近年は若者のお酒離れが叫ばれ、新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、苦戦を強いられている居酒屋チェーン業界。そんななか、老舗の居酒屋チェーン店「養老乃瀧」に、ひそかに注目が集まっている。
養老乃瀧は、例えば東京23区内では葛飾区や荒川区、大田区に北区といった都心の喧騒から離れた下町エリアや、住宅地の駅近くに出店している印象が強い。そのため都心部の繁華街を中心に店舗展開しているモンテローザ系列やワタミ系列のチェーン店とは、経営戦略に違いがあるだろうことは見えてくる。また、お店選びには一家言ある中高年層の居酒屋ファンから厚い支持を受けているのも特徴的だ。
そこで今回は外食事情に詳しいフードアナリストの重盛高雄氏に、居酒屋チェーンでも異色のテイストを持った、中高年の憩いの場「養老乃瀧」の凄さを解説してもらった。
チェーン店なのにアットホーム、戦前から続くお客様ファーストの精神
「養老乃瀧」といえば、昭和の時代から平成前期頃までは「村さ来」「つぼ八」と並んで「居酒屋御三家」と称され、居酒屋チェーン黎明期から存在している老舗ブランド。その歴史は戦前にまでさかのぼるという。
「養老乃瀧は、1938年に長野県松本市で創業された蕎麦屋が始まりとされています。その後、時代の流れに合わせながら業態を変えていき、戦後の高度経済成長期に突入し始めた1956年に、神奈川県横浜市で居酒屋・養老乃瀧の1号店を開業。そこで10年ほど営業した後の1966年に、東京都板橋区にFC(フランチャイズ)の1号店をオープンさせます」(重盛氏)
居酒屋として実に長い歴史を紡いできた「養老乃瀧」。その根底には素朴なポリシーがあり、それこそが長らく愛されてきた理由だと重盛氏は解説する。
「お客さんとの繋がりをすごく重視していますよね。他の居酒屋チェーンに比べると、少人数で訪れて落ち着いた時間を楽しむお客さんが多い印象です。『地元に根ざした居酒屋』とでもいいましょうか。店内はまるで個人経営を思わせるアットホームな雰囲気で、画一的な雰囲気の大型居酒屋チェーンにはない味わいが特徴です」(同)
中高年の心をがっちりつかむ、FC店ごとのオリジナルメニューの存在
養老乃瀧に足しげく通うのは“飲み”のベテランの中高年層。なぜ、こうした層の心をがっちりとつかんでいるのだろう。
「セルフタッチパネル式の注文形式が主流になってきたなかで、養老乃瀧の多くの店舗では、今もまだ店員さんが注文を取るスタイルを貫いています。そのため、そこからコミュニケーションが生まれるのも中高年人気の一因かもしれません。競馬新聞を広げながら数人で会議しつつビールを煽るおじさんたち。個人経営のお店などでよく見られる光景が、全国チェーンの居酒屋で見られるのも養老乃瀧のおもしろさですね」(同)
FC店ごとに異なるオリジナルメニューの存在も、魅力を語る上で欠かせないそうだ。
「お店を訪れると『店長のおすすめ』として紙に書かれたメニューが机に置いてあります。各FC店で異なるメニューを出すのは、業界で見てもかなり異色といっていいでしょう。例えばFC店の店長が『この季節、地元の人はこの食材を食べたがるから、こんなメニューを加えたいです』と本部に相談し、本部は可能な範囲でそうした要望を通すようにしているようです。本部からしてみれば、全国のFC店から寄せられる要望に対応するのは、かなりの労力がかかるはず。ですが、それでも細かく対応しているのは、それがブランドの魅力だと自覚しているからでしょうね。
こうしたオリジナルメニューの開発に力を入れている理由には、これらのメニューが本部にとって売り上げ予想が立てやすいから、という部分もあるでしょう。というのも、FC店の店長は、常連さんの好みに合わせてこうしたオリジナルメニューの開発を申し入れる場合がほとんどで、多くの場合、注文率が高いメニューになるからです。つまり、オリジナルメニューの存在は、先ほどの“お客さんとのつながり”というポリシーを体現している要素ともいえるわけです」(同)
一方でグランドメニューはどうなのだろうか。
「多くの大型居酒屋チェーン店は、ターゲットをあまり絞らず幅広い層のお客さんに向けて商売をしているので、必然的にグランドメニューに力が入るもの。けれど養老乃瀧の場合は各店のオリジナルメニューが売りなので、どうしてもグランドメニューがその陰に隠れがちな印象です。実際、私が訪れた平和島店には『現在取り扱っていません』とシールの貼られたグランドメニューの料理もありました。
ですが、決してグランドメニューに手を抜いているわけではなく、居酒屋メニューで定番の『鶏もも唐揚げ』(税込429円)や『メンチカツ』(税込418円)などは、熱々サクサクの揚げたてが提供され、非常に満足感の高い仕上がりです。また、お酒に関しても同様で、1971年に国内初のプライベートブランドビールとして誕生した『養老ビール』(税込484円)など、根強い人気を持つアルコールも揃っています」(同)
きちんと顧客を満足させる高いクオリティのグランドメニューを用意する。このあたりからも養老乃瀧のブランディングの方向性が見て取れる。
地に足のついた経営戦略、居酒屋チェーン業界を地道に生き抜く古参の貫禄
そんな養老乃瀧の今後について予想してもらった。
「激安メニューを売りにするなどの奇をてらうことはせず、本部はFC店とのつながりを軸にし、そして各FC店は常連のお客さんとのつながりを大事にして、養老乃瀧というブランドのイメージを大切に育てていくのではないでしょうか。
ですが、グループ全体で見ると新たな試みには積極的で、『安くて旨(うま)い、アットホームな韓国料理店』をコンセプトに掲げる韓国料理店『韓激』など、新規ブランドも展開しています。こちらも月島店に実際に足を運んでみたのですが、韓国料理屋にありがちな“激辛”を売りにしたお店ではなく、日本人の舌に合うあまり辛くない料理がメイン。家族連れで利用できる“日本式の韓国大衆食堂”として非常に考え抜かれているなと感心させられました」(同)
50年以上もFC契約を続ける店舗がなんと10店舗ほどあるという養老乃瀧。これは、もともと実力のあった居酒屋をうまくFC店として稼働させ、かつその持ち味を生かす経営スタイルが成功している証拠なのかもしれない。チェーン店の居酒屋なのに個人経営のような雰囲気を併せ持つ、唯一無二の魅力に満ちた養老乃瀧。街で見かけた際は一度立ち寄ってみてはいかがだろうか。
(文=A4studio)