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江川紹子の「事件ウオッチ」第217回

【名古屋刑務所暴行】なぜ受刑者暴行は繰り返されるのかー江川紹子の解説・提言

文=江川紹子/ジャーナリスト
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画像はイメージ/右上写真は名古屋刑務所庁舎(法務省HPより)

 また名古屋刑務所で、刑務官による受刑者への暴力事件が起きた。22人の刑務官が3人の受刑者に対し、顔や手をたたく、アルコールスプレーを顔に噴射するなどの暴行を加えていた、と法務省が発表した。

 刑務官は20代17人、30代5人のいずれも男性で、16人が採用から3年未満の若手と報じられている。暴行は、刑務官らが居室などで受刑者と1対1になった際に行われていた。8月下旬に60代の受刑者1人が軽いけがをしているのが確認され、名古屋矯正管区が調査したところ、多数の暴行や不適切な処遇が発覚した、という。

 冒頭に“また”と書いたのは、20年ほど前にも暴力事件が相次いだからだ。2001年12月、3人の刑務官が受刑者の肛門に消防用ホースで放水して死亡させた。02年5月と9月には、腹部を革手錠つきのベルトで締め付けられた受刑者1人が死亡、1人が重傷を負った。この3つの事件で、7人の刑務官が特別公務員暴行陵虐罪などで有罪判決を受けた。この時の苦い経験と教訓が、若い世代に引き継がれていないのではないか。

 今回発覚した暴行や被害の程度は、20年前の事件より軽く、階級が上の者の指示で集団暴行をするような組織性も、今のところないようだ。しかし、関わった刑務官は多く、長期間にわたり繰り返し行われていた。刑務官らは「(受刑者が)指示に従わず、大声を発したり、要求を繰り返したりしたため、行為に及んだ」と述べているという。

 経験の浅い刑務官たちが、扱いづらい受刑者に対し、常習的に暴行を加えていた、という構図が見えてくる。

暴行が常態化? 活かされなかった視察委員会からの指摘

 名古屋刑務所は、犯罪傾向が進んだ者に加え、外国人や心身障害者なども収容している。医療重点施設であり、特に人工透析の設備が多く備えられていることから、継続的な治療が必要な受刑者が集められる。しかも、受刑者は高齢化が進む。病気による食事制限もあり、認知症を患う受刑者も増えて、処遇に手間や困難を伴う者は少なくないと思われる。加えて、集団生活の場である刑務所では、コロナ禍で特別な対策もせねばならず、職員の労働環境は厳しさを増しているはずだ。

 もちろん、だからといって暴行を加えるなどの虐待をしていいはずがない。

 刑務所という環境では、所内の規律を維持するために、受刑者に対しては厳格に対応しなければならないこともある。それでも、相手の人格を否定するような物言いや人権を侵害するようなふるまいがあってはならず、まして暴行などは論外。そうした対応は、受刑者の改善更生や社会復帰の促進にとってもマイナスだ。

 20年前の事件が発覚した後、法務大臣の下に「行刑改革会議」が設置され、私も委員の1人となった。全国各地の刑務所を視察し、収容者や刑務官へのアンケート調査などを行うなどして問題点の把握に努め、議論の末に、刑務所の全面的な改革を提言。これを元に、明治以来続いていた監獄法が廃止され、現在の刑事収容施設法ができた経緯がある。

 行刑改革会議が力を入れたことの1つが、刑務所の閉鎖性の改善だった。提言では、施設ごとに地域の市民や専門家で構成される、独立した刑事施設視察委員会の設置など、「外の目」が入るような措置を盛り込んだ。この提言は刑事施設収容法で生かされた。地域の市民、弁護士、医師など4~10人からなる、75の視察委員会が作られ、全国各地で施設の視察や被収容者との面接を行い、施設長に対し意見を述べている。

 法律では、被収容者が視察委員会に提出する書面は、刑務所側がチェックしてはならないことになっており、委員会の意見とその後に刑務所が講じた措置は公表が義務づけられている。

 法務省がホームページで公表した資料を見ると、名古屋刑務所に対しては視察委員会から今年3月、次のような意見が出されている。

「職員の言動や応対等に対する不満を述べる意見・提案書が相変わらず相当数見られ、その中には、職員の具体的な氏名を指摘するものや、特定の工場の担当職員を指摘するような同じよう意見が複数見られた。

