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舘内端「クルマの危機と未来」

トヨタ「2030年にEVを350万台販売」は非常に無理があると考えられる根拠

文=舘内端/自動車評論家
トヨタ「2030年にEVを350万台販売」は非常に無理があると考えられる根拠の画像1
トヨタのプリウスPHV(「Wikipedia」より)

 EV(電気自動車)ネガティブのトヨタ自動車が、大変身を遂げた。2030年には30車種、350万台のEVを生産、販売するという。しかし、果たして350万台で販売義務をすべて達成できるのだろうか。30年に向かって課題は山積である。

 EVの販売義務があるのならともかく、なにも規制がない地域で赤字覚悟でEVを売るわけにはいかないというのが、日本のほとんどの自動車メーカーの方針であった。これは、利潤の増大を使命とする企業にとって、ごく当たり前の論理である。

 だが、地球温暖化とその結果としての気候の大幅な変動は収まる気配を見せるどころか、ますます強まっている。世界の二酸化炭素(CO2)の20~25%を排出する交通のゼロエミッション化は早急の課題であり、「赤字だから開発も販売もしない」などというこれまでの論理は、もう通用しない。自動車メーカーは赤字にならないようにEVをつくり、売らなければならない。

 そのために各国政府は国によって違いはあるが、EVの販売に大幅な補助金を用意している。また、充電施設の拡充にたいしても大幅な補助金を付け、自動車メーカーのEVシフトを後押ししている。世界の潮流に遅れまいとするなら、トヨタはもちろん、傘下のSUBARU(スバル)、マツダ、ダイハツも早急にEVを開発し、近々に販売台数の50%をEVにしないと世界の潮流においていかれる。

 補助金は付くとしてもEVの販売義務のない日本で、果たしてトヨタのEV 350万台と、傘下メーカーのEVが売られるのか。それとも強力なEVネガティブキャンペーンの効果か、販売台数の伸びない日本では、トヨタは得意のHEV(ハイブリッド車)で済ますのだろうか。というのは、国内でEVを生産するには、電池工場の建設が必須であり、そのためには工場用の土地の確保から始まって、電池の生産機器、専門家を含めた人的資源の確保が必要なのだが、その噂はほとんど聞こえてこないからだ。

 EVの標準的な電池はリチウムイオン電池である。これを空、海で輸送するには細かな安全管理が求められ、梱包も含めて厳重な荷造りが必要であり、これが電池の価格に上乗せされる。電池を海外から調達したのでは、ただでさえ高いEVの価格がますます高くなり、競争力が落ちる。

 ということで、EVを生産するには生産工場の近隣に電池工場を設ける必要がある。あるいは車体の生産工場と電池工場は少なくとも地続きでなければならない。日本で販売するEVは、日本の工場でつくられたボディに、日本の電池工場でつくられた電池を搭載しなければコスト的に成り立たない。トヨタグループはこれからの数年で用意するしかないのだが、社の総力を挙げての大工事である。

トヨタの想定値を検証

 では、トヨタが30年に想定する350万台のEVというのは、世界的にみて多いのだろうか、それとも少ないのか。そのために世界の代表的な国の2030年におけるEVの販売義務台数を見てみよう。

 世界第2位の自動車販売国の米国は、30年までに新車販売の50%以上をEVとFCEVとする。主力はEVなのでほぼ販売台数の半分をEVにするということになる。現在の販売台数はおよそ1700万台なので、850万台のEVである。大変な数だ。

 一方、ジェトロの調査によると、トヨタの19年における米国の販売台数はおよそ240万台であった。これで類推すると30年には120万台のEVを販売する必要がある。ただし、トヨタ傘下のスバル(70万台)もマツダ(28万台)もトヨタからのOEMでEVを販売すると、2019年ではトヨタとの合計で販売台数は340万台となり、うちEVの販売台数は170万台となる。

 1台当たり70キロワット時のリチウムイオン電池を搭載すると、計120メガワット時の容量が必要になる。トヨタが米国ノースカロライナ州に建設予定の電池工場では、当初80万台分の、さらに拡張されて120万台分のEV電池が生産される予定だが、さらなる拡張が必要だ。

