気軽に寿司に舌鼓を打て、老若男女問わず人気を博す回転寿司チェーン。しかし、近年では原材料費、人件費の高騰などの理由により、値上げを検討するチェーンも少なくない。特に大手回転寿司チェーンのスシローが10月から10~30円ほどの値上げを実施すると発表したことは、多くの回転寿司ファンを驚かせた。
一方で、スシローに並ぶ大手チェーンの「くら寿司」は、7月8日から一皿220円(税込)の「できたてシリーズ」の販売を開始したものの、基本的には現状の価格を維持するという方向性のようだ。利用者としては安い価格のまま寿司を食べられるのはありがたいことだろうが、意外にも「くら寿司」ファンからは「ネタのクオリティが低くなっている」と不満の声が挙がっているのである。
なかでも、6月28日にあるTwitterユーザーが「くら寿司」で撮影し、投稿した「いくら」の写真は、ネタのクオリティがあまりにも低すぎると大きな話題となった。その写真では、キュウリが軍艦の大部分を覆っており、肝心のいくら自体の量はかなり少なめとなっていたのだ。リプ欄では「具が少なすぎる『ねぎまぐろ』」「中身がスカスカすぎる『国産 太刀魚軍艦』」などツイート主と同様に「くら寿司」のネタの写真をアップするユーザーで溢れ、多くの人がクオリティが低下したのではと疑念を抱く形となった。
どれほどの価格でどれほどの寿司を提供するかは各回転寿司チェーン次第だが、昨今の原価高騰の現状を踏まえると、今後は企業戦略や仕入れなどの差でチェーンごとにクオリティの差が出てくる可能性もあるだろう。実際、スシローと「くら寿司」は、価格とクオリティで対照的といえるほど戦略に違いがあるように感じる。
そこで今回はフードアナリストの重盛高雄氏に、両社の経営方針を比較してもらい、今後両社がどのような営業をしていきそうかなどを解説してもらった。
フェアメニュー重視のスシロー、ファミリー向けに安心を謳う「くら寿司」
比較を行う前に、両社の近年の経営方針について振り返っておこう。まずはスシローの経営方針から。
「スシローは、国内店舗数が2021年12月31日現在で626と業界トップの店舗数を誇る回転寿司チェーンとなっています。業界最多の店舗数ゆえにある程度の客数を担保できるため、一括的な仕入れが可能となり、良質なネタを確保しやすいという特徴があります。ただ店舗展開の規模が大きいぶん、“地方限定”といった小規模な営業戦略はとりにくいですし、一括仕入れによる食品ロスのリスクも増えてくるため、小回りの利く営業はしにくいでしょう。
そこで、スシローはフェアメニューの展開に力を入れているのです。良質なネタがラインナップされているスシローですが、他の回転寿司チェーンのほうが低価格ネタを提供している傾向にあり、価格競争になってしまうと薄利になり商売になりません。そこでスシローは、高級食材を使用した食べ比べセットなどのフェアメニューを用意して、高めの価格で提供することにより、客単価を上げるという戦略にシフトしているのです」(重盛氏)
一度に大量の仕入れが行えるため、安定して高品質なネタを提供しやすいというスシロー。10月からの値上げも客に提供してきたネタの品質を下げないための苦肉の策だったのだろう。
次は「くら寿司」の経営方針について。
「くら寿司は、2021年10月末時点の国内店舗数は495店舗とスシローには劣るものの、業界のなかでは多い店舗数を誇っています。ネタに関しては、安いながらも価格相応の良品を提供していこうとする戦略を行っていると感じています。というのも、くら寿司では、メニューから添加物を排除する『無添加』を掲げており、提供するネタの安心・安全を大々的にアピールしているんです。
また基本的に家族向けのサービスが充実していることでも有名ですね。『ビッくらポン』という食べ終わった寿司皿を席にある回収口に入れることで、5皿に1回カプセルトイを楽しめるゲームは子どもに人気。他にも、いち早くスマホ注文に対応したり、より多くのネタを楽しみたい子ども向けにシャリの量を半分にできるサービスがあったりと、ファミリー層に優しいサービスが目立ちます」(同)
両社の違いはやはり価格への意識……しかし、クオリティは変動する?
両社の規模やクオリティへのこだわりはもちろん、サービスの方向性までかなり異なっているのは理解できた。では、そんなスシローとくら寿司の経営方針で最も異なる部分は何だろうか。
「やはり価格設定ですね。前提として、両社とも少しでも良いネタをリーズナブルに提供しようとする矜持を持っていますが、価格と提供メニューの方向性で違いが確認できます。スシローは先に挙げたとおり、高価格なフェアメニューを多数提供しており、客単価を上げようとしています。対して、くら寿司のほうは価格を変えずに炙りや漬け、熟成などネタを加工して付加価値を付けようとするメニューを増やす傾向にあるんです」(同)
しかし重盛氏は、こうした方針をもとに営業しているといっても、ネタのクオリティは下がる可能性があると語る。それには回転寿司チェーンならではの理由があるという。
「もともと寿司屋は、その日の魚の仕入れ値で価格を決める時価というシステムで始まった商売でした。しかし、回転寿司はというと、常に均一な価格で寿司を客に提供する必要があるので、むやみに価格を変えることはできません。回転寿司チェーンは否定するでしょうが、どうしてもその日の仕入れによってネタのクオリティが上下してしまうことはあり得ます。これはくら寿司に限らず、スシローにもいえることでしょう。
メニュー写真からあまりにも乖離した商品が届けられた場合には、優良誤認(実際の品質よりも優れていると偽って宣伝すること)を誘発する恐れもあります。メニュー写真には、企業が判断した最も良い状態のネタが使われていますので、それよりも劣るネタが提供されてしまうこともあり得るでしょう」(同)
では、スシローとくら寿司はどのような経営に舵を切っていくのか。
「スシローは、テイクアウトの分野を強化していくでしょう。コロナ禍になりデリバリー需要が増えたこともあって、テイクアウト戦略強化のため、2021年にスシローは持ち帰り寿司店『京樽』を運営する株式会社京樽の買収をしました。最近ではテイクアウト専門店も展開中であり、今後はテイクアウトの部門でどこまで数字を伸ばせるかが肝になるでしょう。
くら寿司は、新しく開始した『できたてシリーズ』の売上を上げられるかにかかってくるでしょうね。現在の回転寿司業界は、低価格かどうかではなく高クオリティなネタを提供できるかに焦点が当てられているので、なるべく単価を上げてどれだけ売上を上げることができるかが重要になるはずです」(同)
回転寿司業界は、相次ぐコストの増大に悩まされているようだが、スシローとくら寿司には企業努力を続けてもらい、今後もコスパの良い寿司を提供してほしいものである。
(取材・文=文月/A4studio)