米WTI原油先物価格は10月8日、1バレル=80ドルを突破し、2014年10月以来の高値を記録した。その後1バレル=82ドル台まで上昇した。高値となった主な理由は、OPECとロシアなどの大産油国からなるOPECプラスによる供給拡大のペースが鈍いことにある。
OPECプラスは10月4日に閣僚級会合を開催し、前月と同様に11月の原油生産量を日量40万バレル増加させることで合意した。原油価格は年初から約50%上昇するなか、米国やインドなどの主要消費国から増産幅の拡大を望む声が上がっていたことから、協議の前には「11月に供給拡大のペースを加速させるのではないか」との憶測が流れていた。
OPECプラスが増産要請に応えなかったのは「新型コロナウイルスの第4波が原油需要を再び減少させかねない」と懸念したからだ。OPECは過去の教訓を踏まえて従来よりも慎重になっている。拙速な決定は原油価格の急落を招く可能性があるからだ。OPECプラスは「来年は供給過多になる」と見込んでおり、増産幅を拡大すれば、原油市場の需給バランスが大きく崩れかねないと判断したのが実情だろう。
OPECプラスのリーダーであるサウジアラビアは、原油生産量がパンデミック以前の水準付近に達し、2018年以来最高の原油売却収入を上げている現状に満足しているとされている。「変更するにしても可能な限り小幅にとどめたい」という思いは、その他のOPECプラス諸国も同様だ。彼らは何より安定した市場を望んでいる。
だが皮肉なことにOPECプラスの決定が市場を不安定化している。OPECプラスが大幅な増産を見送ったことで供給不足への懸念が高まり、「主要産油国が供給を増やさない限り、原油価格は90ドルを突破する」との見方が出ている。
天然ガス価格の急騰
原油価格のもう一つの上昇要因は、天然ガス価格の急騰だ。発電分野での天然ガスシフトが一気に進んだことがその背景にある。欧州の天然ガス価格は一時、原油換算で1バレル=200ドルを突破し、その後も同160ドル台と高止まっている。この価格はWTI原油先物価格の約2倍に相当することから、相対的に割安な原油を発電燃料に使う動きが欧州やアジアで広がり始めた。
サウジアラムコは10月上旬、「原油需要が当初の想定より日量50万バレル増加している」との認識を示した。想定外の需要増が発生したことに戸惑いの色を隠せないでいる。世界の原油市場では「価格が急騰すれば、その後原油需要が減少し、価格も急落する」というパターンを繰り返してきた。11月4日に開かれるOPECプラスの次回の閣僚級会合に世界の注目が集まっている。
2010年代に起きたシェール革命により世界第1位の原油生産国に復活した米国の状況も高値を下支えしている。原油高になると短期間で増産できるシェールオイルが相場の上値を抑える役割を演じてきたが、今年の原油高の局面では従来ほど米国の原油生産量は増加していない。日量1130万バレルとコロナ禍以前よりも200万バレル低いままだ。
足元の米国の石油掘削装置(リグ)稼働数は433基となり、昨年8月の底(172基)からは回復したものの、コロナ禍前の19年末より4割少ない水準だ。ブレーキがかかっている理由は、投資家が増産投資よりも目先の配当を重視するようになったからだ。原油価格が80ドルを超え「いよいよシェールオイルの増産が始まる」との観測が出ているが、今年第3四半期の米国内の掘削コストが大幅上昇している(10月4日付OILPRICE)。「脱炭素」の動きも逆風だ。
米国のガソリン小売価格は1ガロン=3ドル20セントを超え、2014年10月以来の最高値に達した。ガソリン高は有権者の不満に直結しやすいことから、9月末にサリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)はサウジアラビアでムハンマド皇太子と会い、原油相場について意見を交わした。サリバン氏はさらに「米国の石油会社が需要に見合うかたちで生産量を引き上げないことを懸念している」と苦言を呈している。米国の戦略石油備蓄(SPR)を放出するなどの案が検討されたが、有効な解決策は見つかっていない。
米国では暖房需要が高まる冬を前に、ヒーティングオイルの在庫は十数年ぶりの低水準となっており、「冬の暖房用エネルギー需要に対応できる供給量を確保できないのではないか」と警戒する声が上がっている。米国では早くも中西部に大寒波が到来し、気温が急低下している。「厳しい冬の到来で原油価格は100ドル超え」との予測は現実味を増しつつあるようだ。
「脱炭素」のジレンマ
米エネルギー省は10月6日、「2050年の世界の原油需要は20年比で4割増える」との予測を発表した。1次エネルギーに占める割合は30%から28%に下がるものの、新興国でのガソリン車の需要が根強い。インドの原油需要は3倍以上になるという。
「脱炭素」の動きは、民間投資家の圧力を受けない中東産油国の国営石油会社の国際市場でのシェアが高まるとの弊害もある。飛ぶ鳥を落とす勢いだったシェールオイル業界からは「OPECが原油価格をコントロールしている」との弱気の声が聞こえてくる。
格付け会社ムーディ-ズは10月7日、「来年以降の原油・天然ガスの上流分野への投資の水準を54%引き上げ、年平均の投資規模を5420億ドルに拡大しないと、近い将来、深刻な供給不足に見舞われる」と警告を発した。グリーンエネルギーへの転換は一朝一夕でできるものではない。「脱炭素」の実現を急げば急ぐほど、原油価格が高騰するリスクが高まってしまうのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)