 世界一の販売台数の中国ではどうか。トヨタの19年の販売台数はおよそ160万台である。中国は35年にEV比率を50%にする。30年も同数とすると160万台の半分の80万台のEVの販売となる。マツダがOEMで販売する22万台の半分の11万台を上乗せすると91万台だ。

 欧州ではどうか。EUは35年にHEVを含めてエンジン車の販売を禁止する。欧州の自動車メーカーの大半は30年EVシフトを掲げているので、実際は30年に新車は全面的にEVになるだろう。トヨタの19年の販売台数はおよそ77万台である。EVも77万台と考えなければならないだろう。さらにマツダの25万台を上乗せすると102万台となる。

日本で売るEVが残らない?

 私の計算では、30年には米国で170万台、中国で91万台、欧州で102万台。計363万台のEVを、トヨタは世界で生産・販売しなければならない。おおよその計算なので誤差も大きいが、30年にEVの生産台数が350万台というのは、上記の3カ国・地域でほぼいっぱいである。けっして多くはない。そうなると、自動車販売台数160万台の日本で売るEVは残っていない。

 ここは160万台の50%の80万台とはいわないが、少なからぬ台数のEVを日本でぜひ売ってほしいところだ。搭載できる量のリチウムイオン電池を生産できる工場を建設して、日本市場にも十分な量のEVを供給してほしい。

 さらに義務台数を超えてEVが売れるケースも考えられる。理由は2つで、1つは機能面の向上だ。まずEVのコストだが、電池コストの低減と生産台数の増大、生産性の向上によって大幅に下がることが十分考えられる。たとえばアウディは2年ほどでエンジン車と変わらない販売価格になるといっている。さらに充電インフラが急速に整備される。しかも充電器の性能アップで充電時間が10分以内に縮まる。あらゆる場所で待たずに十分な充電が可能になる。高速道路では走行中の充電も可能になるかもしれない。

 2つ目は、一度EVのユーザーになると次もEVにするというEVの圧倒的な魅力と扱いやすさだ。そして、消費者の心理である。近代資本主義の市場では、新しいものが魅力的に映る。そして時代の最先端の象徴となる。人々はある値以上にEVが増えたとき、雪崩を打ってEVを購入するだろう。そして、環境意識の高まりだ。これまでとは逆にエンジン車に乗るには相当の覚悟が必要になるに違いない。

 こうしたことに加えてEVの価格がエンジン車よりも安くなることも大いに考えられる。それは中国で早くも50万円以下の軽自動車サイズのEVが売られ、大人気だということからも十分に想像できる。30年にEV爆発が起きていると、計画した生産台数では間に合わないことも十分に考えられる。そうしたケースにトヨタはどう対応するかは、もちろん明らかにされていない。

(文=舘内端/自動車評論家)

舘内端/自動車評論家

舘内端/自動車評論家

1947年、群馬県に生まれ、日本大学理工学部卒業。東大宇宙航空研究所勤務の後、レーシングカーの設計に携わる。
現在は、テクノロジーと文化の両面から車を論じることができる自動車評論家として活躍。「ビジネスジャーナル(web)」等、連載多数。
94年に市民団体の日本EVクラブを設立。エコカーの普及を図る。その活動に対して、98年に環境大臣から表彰を受ける。
2009年にミラEV(日本EVクラブ製作)で東京〜大阪555.6kmを途中無充電で走行。電気自動車1充電航続距離世界最長記録を達成した(ギネス世界記録認定)。
10年5月、ミラEVにて1充電航続距離1003.184kmを走行(テストコース)、世界記録を更新した(ギネス世界記録認定)。
EVに25年関わった経験を持つ唯一人の自動車評論家。著書は、「トヨタの危機」宝島社、「すべての自動車人へ」双葉社、「800馬力のエコロジー」ソニー・マガジンズ など。
23年度から山形の「電動モビリティシステム専門職大学」(新設予定)の准教授として就任予定。
日本EVクラブ

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