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中沢光昭「路地裏の経営雑学」

優良企業が買収され業績向上→なぜか社員は奴隷労働&給料上がらず…LBOの罠

中沢光昭/株式会社リヴァイタライゼーション代表
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「gettyimages」より

 あなたの勤めていた会社は、有能な創業者が引っ張ってきた優良企業で安定していました。詳しくは知らされていないが、財務体質も良好だと聞かされている。ところが数年前に事業承継に悩んだ創業者が会社の売却先に選んだのは、世界展開もして役所にも顔が利くらしい投資ファンド。創業者は会社を売却することで多額の現金を手にして、残った役員や従業員に感謝の意を述べ悠々自適の隠居生活をスタート。残った役員や従業員は投資ファンドから派遣された経営者のもとで、「これからファンドのネットワークを使ってより発展しましょう」と言われ、期待に胸を膨らませてリスタートしました。

 数年後、たしかに業績は良くなってきています。メディアにも事業承継に成功したハッピーな話として取り上げられたりもしました。しかし、気が付いてみれば、社員の給料はなぜか全然上がっていません。それどころか、新しい経営者からは「カネがない」「まだまだ利益が足りない」と尻を叩かれる日々が続いています。なんとく皆がモヤモヤした思いを抱き、徐々に従業員の間には不満のマグマが溜まりつつある――。

 筆者自身もそうした状況の会社で落下傘経営者をしたことがあります。古参の役員や従業員ががんばり続けて以前よりも業績は良くなっているのに、なぜ「カネがない」のか。それは、誰も気づかない間に、会社はいきなり巨額の借金を背負わされ、生み出したカネが、その返済や利息の支払いに回り続けるからです。

自分のカネで買っていない?

 一般の人にはなじみが薄い言葉、LBO(レバレッジド・バイアウト)。会社を買収する際の手法のひとつです。よくメディアで「A社がB社を買収。推定60億円」と報じられたりすると、買収した側が自分たちの銀行口座から60億円振り込んで買っているかのような印象を受けますが、ほとんどの場合はそうではありません。詳しい説明は省略しますが、新しくオーナーになる会社が、買収相手の信用力を使って借金をし、その借金を使って買収相手の株を買い取るという手法を取ります。

 例えば、売上100億円、営業利益10億円、無借金で余裕現金20億円の会社を、前オーナーが新オーナーに60億円で売却したとします。そうすると、会社は売上100億円、営業利益10億円のまま、いきなり借金30億円を背負って、さらにその負債には金利がかかるので、経常利益はその分下がり現金も減っていくという状況になります。

 このカラクリはどうなっているのでしょうか? 新オーナーと旧オーナーが会社売却金額について60億円で合意した時に、新オーナーは10億円だけ出し、買収された会社にあった20億円を吸い上げて買収資金に使い、残りの30億円は銀行から調達してやはり買収資金に使うものの最終的には信用力の高いその会社に実質的に借金を肩代わりさせるような形式を取っているのです。

 旧オーナーは60億円を得て、新オーナーも10億円で営業利益10億円の会社が手に入り、事業基盤がしっかりしている優良会社に30億円を貸した銀行も金利をしっかり取れて、関わった人たちは皆ハッピーになっています。いきなり巨額の借金を背負わされたその会社の社員全員を除けば。

 それまで着々と信用と実績を積み上げてきた社員が圧倒的に割を食って、資本家と金融機関だけが得をするというのが、LBOの特徴です。

小が大を飲める

 LBOの歴史は古く、1989年にアメリカで大手投資ファンドのKKRがRJRナビスコに対してLBOを用いて買収したことで知られるようになり、当時は話題になりました。手元の資金が少なくても、相手が良い会社であれば買収できるようになる。そして、良い会社の従業員は割を食う。この10~15年ほど雨後の筍のように増えてきた投資ファンドが、カネ余りで融資先を探している金融機関から低金利で調達できる環境をフルに利用して活動することで、事例が増え続けてきました。

 事業会社が余剰資金を活かして関連事業を営む会社や技術を買収する、投資ファンドのような活動をする子会社・部門でCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を始めることが流行ってきています。驚くことに、そうしたCVCでもLBOを使うことが出てきています。少し前にも某大手企業のCVCで実施されていました。買われた会社の社員は大手企業の傘下に入れたことを喜んだのもつかの間、その先は残念ながら奴隷のように働かざるを得ない可能性が高いです。

 事業会社のCVCは、基幹事業のシナジーがある関連事業を中期的に伸ばすために外部の会社や技術を取り込むのが基本なのに、LBOで相手会社の社員を痛めつけてグループに取り込むのは本末転倒ではないかと思います。

板挟みの経営者

 資本家は圧勝するからいいですが、買収された会社の経営者は、資本家に指名されて就任しているものの、絵にかいたような板挟みになります。がんばって結果を出している役員や社員の給料を上げたいものの、会社からカネが一気になくなるので、おいそれと人件費に回せません。そして、過大な借金を背負っているという状況を社員にストレートに説明できません。

「どうして儲かってるのに給料上がらないのですか?」

「借金がたくさんあるから」

「そんな借金するほど、うちの会社って良くなかったんですか?」

と聞かれた時に、「いや、前オーナーがごっそり持っていったから」とか「現オーナーが自分自身の身を切りたくなかったから」とは言えません。

 こうした会社の経営の現場にいると、「資本家圧勝、労働者完敗」のこのやり方は法律で規制したほうが良いとまで思ってしまうこともあります。そもそも一般の社員は、自分の会社がどのように買われたか? など知ることもできず、しばらくの間は「なんかおかしいな」とも思いません。

市場環境の変化

 しかし今、この手法が制限されるようになるかもしれない動きが出てきています。金利の上昇です。今までは低金利とカネ余りで、借りる側は「いくらでもカネを調達したほうがいい」、貸す金融機関は「安全に貸せる会社には、たくさん貸したほうがよい」という状況でした。しかし今後は金利の支払いをシビアに考えないといけなくなる可能性が高いので、やすやすと会社に重い負債を背負わせにくくなります。

 今後、高金利は多くの会社にとって業績の下方圧力になります。インフレも進めば生活は大変になっていくでしょう。しかし、「がんばってきたがゆえに巨額の借金を背負わされる可哀想な会社と社員」がなくなっていくのは、良いことかもしれません。

(文=中沢光昭/株式会社リヴァイタライゼーション代表)

中沢光昭/株式会社リヴァイタライゼーション代表

中沢光昭/株式会社リヴァイタライゼーション代表

企業再生コンサルタント兼プロ経営者。
東京大学大学院工学研究科を修了後、経営コンサルティング会社、投資ファンドで落下傘経営者としての企業再生に従事したのち、上場企業子会社代表を経て独立。雇われ経営者としてのべ15期以上全うし、業績を悪化させたのは1期のみ。
事業承継問題を抱えた事業会社を譲受け保有しつつ、企業再生とM&Aをメインとしたコンサルティングおよび課題内容・必要に応じて半常勤による直接運営・雇われ経営者も行う。シードステージのベンチャー企業への出資も行う。
株式会社リヴァイタライゼーション 代表・中沢光昭のプロフィール

Twitter:@mitsu_nakazawa

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