宗教法人としての世界平和統一家庭連合(略称・家庭連合=旧統一教会)に対し、政府が具体的な対応をとるよう求める動きが相次いで起きている。同教団の被害救済に取り組んできた「全国霊感商法対策弁護士連絡会」(全国弁連)が、裁判所に解散命令の請求を行うよう、政府に申し入れた。同教団の信者を親に持つ「2世」ら当事者も、同趣旨の署名活動を始める。また、消費者庁の有識者検討会も、報告書のなかで、所轄庁が宗教法人法に基づく調査を行うよう求めた。そんななか、世論調査で内閣支持率が落ち続ける岸田政権は、ようやく重い腰を上げ始めた。
「信教の自由」を盾に、「調査」にすら及び腰だった岸田政権だが……
同法では、「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をした」「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をした」場合などは、裁判所が「解散」命令を出すことができる、と定めている。
「解散」を命じられると、宗教法人としての財産の管理や契約などの法的行為ができなくなり、宗教法人に認められている税の優遇措置も受けられなくなる。
オウム真理教の時は、地下鉄サリン事件の後、当時の所轄庁である東京都と検察官が申請。東京地裁が解散命令を出し、教団側の不服申し立てによって東京高裁、最高裁まで行って確定した。一方、事件の被害者が債権者として教団の破産を申し立てており、それが認められて、破産管財人のもとで清算手続が着手された。
ただ、解散命令が出ても、任意の宗教団体としての活動ができなくなるわけではないし、役所が信者個人の信仰に立ち入るわけでもない。現に、オウム真理教は解散命令確定後も存続し、「アレフ」や「ひかりの輪」などの後継団体として今も活動を続けている。
この解散命令が、憲法で保障されている「信教の自由」を直接制限するものではないことは、オウムに対する最高裁決定も認めている。清算手続によって、礼拝施設などが処分されれば、宗教活動に間接的な影響はあり得るだろうが、同決定はこう判示している。
「宗教上の行為の自由は、もとより最大限に尊重すべきものであるが、絶対無制限のものではない」
ところが、今回の旧統一教会を巡る問題で、政府は「信教の自由」を理由に、この問題に消極的な態度をとり続けてきた。所轄の文化庁は解散命令について、「教会の役職員が逮捕や立件、処罰された例がなければ請求は難しい」と繰り返した。さらに、野党議員の質問主意書に対し政府は、「憲法の定める信教の自由の保障などを踏まえれば、所轄する庁の関与は抑制的であるべきで、法人格を剥奪する極めて重い措置の解散命令の請求は十分慎重に判断すべきだ」とする答弁書を閣議決定した。
確かに、法人格の剥奪には慎重でなければならず、教団としての行為を理由に解散命令が発せられた前例は、オウム真理教と霊視商法が詐欺罪で摘発された明覚寺しかない。足裏診断などの霊感商法が摘発された法の華三法行でも検討されたが、解散命令の請求より先に、教団は債権者の申立てによる破産宣告を受け、それを理由に解散となった。
しかし、刑事事件にならなければ、「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」や「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」とはいえないのだろうか。宗教法人法は、「法令に違反して」としているのであって、「刑法に違反して」と書いてあるわけではない。政府は、いったい何を根拠に、問題の行為を「逮捕」「処罰」などの刑事事件に限定するのか。
南野森・九州大学教授(憲法学)は、「法律では、解散要件は非常に抽象的です。最高裁はこの要件について何も言っていません。あるのは、下級審の判断だけ。文化庁などが引き合いにしているのは、オウム真理教に対する東京高裁の決定です」と語る。
この高裁決定では、確かに問題とする行為を、「宗教法人の代表役員等が法人の名の下において……した行為」「刑法等の実定法規の定める禁止規範又は命令規範に違反するもの」と、かなり狭く捉えた解釈をしている。
