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日産凋落は“ゴーン追放のクーデター”から始まった…ルノーが株式を手放す本当の理由

文=松崎隆司/経済ジャーナリスト
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カルロス・ゴーン日産自動車元会長
カルロス・ゴーン元会長(「Getty Images」より)

 日産自動車とルノーグループは1月30日、ルノーの持株比率の引き下げについて合意したことを明らかにした。日産株の出資比率を43%から15%まで引き下げるという。

 日産側でもルノーの株式を15%保有していることから、日本のメディアは両社の発表を「“対等な”資本関係の合意」と囃したてた。しかし、本当にそうだろうか。

 ルノーは傘下に収めていたロシアの自動車メーカーの株をロシア政府に移管、ロシアから撤退したことで巨額の損失を計上したが、新車種の投入などで営業利益が回復。電気自動車(EV)事業を分社化したうえで上場させるといった大胆な戦略に打って出た。日産の持ち株比率引き下げ発表後、株価は1年前と比べると2倍近くまで上昇している。

 一方で日産は2022年3月期に黒字転換し、23年3月期第3四半期には増収増益に転じているにもかかわらず、S&Pグローバル・レーティングは3月7日、投機的水準である「BB+」に一段階引き下げて、アウトルックは「安定的」とした。日産の株価も上値が重く横ばいを脱することができない。

 対等の代償にルノーの保有する株式を買い戻す可能性が高くなり、相当なコスト負担を強いられるため、収益性の改善が遅れるのではないかとの見通しがでてきたからだ。要は「ルノーは事実上、EV事業を除く日産を切り捨てたのではないだろうか」(事情通)と見て取ることもできる。

同床異夢の資本提携

 ルノーが経営危機に陥っていた日産の救済に動いたのは1999年、37%の株式を取得(のちに43%まで持株比率を引き上げている)し、約6000億円を超える資金を注入した。その後、ルノーは経営再建のために最高執行責任者(COO)としてカルロス・ゴーンを送りこんだ。

 ゴーンは「日産リバイバルプラン」でドラスティックなリストラを進めていく一方で、クロスファンクショナルチーム(CFT)を結成、各部署の若手幹部を集めて事業再生のための議論を行い、成果を上げた社員を重用した。

 さらに、日本の自動車業界のリーダーであるトヨタ自動車がガソリンエンジンと電気モーターを組み合わせたハイブリッドカーの開発に心血を注いでいる中で、大きく出遅れた日産は逆転を狙ってEVの量産化に乗り出した。

 10年12月には世界初の量産型電気自動車(EV)「リーフ」を日米で同時販売。19年にEV史上初の40万台を達成した。

 しかし、代表取締役会長兼最高経営責任者(CEO)だったゴーンはクーデターにより、金融商品取引法違反(有価証券虚偽記載)の容疑で、腹心で代表取締役だったグレッグ・ケリーとともに逮捕される。その後の日産は凋落の一途をたどることになる。

なぜクーデターが勃発した?

 なぜクーデターが勃発したのか。きっかけはルノーと日産の経営統合話だったという。ゴーンは当初、ルノーと日産の「不可逆的な関係」、つまり経営統合には反対していたが、その後ルノーの筆頭株主であるフランス政府の圧力に屈する形で統合推進に進んでいたという。

 そうした動きに対して反発する勢力が生まれた。その中心にいたのが、ハリ・ナダだったという。ブルームバーグニュースのリード・スティーブソン記者は20年6月15日付の記事『日産の社内メール、ゴーン元会長降ろしの実態を浮き彫りに』の中で、「日産はこれまで、ゴーン元会長追放の決定は報酬の過小記載など会計上の不正行為への疑惑が発端となったとしてきた。内部文書や当時起きていたことについての関係者の回想によると、日産社内で影響力をもったグループが、元会長の勾留と起訴を筆頭株主ルノーとの関係を日産にとって望ましい方向に刷新する機会と捉えていたことが判明した。(略)その中心にいたのがハリ・ナダ氏だ」と記している。

 ハリ・ナダはマレーシア出身の弁護士で、1990年に日産に入社。ルノーによる日産への発言権や日産の首脳人事、取締役の数などを取り決めたRAMA(Restated Alliance Master Agreement/改定アライアンス基本契約)の改訂作業にもかかわってきたゴーンの腹心の一人で、法務部門を所管する専務執行役員を務めている。

