えて「脱炭素」の風潮も強まっており、「投資家はもはやシェールオイルに期待していない」との声が伝わってくる。
世界の上流分野でも過小投資が問題となっている。2014年に約8000億ドルだった投資規模は昨年は約3000億ドルにまで縮小しており、今後も低水準で推移する可能性が高い。サウジアラムコCEOが「現在の余剰生産能力(日量300~400万バレル)が来年減少する」との認識を示したとおり、投資不足が早晩、供給不足を招くのは必至だ。
来たるべき原油高時代に備えて、日本をはじめ国際社会は、小手先ではない、持続可能な抜本的な政策を構築することが不可欠だ。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)