これを教団は利用している、と南野教授は指摘する。
「旧統一教会は、この高裁決定を踏まえて、関連団体に“ファイヤーウォール”の働きをさせ、教団本体に追及の火の手が及ばないような仕組みを作って活動しています。それによって膨大な被害が生まれ、これに対して民事裁判では、教団の不法行為責任を認める判断が出ている。そうである以上、解散命令に関して、27年も前の下級審の法解釈に縛られる必要はないと思います」
にもかかわらず、政府の腰はなぜ重いのか。
政府が「調査指示」へと一転した背景…流れを変えた消費者庁・有識者検討会による報告書
南野教授は、「深読みかもしれませんが」としたうえで、役所にありがちな2つのメンタリティを挙げる。
「ひとつは、今まで解散命令の請求をやってこなかった責任を問われたくない、という発想。つまり、教団が最近になって何か大きな事件を起こしたのではなく、教団は何年も前から同じ行為をしてきたわけですね。今になって対応するのは、役所としての一貫性を問われるのではないか、と恐れる。
もうひとつは、お役所は負け戦をしたくない。100%勝てる確信が持てなければやりたくない。もし、裁判所から『解散に値しない』と言われたら、教団から損害賠償を求められるかもしれない、と考えるわけです。認められなければ、国としてのメンツの問題もありますし」
しかしそうなると、本来は裁判所が判断する仕組みなのに、実際には行政が基準を決めることになる。
「時代背景もあり、(行政が何もしてこなかった)今までのことは仕方がない、と言ってあげないと、政府は動けないのかもしれません。この問題に取り組んできた弁護士や学者などと共に知恵を出し合えば、過去の判断は乗り越えられるはずです」(南野)
たとえば全国弁連は、政府側と同じオウムに対する東京高裁決定を挙げて、問題視する行為は犯罪行為に限定されない、と反論している。
同決定は、宗教法人が武力抗争のほか「詐欺、一夫多妻、麻薬使用等の犯罪や反道徳的・反社会的行動」などを行う「反道徳的・反社会的存在」となった場合に対処するための措置として、解散命令の制度を「必要不可欠」としている。
旧統一教会の行為は、これまで繰り返し司法の場で民法上の「不法行為」を認定されており、それに対する反省や被害者への謝罪もない。同決定で述べられている「反道徳的・反社会的存在」であることはいうまでもなく、教団は解散命令の対象になる、というのが全国弁連の主張だ。
このまま政府が解散命令請求を避けていれば、旧統一教会は宗教法人であることを理由に、税制上の優遇措置を受け続けることになる。献金強要などによって日本の信者やその家族から吸い上げられた巨額の金は、非課税のまま韓国に送られ、その額は毎年数百億円に達する、とも報じられている。
「これはもはや、国益に反する、といえるのではないでしょうか」(南野教授)
なにより解せないのは、政府が、宗教法人法が認めている調査にすら、消極的な態度を続けてきたことだ。
宗教法人法は、解散命令に該当する疑いがある場合には、当該の宗教法人に報告を求め、役員などに質問する権限を所轄庁に与えている。しかし、文化庁はこの質問権を行使したことは今まで一度もない。
今回も、政府は調査に消極的で、8月15日の答弁書では「個人の政治活動に関するもので、調査を行う必要はない」としていた。政府は、調査は解散命令請求を前提にして行われるもの、と見ており、請求を行うつもりがない以上、調査をする必要はない、という立場のようだった。
こうした流れを変えたのが、消費者庁の有識者検討会だった。同検討会は10月17日朝に公表した報告書のなかで、解散命令について一般論として慎重姿勢に理解を示しつつ、調査に関するこれまでの行政の消極的な対応には疑問を呈した。そのうえで、旧統一教会に関しては、解散命令の要件に該当する疑いがあるとして、「解散命令請求も視野に入れ、宗教法人法に基づく報告徴収及び質問の権限を行使する必要がある」と提言した。
提言に背中を押されたのか、政府は突如方針を変更。同日朝、岸田首相は河野太郎・消費者相、永岡桂子・文科相らと対応を協議し、永岡文科相に「質問権」を活用した調査を指示し、衆院予算委員会でそのことを明らかにした。
