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“雇用保険は破綻寸前”というデマを検証…保険料引き上げのための世論誘導か

文=日向咲嗣/ジャーナリスト
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失業保険の申請書(「Getty Images」より)

 厚生労働省が雇用保険の保険料を引き上げる方針を固めたと11月25日、全国紙が一斉に報じた。

 コロナ禍によって、休業手当を助成する雇用調整助成金(雇調金)の支給額が急増。急激に財政状態が悪化したためだとするが、このニュースを受けて「実質増税か!」「これからますます厳しくなる!」といった声が巻き起こった。

 ところが、この保険料引き上げ観測が報じられた裏で、国民からの反発を抑えるための世論工作が疑われるような巧妙な動きがあったことがわかった。

 雇用保険制度は、破綻の危機に瀕してなどいなかった。暫定措置として下げられていたものを元に戻すことが、いつのまにか「財政が極度に厳しい」→「給付カットもやむをえない」という論調にすりかえられつつあるのだ。

 今回は、その経緯について詳しくレポートする。

 このままでは、雇用保険財政が破綻する――。インターネット上に、そんなデマとも事実とも判別しづらい情報が流れたのは、11月18日のこと。口火を切ったのは、“中央官庁の元官僚”を自称するアカウント。その人物が「雇用保険財政がヤバイ」と、ツイッターで発言したのだ。

 積立金の残高推移のグラフを示しながら「リーマンとか就職氷河期より積立金が枯渇していて、保険制度としてはかなり厳しい」とのツイートは、たちまち1500件以上リツイートされ、3000を超える「いいね」が付いた。反発も少なくなかったが、これにより「雇用保険は破綻寸前」との認識が一気に広がっていった。

 情報源は、 “自称元官僚”がツイートする少し前に、厚労省のサイトにアップされていた翌日開催の審議会資料である(11月19日開催の労働政策審議会・職業安定分科会雇用保険部会の資料)。確かに、そのグラフを見れば、コロナ禍前の令和元年に4兆4000億円あった積立金が、令和3年末には4000億円まで激減していることが一目瞭然。平成14年以来の危機なのは間違いない。

 ところが、元官僚が指摘しているリーマンショックが起きた2008年の積立金は5兆円を超えていて、枯渇などしていないことも、これまた一目瞭然だったが、直近の危機に目を奪われて、誰もそのことには気づいた様子はなかった。

 この情報を、国会議員の文書通信交通滞在費(文通費)について発言していた橋下徹氏が「こういう改革も文通費に敏感な者たちの集団でないと無理」と引用リツイートして、文字通り賛否両論の意見がさらに広がっていったのだった。

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2015年には過去最高の6兆4000億円あった積立金が、2021年度には4000億円まで激減している。2002年以来の危機なのは間違いないのだが……。

 ここで、雇用保険制度に関する事実関係をあらためて整理しておきたい。

 まず、雇用保険の保険料率は現在、給与の0.9%である(一般事業の場合、以下同) 。厚生年金の18.3%や健康保険の11.6%(東京、介護保険第2号被保険者該当者)と比べると、文字通りケタ違いに安い。

 保険料率0.9%のうち、事業主のみが負担する雇用保険二事業(雇用安定事業、能力開発事業)の0.3%分を除いた0.6%が労使折半となるので、実際の本人負担は0.3%となっている。しかも、この労使共同負担となる総額0.6%のうち0.4%は、昨年度から別勘定とされた育児休業給付に充てられることになっていて、純粋に失業給付に充てられるのは0.2%にすぎない。 

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 新聞報道によれば今回、この失業給付に充てる部分の0.2%を0.6%まで引き上げることを検討しているという。固定されている育児休業給付の0.4%と併せて総額1.0%になる見込み。労働者負担は、その半分の0.5%のため、月給30万円の人ならば、給与から天引きされる雇用保険料は、これまで900円だったのが1500円になる見込みだ 。

 この程度の負担で、失業時には給与の原則5~8割を3カ月以上(会社都合・20年以上加入なら最高330日)給付を受けられる。賃上げ要求してくれない労組の組合費が給与の1%天引きされるのと比べたら、0.5%の雇用保険料負担は依然として激トクであることに変わりはない。

 また、これとは別に、事業主だけが負担する雇用二事業の保険料0.3%を0.05ポイント引き上げて0.35%にすることも同時に検討されているという。

 そうしてみると、失業給付にかかる部分を0.2%から一気に0.6%(労働者負担0.1%→0.3%)と3倍増というのは、その事実だけ見れば、確かに大幅アップといえるかもしれない。しかし、これまでの経緯を知っていれば、その評価は大きく変わってくるだろう。

 もともと、2016年までは失業給付にかかる分の保険料率は0.8%(労使0.4%ずつ負担)だったが、それまでに毎年度積み増しされていた積立金が6兆円と、空前の黒字を計上していたため、2017年から2020年までの暫定措置として、同保険料率を0.2ポイント引き下げ0.6%(労使3%ずつ負担)になることが決定。これにより、一時的に下げられていた保険料は、コロナ禍に関係なく来年度から元に戻す、つまり0.2ポイントアップして0.8%(労使0.4%ずつ負担)になることが規定路線だったのである。

