全国の大学で問題になっている非常勤講師の雇い止め問題。2013年の労働契約法改正によって、5年以上勤務する非正規労働者に「無期雇用転換権」が認められたが、いまだに非常勤講師の無期雇用転換に応じない大学がある。
応じない大学のひとつである専修大学に対しては、長年勤務する非常勤講師が20年4月、無期契約の権利を有する地位にあることの確認などを求めて東京地裁に提訴していた。21年12月、原告の訴えを認める判決が言い渡された。
大きな争点は、労働契約法の特例として、無期雇用に転換する期間を5年から10年に延長することができる「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」(以下、科技イノベ活性化法)が非常勤講師に適用されるかどうかだった。専修大学側は適用を主張したが退けられた。あわせて東京地裁は、他の大学で5年での無期転換を認めない根拠にされている「大学の教員等の任期に関する法律(以下、任期法)」の特例である10年での無期雇用転換権発生も、原告の非常勤講師には適用されないと判断した。
裁判は専修大学側が控訴して現在も高裁で継続中だが、東京地裁の判断は、大学や研究機関に非常勤で勤務する人々にとって大きな意義がある。裁判の争点も含め、「無期転換拒否」の問題点について考える。
東京地裁が「無期雇用契約の権利を有する」と判断
「非常勤講師は長年にわたって大学の授業の多くを担当しているにも関わらず、翌年の雇用が保障されず、多くの人たちが雇い止めの悲哀を感じて働き続けてきました。この判決は多くの非常勤講師、特に若い人たちの将来に影響すると思います。なるべく多くの方が救済され、安定して教育に専念できるようになることを願っています」
こう話して安堵の表情を見せたのは、原告の小野森都子さん。東京地裁が21年12月16日に判決を言い渡したのを受けて、同月26日に厚生労働記者会で勝訴について会見した。
この裁判は、専修大学で30年間非常勤講師としてドイツ語の授業を担当している小野さんが、専修大学に無期雇用への転換を拒否されたとして、無期雇用契約の権利を有する地位があることの確認と慰謝料の支払いを求めたもの。東京地裁は小野さんの訴えを認める判決を言い渡した。
一方で、講師としての契約が続いているとして、慰謝料を求める訴えについては退けた。
語学を教える非常勤講師には適用されない
専修大学が小野さんの無期雇用転換を拒否した際、根拠にしたのは科技イノベ活性化法だった。この法律は、大学や研究開発法人の研究者、技術者、教員については、特例として無期雇用に転換する期間を5年から10年に延長するもので、14年に成立。研究開発業務などのプロジェクトに従事する研究者が、5年未満で雇い止めさせる事態を防ごうと、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授らの提言を受けて、議員立法によって法改正されたものだ。
科技イノベ活性化法が対象にしているのは、科学技術に関する研究者や技術者で、研究開発法人または大学などを設置する法人と有期労働契約を結んだ人とされている。しかし、専修大学は法律がドイツ文学などの研究者である原告の非常勤講師にも適用されるとして、雇用期間が10年経たなければ、無期雇用転換権が発生しないと主張した。
これに対し、原告側は研究開発には携わっておらず、大学が公開している研究者名簿にも原告の名前は記載されていないとして、科技イノベ活性化法上の研究者ではないと主張。科技イノベ法と同様に、10年での無期雇用転換権発生する任期法についても、適用対象は厳格に限定されていることから、原告らには適用されないとした。
判決で東京地裁は、立法の趣旨から検討した結果、研究開発や関連する業務に従事していない非常勤講師は、科技イノベ活性化法が対象にした研究者には当たらないと判断した。また、任期法が適用される場合については、(1)多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき、(2)助教の職に就けるとき、(3)特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるときのいずれかに該当し、かつ、手続的にも厳格な定めが必要だとして、今回のケースでは適用されないと結論づけた。
「科技イノベ活性化法」の立法趣旨に疑問
東京地裁判決を受けて、原告側弁護団は「今回の判決はイノベ活性化法の適用範囲を非常に制限したもので、非常勤講師の方の地位を安定させて、労働条件の向上につなげる上で大きな足場になる判決」と評価した。
弁護団は同時に、科技イノベ活性化法の立法趣旨自体に異議を唱えた。立法趣旨は「無期転換申込権発生の期間が5年とされると、プロジェクトの途中での離職を誘発する」ことや、「研究者などは複数の有期雇用契約を繰り返しながら、その過程で教育研究経験を積み重ねていく」などとされている。これは結果的に、5年での無期雇用転換を阻害し、10年以内であれば雇い止めを可能にするものとなっている。弁護団は会見で、次のように疑義を呈した。
「プロジェクトが5年以上かかるのであれば、無期雇用や専任で雇用すべき。議員立法なのでいい加減なものになっているのかもしれないが、この法律が本当に労働者を守るためなのか、怒りが込み上げる」
一方、専修大学側は判決を不服として控訴。「継続中ですので、コメントは差し控えます」と話している。
非常勤教職員の雇い止め2023年問題
全国の大学では2013年の労働契約法改正以降、非常勤講師や職員の無期雇用への転換を避けようと、2018年を前に多くの大学が大量雇い止めを計画した。非常勤講師や教員組合などの反対を受けた東京大学や早稲田大学が無期雇用への転換を認めたこともあり、現在は多くの大学が追随している。
しかし、いまだに労働契約法の趣旨に反する対応をしている大学もある。首都圏で非常勤講師の無期雇用転換を支援している首都圏大学非常勤講師組合によると、科技イノベ活性化法を根拠に10年での無期雇用転換を主張しているのは現状では専修大学だけではないかと見られる。一方で、慶應義塾大学や中央大学は任期法を根拠に10年を主張している。
そして、法改正や特例法施行から10年が経過するのを前に、再び大量雇い止めが起きようとしている。それが「2023年問題」だ。
大阪大学では大学独自の根拠で10年での無期雇用転換を主張。2023年3月には外国語学部の非常勤講師約80人が雇い止めされることが明らかになり、組合などが大学と交渉している。大阪大学はこれまで非常勤講師と労働契約を結ばず、業務委託の状態にあったとして、文部科学省から調査も受けている。
また国立研究開発法人の理化学研究所では、科技イノベ活性化法の対象となる研究者300人と、同じチームで働く研究系職員300人の雇い止めが2023年3月に強行されようとしている。雇用が失われることに加えて、多くのプロジェクトが研究内容に関係なく切られてしまうことに反発の声が上がっている。理化学研究所は、科技イノベ活性化法で危惧されていた10年での雇い止めが顕在化したケースと言え、今後大学にも影響する可能性がある。雇用上限の撤廃を求める「理研非正規雇用問題解決ネットワーク」では、現在「change.org」で署名活動を展開している。
改正労働契約法も、科技イノベ活性化法も、任期法も、本来であれば雇用が不安定な非正規の教職員や研究者を守るために生まれたものだ。法の趣旨を歪める雇い止めが許されるのか、問い直されるべき時期に来ている。
(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)