本来、政府の一貫性のなさが問われるところだが、ここは南野教授の助言を受け入れて、その点を追及するより、柔軟に対応したと、ひとまず前向きに受け止めたい。
形ばかりの「報告徴収及び質問」で終わらせることなく、十分な事実調査を行うべき
ただ、調査を実施するとはいっても、法律上、所轄庁の権限は極めて控えめなものだ。
調査の前には宗教家や学識経験者で構成される宗教法人審議会の意見を聞かなければならないという縛りがあり、質問のために教団施設に立ち入る時には、当該宗教法人の同意が必要。教団は立ち入りを求める役所の職員を門前払いできる。
同法のこの条項は、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた1995年秋に行われた臨時国会での宗教法人法改正によって加えられた。それまでは、宗教法人に対する行政の調査権限はまったくなかったのだ。しかし事件後、「行政が以前から教団の実態をもっと把握しておくことができなかったか」と法改正を求める世論が高まった。一方、「信教の自由」という観点から懸念の声も根強かった。
そのため、前述のような遠慮がちな「報告徴収及び質問」の権限に留まったが、それでも公明党や小沢一郎氏らが率いる新生党などが合流してできた新進党が、法改正は「国家による宗教弾圧の蟻の一穴になる」と猛反対。これに同調する識者もいた。参議院では、同法改正のための特別委員会に宗教関係者、憲法学者など学識経験者のほか、カルト被害対策に取り組む弁護士が参考人として意見を述べるなど、慎重な審議が行われた。そこでは、政教分離のあり方や、旧統一教会を含めた新興宗教による霊感商法も話題になった。
当時の政府は、自社さ連立政権。村山富市・首相以下の閣僚は連日特別委に出席し、法改正が「必要最小限」のものであることを説明した。村山首相は、憲法が保障する信教の自由にはいささかの変更もないことを繰り返し述べて、粘り強く法案への理解を求めた。そして、会期を延長して可決にこぎつけた。
また、この参院特別委で、武村正義・大蔵大臣(当時)は、宗教法人が税制上の優遇措置を受けていることを念頭に、次のように答弁している。
「私ども税の立場で見ておりましても、宗教法人をかたる、営業のために宗教法人を買収したりして巧妙に使い分けをして金もうけに走っている例もございますし、また昨日の霊感商法の例のようなああいう行為も一部ございます。(中略)そのことに政治が目をつむっていていいのか」
また、島村宜伸・文部大臣(当時)は、同じ参院特別委で次のように述べた。
「宗教法人の側としても、法人格を得るということで、社会的にある種の権威、あるいは税制上の優遇等々が得られるわけでありますから、当然に宗教法人の公共性に対応した公正な管理運営を確保する責務がある。(中略)法人格を与える、認証をするというだけが所轄庁の仕事でなくて、その後の適正な管理運営を見守るといいましょうか、所轄するといいましょうか、そのことの責任は当然にあると私は考えます」
法改正時に閣僚が語った政治や行政の責任。今の岸田政権は、どう果たしていくのだろう。
旧統一教会は宗教法人として解散命令の要件に該当する疑いがある、と認めて調査を指示した以上、形ばかりの「報告徴収及び質問」で終わらせるようなことがあってはならない。旧統一教会への調査は初めてのことであり、定員8名という文化庁宗務課のわずかな職員だけに任せるのではなく、十分な事実調査ができるような人的体制を作るのが、まずは政府の責任だろう。
そして、教団の報告を聞くにとどまらず、被害者の証言を集め、これまでの司法判断とも照らし合わせる作業も必要だ。そのためには、これまで旧統一教会問題に取り組んできた全国弁連やこの団体の実態に詳しい学者など、専門家の意見も十分聞く必要がある。
実態を明らかにする、実のある調査を、まずは行ってもらいたい。衆院予算委員会で岸田首相は、自身は旧統一教会とはかかわりを持たずにきたと述べ、「関係を持たない私が責任を持って未来に向けて、この問題を解決したい」と決意を語った。
この決意が果たされるか、注視したい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)