 (略)当視察委員会からの指摘を受けて貴所で行われた調査では、いずれもそれらの職員から被収容者への不当な言動や対応等はなかったとの回答であるが、貴所内での調査では限界があるため、客観的な第三者による調査等、一定の対策を講じられたい」
 実は視察委員会は、名古屋刑務所に対して、以前から毎年のように「職員の言動等」について意見している。特に2019年以降は、職員の具体名を挙げた受刑者からの意見書が「相当数」に上っていると指摘。改善要求は年々語気が強まり、昨年は、刑務所が職員に行っている研修の内容を書面で報告するよう求めた。

 それに対して刑務所側が講じた措置として、「矯正職員としてふさわしい言葉遣い」などに関する研修を行ったことを、同じような言葉で繰り返すにとどまる。

 視察委員会は「言動」、すなわち暴行も含めての指摘をしたのに、刑務所側はもっぱら「言葉遣い」の問題と、わざと過小に受け止めたようにも見える。今年、視察委員会が強い表現で改善を求めたのは、まったく状況が改まらないことに業を煮やしての意見だったのだろう。しかし、その後も暴行は続いた。

 この公表資料を見る限り、不適正な対応は、今回法務省が発表したより、ずっと長きにわたって行われ、暴行が常態化してきたように思われる。行われていた研修も、必ずしも効果的ではなさそうで、問題はかなり根深いのではないか。

徹底的な検証のうえ、改善策の再検討を

 今回の22人の刑務官による暴行に関しては、名古屋地検が特別公務員暴行陵虐罪などで捜査する方針と報じられている。ただ、彼らを処罰すればすむ話というわけではあるまい。

 20年前と違い、問題の所在は視察委員会によって指摘されていた。ところが、刑務所がその問題をきちんと把握し、事態の改善に結びつかなかった。それはなぜなのか。ここを解明することが、再発防止のための最大のポイントだ。

 現場の実情に見合った刑務官の配置がなされていたのか。研修や訓練は適切に施されていたのか。暴行や不適正な処遇が常態化していたのに、なぜ上司は気づかなかったのか……。これは、個々の刑務官の問題であると同時に、刑務所のガバナンスの問題であり、さらには名古屋矯正管区など法務省の対応も検証されなければならない。

 法務省は、他の刑務所でも同様の不適正な事案がないか、全国調査を行うという。実際、公表資料を見ると、他の刑務所でも視察委員会から刑務官の言動について指摘がなされている。

「刑務官の受刑者に対する言動について不穏当とされる意見が多く寄せられている」(札幌刑務所)

「被収容者から、刑務官職員の言動に対する問題点の指摘が多数出されている。かかる現状を踏まえれば、一部の刑務官職員に関しては、研修の成果が改善につながっているか疑念を抱かざるをえない」(長野刑務所)

「被収容者から、刑務官による不適正な対応に係る意見・提案書が相当数寄せられており」(金沢刑務所)

 全国調査は必要だが、職員の言動についてだけ調べるのでは十分ではないだろう。

 20年前の事件の背景には、刑務所の過剰収容と閉鎖性、明治以来の監獄法という被収容者の権利義務関係が不明確な法律などがあった。受刑者の高齢化も問題になり始めていた。その後、新たな法律が出来、刑務所には社会福祉士が職員として常駐したり、外部の人が受刑者の更生プログラムに関わったり、出所前に地域生活定着支援センターとつないで社会復帰を支援するなど、矯正の現場はかつてに比べ大きく改善されてきた。

 だが、今の刑務所は高齢化が進み、受刑者の多様化など新たな課題も抱えている。未だ外からは見えない問題もあるのかもしれない。第三者による「行刑改革会議その2」を作って刑務所の現状について徹底的な検証を行い、問題点をきっちり洗い出し、改善策を検討すべきだ。

 今年6月、刑法が改正された。予定通り2025年に実施されれば、刑務作業を義務づけた懲役刑と義務づけのない禁固刑の区別がなくなり、拘禁刑に一本化される。受刑者1人ひとりの状況に応じた、きめ細かい再犯防止教育や矯正指導が行えるようになる、法的な枠組みはできた。

 しかし、実際にそれを担う刑務所の実情はどうなのか。

 今回は、男性受刑者を収容する刑務所での事案だが、女子刑務所では女性刑務官の早期離職が問題になっている。

 再犯者を減らし、安全な社会を作るためにも、それを支える刑務官の労働環境を含め、総合的な検証と対策が必要だ。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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