 ハリ・ナダは日産社内でゴーンの不正を追及するための極秘調査を進めたという。その後、2017年ごろから18年ごろにかけて監査役の今津英敏や渉外担当の専務、川口均に相談、米法律事務所のレイサム&ワトキンス外国共同事業法律事務所に依頼してゴーンの不正の調査を本格的にスタートした。

 レイサム&ワトキンスは2600人以上の弁護士を抱える世界有数の国際法律事務所で、ゴーンのスキャンダルを次々に解明したという。

「ハリ・ナダ氏の権限でレイサム&ワトキンスに調査を依頼したわけですが、この弁護士事務所は日産の顧問弁護士事務所です。利益相反行為なる可能性が当時から指摘されていました」(事情通)

 社長の西川廣人がこの話を聞いたのは、ゴーン逮捕の1カ月前ごろだったという。それまで西川はゴーン派だとみられていたからだ。西川もまたルノーとの経営統合に反対していたこともあり、「ゴーン降ろし」に協力することになったという。

ガバナンスが崩壊した日産

 その後、クーデターに加担した日産経営陣は、検察OBの弁護士を介して東京地検特捜部に社内調査結果を持ち込んだという。

 調査結果の中で特捜部が目を付けたのが、ゴーンに支払われる10年度から17年度の役員報酬だった。特捜部は、合計91億円の役員報酬が、取締役を退任した後に受け取ることにして、年度ごとに受け取っていた取締役の報酬とは別のものであるかのように装い、有価証券報告書での開示を免れた、と判断した。このとき三菱日立パワーシステムズ(現・三菱パワー)社員の贈賄事件に続く日本で2回目の司法取引が行われたという。司法取引に応じたのは、ハリ・ナダと日産秘書室長としてゴーンに仕えていた大沼敏明だ。

 有罪率99.9%を誇る検察は、小沢一郎の資金管理団体「陸山会」の不正蓄財や障害者割引郵便制度に絡む偽証明書発行事件と、無罪判決が続いたことで権威が失墜。大阪地検特捜部は主任検事の証拠改ざん事件という不祥事まで引き起こした。失地回復を図るために伝家の宝刀、司法取引で大企業の事件で白星を上げたかったのかもしれない。

「当初、日産側は返り血を浴びるのを嫌い、有価証券虚偽記載が刑事事件になることをあまり望んではいなかったようだ。結局数ある疑惑の中で確実に起訴できるものがそれしかなかったので、検察に協力せざるを得なかったようだ」(事情通)

 その後、ゴーンとケリーが18年11月19日、有価証券虚偽記載の疑いで逮捕された。西川はゴーンが逮捕された19日に内部調査でゴーンの不正があったことを明らかにし、22日には臨時取締役会でゴーンの会長職を解職、ゴーンとケリーの代表権を外した。26日には三菱自動車でのゴーンの会長職と代表権を取り上げた。4月8日の日産の臨時株主総会ではゴーンとケリーを取締役から解任した。

 有価証券虚偽記載として立件された事件は多くの矛盾を抱えていたが、ゴーンがその後海外逃亡したことで真相は闇の中に隠されてしまった。

 しかし一方でゴーンを追放した西川は、翌19年9月に不当な上乗せ報酬を得ていたことが明らかになり辞任した。

 ゴーンとケリーは刑事、民事の両面で責任を追及されているが、報酬上乗せが問題となった西川は、いずれも問われていない。さらに、司法取引で逮捕を逃れたハリ・ナダは民事上の責任も問われずに、依然として日産に籍を置いている。大沼もまた民事上の責任を問われずにいる。

 この会社のガバナンスがいったいどうなっているのか、疑問を感じざるを得ない。ルノーの株売却も、そんな日産と距離を置くためのものだったのかもしれない。

(文=松崎隆司/経済ジャーナリスト)

※敬称略

松崎隆司/経済ジャーナリスト

松崎隆司/経済ジャーナリスト

1962年生まれ。中央大学法学部を卒業。経済出版社を退社後、パブリックリレーションのコンサルティング会社を経て、2000年1月、経済ジャーナリストとして独立。企業経営やM&A、雇用問題、事業継承、ビジネスモデルの研究、経済事件などを取材。エコノミスト、プレジデントなどの経済誌や総合雑誌、サンケイビジネスアイ、日刊ゲンダイなどで執筆している。主な著書には「ロッテを創った男 重光武雄論」(ダイヤモンド社)、「堤清二と昭和の大物」(光文社)、「東芝崩壊19万人の巨艦企業を沈めた真犯人」(宝島社)など多数。日本ペンクラブ会員。

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