 今回、財政状況の悪化によって、この引き上げ幅を0.2ポイントプラスして1.0%(労使0.5%ずつ負担)にしたにすぎず、その経緯を知っていれば、“大幅アップ”ではないことがわかるはず。

 もうひとつ、雇用保険財政にとって保険料よりも影響が大きいのが、国庫負担だ。こちらも、2002年以降は右肩上がりに積立金が増えていたことから、本来、失業給付にかかる部分の4分の1を国が負担することになっていた(国庫負担率25%)が、2007年からは本則の55%(同13.75%)に抑制。さらに2017年からは、10%(同2.5%)まで下げていた。

 誤解のないように書いておくと、25%だったのを10%まで下げたわけではない。国庫負担率が本則で規定されている25%の10%になったということである。たとえば、失業給付金100万円のうち25万円負担するべきところを、積立金がたくさん貯まっているとして、その10分の1の2万5000円でいいとしたのである。

 この国庫負担の異様な引き下げも、今年度末までの予定だったため、積立金が枯渇した状態になれば、来年度から本来の4分の1に戻すのは当然のことだ。それなのに、この点についても、新たに国庫負担が増えるかのような印象を与える報道がされて、読者のミスリードを誘っている。

 この問題をさらにややこしくしているのは、コロナ禍で支出が急増したのが失業給付ではなかったことである。実は、激増したのは雇用調整助成金(雇調金)だった。雇調金とは、経営が悪化しても社員に休業手当を支給して解雇しなかった事業所に対して支給されるもの。

 先述した使用者側だけが保険料を負担する雇用二事業の保険料によって賄われることになっているのだが、そちらの勘定の積立金がすでに昨年度で枯渇しており、足りない部分を労働者も負担する失業給付から賄っている状態だった。

 2019年度には約1兆5000億円あった雇用安定資金は、翌2020年には完全に底をついた。以後、足りない部分を失業給付の積立金から借り入れて賄っていた(総額約1兆6000億円)ために、今度は失業給付の積立金が枯渇しそうになったという顛末である。

 ちなみに、今回激増した雇調金に充てる、企業のみが負担する雇用二事業の保険料は、0.3%から0.35%と0.05ポイントしか引き上げを予定していない。この雇用二事業の保険料は、1993年からもう30年近くも0.3%台と極端に低く抑えられている。しかも、失業給付と違って、この雇用二事業に対する国庫負担はゼロである。

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雇用調整助成金を支出した雇用二事業の保険料と雇用安定資金の残高推移。保険料は0.35→0.3→0.35→0.3と0.05ポイントしか変動していない。一方、雇用安定資金は、令和元年に1兆5410億円あったのに翌年に枯渇し、直近の2年間だけで失業給付の積立金から1兆6000億円程度借り入れている。

 そもそも、雇用保険料率を極端に下げたり、また雇用保険財政の国庫負担も本来25%負担するところを、その10分の1の2.5%に減らすという極端なことをしなければ、今回のような100年に一度の危機が到来しても、問題なく乗り切れたはずである。事実、雇用安定事業に1兆6000億円を貸し付けなければ、失業給付の積立金は、いまだに2兆円は確保されていたのだから。

 平時に積立金を貯めて、もしものときに備えるのはおかしいことではない。それにもかかわらず、「積立金が貯まったのなら負担を減らせ」という政治的な圧力(いずれ国庫負担の大幅削減をめざす与党の政策)に屈した結果として招いた危機という側面が大きい。

 下げ過ぎた保険料を元に戻し、国庫負担も本来の規定通り4分の1に戻す。また、企業のみ負担する雇用二事業の保険料も失業給付にかかわる保険料と同程度の比率で引き上げれば、難無く乗り切っていけるはずだ。

 急場をしのぐためには、一時的な税金投入は必要かもしれないが、国庫負担ゼロのままにしてきた雇用二事業にも、いざというときには雇用対策を担っている国が責任を持つのは当然のことだろう。必要以上に保険財政の危機を煽り、大幅負担増がイヤなら給付カットもやむなしとの論調に与するメディアや有識者たちは、あまりにも見識がなさすぎるのではないか。

 情報の一部分のみを切り取り財政危機を煽ることは、セーフティーネットの機能を整備するという本来の目的と掛け離れた成果しかもたらさない。

(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)

日向咲嗣/ジャーナリスト

日向咲嗣/ジャーナリスト

1959年、愛媛県生まれ。大学卒業後、新聞社・編集プロダクションを経てフリーに。「転職」「独立」「失業」問題など職業生活全般をテーマに著作多数。2015年から図書館の民間委託問題についてのレポートを始め、その詳細な取材ブロセスはブログ『ほぼ月刊ツタヤ図書館』でも随時発表している。2018年「貧困ジャーナリズム賞」受賞。

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