立ち食いステーキ店チェーン「いきなり!ステーキ」で、コスト削減のために料理用ビニール手袋の着用を片手のみにするよう本部が店舗に指示していたと16日発売の「週刊文春」(文芸春秋)が報じ、物議を醸している。「文春」によれば、店舗のピーク時に両手に手袋を装着して調理していた従業員が、監視カメラで監視している上司から叱責されるケースもあるという。
「いきなり!ステーキ」を運営するペッパーフードサービスはここ数年、苦境にあえいでいる。2020年12月期決算の売上高は、前期比53.5%減の310億8500万円で、純利益は39億5500万円の赤字と、3期連続の最終赤字。同年度第2四半期(1~6月)は債務超過だったが、第三者割当増資などを行ったことで20年12月期末時点では資産超過に転換している。
経営再建のため、20年には主力事業の一つだった「ペッパーランチ事業」を売却し、114店閉鎖と200名の希望退職者を募集するなど積極的に手を打っているが、苦しい経営環境が続いている。
そんなペッパーフードサービスといえば、今年2月の“社内報炎上騒動”が記憶に新しい。1月に発行された同社の社内報に掲載された、一瀬邦夫社長が社員に向けて綴った「社長から皆さんへ」という文章に次のような厳しい言葉が並んでいたことがわかり、SNS上ではさまざまな声が寄せられていた。
「どうやらこのネガティヴ従業員によって大部分のクレームが起こっているようです。『店舗では作業するだけで給料をもらえると思うのは大間違いです。』」
「ネガティヴな人は、この社長の年初の言葉をきっかけとして『自己改革』してください」
「ポジティブの人の『お客様ファン作りの阻害要因のネガティヴ人間をなくす事です。』」
「お客様に不快な思いをさせたネガティヴな従業員をゆるすことは、到底できません」
(「クレームゼロ憲章」より)
「再三にわたるクレームの当事者は、厳重な処分をします」
極端に店員の数が少ない店舗
そして今回“片手手袋強要”が発覚したわけだが、Twitter上では次のように批判が続出している。
<飲食って衛生面で信頼されるのが最優先事項だと思うんだけど、それより経費面を優先してるってお客さんから印象持たれたら経営するの厳しそう>
<「コストダウンのために衛生面を度外視する飲食店に誰が行きたがる」って当たり前のことを経営陣が考えられなくなった企業に未来があるとは思えない>
<食べ物扱う店で衛生に関わる経費削減なんて飲食店の資格は無いと思う…>
<監視カメラでそれを確認して出来なければ店舗に電話って、その監視カメラ代、維持費、電話する人件費削ったら? 衛生面を蔑ろにする前にやる事ある>
<昔某チキン屋でバイトしていた時は必ず両手に手袋する様に教えられましたよ 片手だと間違って素手で食材に触れる恐れがある為>
<不衛生と非効率すぎて来店したくなくなったな…>
外食業界関係者はいう。
「たとえば寿司屋や和食料理屋、チェーンではないフレンチやイタリアンの店では、素手で調理するケースが多いが、こまめに手を洗ったり、食材や食器、調理器具以外のものを触った手でそのまま食材を触らないようにしたり注意するなど、“素手である”ことをしっかり意識して動けば問題は起きにくい。
一方、チェーン店やスーパーの調理場、食品工場などでは手袋を着けているケースが多いが、これは作業や扱う食材などがしっかりと分業されているため、多少は手袋を交換・洗浄する頻度が落ちても、衛生的な問題は起きにくいと判断されるため。つまり人件費をかける代わりに効率を重視しているともいえる。
つまり、素手であろうと“手袋あり”であろうと、しっかりとそれを前提とした対策なり業務プロセスが確立・遵守されていれば問題は起きにくいが、今回の、いきなり!ステーキのように“片一方を素手、もう一方を手袋”とごちゃ混ぜにしてしまうと、衛生面でも業務効率面でも逆効果になってしまう恐れがある。そんな施策を“経費削減”目的で導入しているのだとしたら、果たして経営陣は本当に飲食店の現場で働いた経験があるのかと疑いたくなる。
そもそも、いきなり!ステーキは一店舗当たりの店員が極端に少ないと見受けられるが、そうなると店員が一人でさまざまな作業を行うことになり、特にピーク時などは客をさばくのに精一杯で忙しいなか、いろいろなモノや場所を“触る”ことになる。その点がしっかり対策されているのかが同業者としては気になる」
なぜ同社は、衛生管理を蔑ろにしていると受け止められかねない施策を行っているのだろうか。自身でも飲食店経営を手掛ける飲食プロデューサーで東京未来倶楽部(株)代表の江間正和氏に解説してもらった。
江間氏の解説
そもそもの話になってしまいますが、飲食店の調理場で手袋を装着することが本当に衛生的であるかどうかは、注意が必要だと思います。素手で食品を扱うことに対して嫌悪感を示す方もいると思いますが、お寿司屋さんであったり、家庭での料理であったり、素手で調理することは多いです。手袋をすることによって、手を洗う回数が減るケースも考えられますし、手袋の保管方法やオペレーションによっては、手袋がさまざまなところに触れてしまい、逆に不衛生となる可能性も考えられます。
また、調理をする際に手袋をしていると指先の微妙な感覚が分かりづらくなり、繊細な調理や盛り付けには向かない場合もあります。そう考えると、手袋が片手のみになっただけで衛生面や作業効率面で大きな問題が発生するとはいえません。
今回のいきなり!ステーキの対応に問題があるとしたら、改善における“視点のズレ”や“中途半端感”ではないでしょうか。
片手のみ手袋を装着した状態では、食材その他を扱う際に左右の手の状況が別々になります。そして現場としては、この中途半端な状況よりも、両手手袋のほうが作業効率が良いです。
また、現場の状況画像を見てみると、手袋をしているほうの手は“添える側”“サポート側”となっているようです。食材を持ったり押さえたりと直接触れるほうの手だからだと思いますが、いろいろなモノや場所を触わる利用頻度の高い利き手側が素手となっており、中途半端な状況です。
いきなり!ステーキが片手手袋のルール化に踏み切った理由は「経費削減」と「従業員の節約意識改革」のはずで、これはこれでとても大事なことですが、そのやり方やポイントを間違えると、お客さんや従業員の反発を招いてしまいます。今回は、裏目に出てしまったようです。
ではなぜ、やり方やポイントを間違えてしまったのでしょうか。
やはり、会社の体質に何か問題があるのではないでしょうか。日頃から現場やお客さんの声を聞き“本当に必要なこと”を吸い上げるボトムアップ的な改善ができていない気がします。会社として現場には「頭を使え」「考えろ」と言っていても、トップダウン型の社風だと、現場や中間管理職からは上の顔色を窺った意見しか出てこないでしょう。今回のような小さな綻びも、その一端のように思えます。
売上が低迷している、いきなり!ステーキの将来は、現場やお客さんの声にどれだけ耳を傾けることができるか、そして経営側に対して従業員が冷静に意見を言える雰囲気の会社になれるかどうかにかかっていると思います。
(文=Business Journal編集部、協力=江間正和/東京未来倶楽部(株)代表)