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日産と検察、不可解すぎるゴーン追及…有価証券虚偽記載の謎

文=松崎隆司/経済ジャーナリスト
ゴーン逃亡のニュースを伝える街中のモニター
「Getty Images」より

 日産自動車の会長兼CEO(最高経営責任者)だったカルロス・ゴーンと代表取締役のグレック・ケリーが2018年11月19日、金融商品取引法違反(有価証券虚偽記載)の疑いで逮捕された。逮捕容疑は2010年度から14年度の合計約50億円に上るゴーンの役員報酬が、取締役を退任した後に受け取ることにして取締役の報酬でないかのように装い、有価証券報告書における開示を免れたというものだ。

 問題なのは、この約50億円がまだ支払われていない報酬だということだ。そもそも、支払いもされていない報酬を有価証券報告書に記載する必要があるのか。『「深層」カルロス・ゴーンとの対話』(小学館)を執筆した弁護士の郷原信郎は、次のように語る。

「現実に支払われていた役員報酬は、手続きに重大な瑕疵があったということでもないかぎり、返還は考えられません。一方で『未払い報酬』は、仮に『顧問料』など別の名目で退任後に支払う合意があったとしても、実際に退任後に支払うためには、支払う時点で改めて社内手続きを経る必要があります。もし、会社の経営が悪化し、大幅な赤字になって引責辞任をするようなことになった場合には、退任後に支払う合意をしていても、実際に支払うことは株主に対して説明がつかない。結局事実上、履行が困難になる可能性もあるからです」

 ゴーンが容疑を全面的に否認しているなかで20日間の拘留満期を迎えると、検察は12月10日、ゴーン、ケリー、法人としての日産を有価証券虚偽記載(5年間分)の疑いで起訴、さらにゴーンとケリーを有価証券虚偽記載(時期は15年度から17年度までの3年間)で再逮捕した。

「仮に犯罪にあたるとしても、全体を『一連の犯罪』と評価させるべきもの。それを『古い5年』と『直近の3年』に分割して逮捕拘留を繰り返すのは、実質的に同じ事実で重ねて逮捕・拘留することに変わりない。そのような事実で身柄拘束を続けることには重大な問題がある」(郷原氏)

 しかも、このとき有価証券虚偽記載という「形式犯」だけで「実質的犯罪」が何も立件されていなかった。東京地裁も、国内外のメディアが「長期拘留」批判を繰り返すなかで、拘留期限の延長請求を却下、検察側の準抗告も棄却した。

 このようななかで出てきたのが、12月21日の特別背任罪による再再逮捕だった。逮捕の理由は、

(1)自己の資産管理会社が新生銀行との間で結んだスワップ契約で含み損が発生したために、それを日産に付け替えた件

(2)日産のCEOリザーブ(CEOの直轄の予算)からサウジアラビア人の知人、ハリド・ジュファリの会社に1470万ドル(約12億8000万円)を支払った件(サウジアラビアルート)

の2つだ。

 ゴーンは2019年3月5日に保釈申請が認められ、逮捕から108日ぶりに身柄拘束を解かれたが、4月4日には中東オマーンの販売代理店に支出された日産の資金の一部を不正に流用した特別背任罪の疑い(オマーン・ルート)で4たび、逮捕されることになる。

 特別背任罪とは、大きな権限を与えられた役員などが「自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、当該株式会社に財産上の損害を加えたとき」に成立する犯罪だ。

 しかし、含み損が発生したスワップ契約を日産に付け替えたという疑惑は、その後ゴーンの資産管理会社に戻されているので、日産には「財産上の損害」を加えてはいない。CEOリザーブからハリド・ジュファリの会社に1470万ドル支払った件は、ゴーンの弁護士の説明によると「日産の事業への支援業務に対する支払いで、適切な社内手続きを経て承認された」もので、オマーンの販売代理店のケースも「適切な社内手続きを経た販売奨励金」の支払であり、「ゴーン被告への還流はない」という。

 つまり「自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的」で行われたわけでなければ、「その任務に背く行為」でもないわけで、こうした弁護士側の主張から考えると、有罪にすることがかなり難しい事件であることがわかる。では、なぜ検察は有罪にすることが難しいような案件で、特別背任罪での逮捕を繰り返したのか。

「このような特別背任の容疑事実で、あえてゴーン氏を逮捕し、自宅やキャロル夫人に対する捜索押収を行ったのは、再度の逮捕でゴーン氏に精神的打撃を与え、自宅の捜索で保釈条件違反に当たる事実を見つけ出して保釈取り消しに追い込むことや、ゴーン氏側の公判準備の資料を押収して弁護活動に打撃を与えることが目的だったとしか思えない」(郷原氏)

 再逮捕・拘留延長で、ゴーンの身柄拘束は130日間に及んだという。こうした検察の取り調べに郷原は「日本司法が自白を獲得する手段としてきた“人質司法”の典型だ」と厳しく批判する。たび重なる再逮捕と拘留延長でゴーンは精神的・肉体的に苦痛を感じていたようだ。

 その後、ゴーンは4月25日に、再度の保釈が認められて釈放されたが、保釈条件として、キャロル夫人との接触が禁止された。弁護人は、接触禁止を解除するよう、再三にわたって裁判所に求めたが、裁判所は認めなかった。

 公判前整理手続が開始され、金商法違反の事実について、検察官、弁護人の主張が明らかにされたが、公判開始予定は検察官側の準備の都合で延期され、公判がいつ開始されるかわからないまま、ゴーンはキャロル夫人との接触が禁止された状況に置かれ続けた。

 そして19年12月29日、ゴーンはレバノンに逃亡した。それによってゴーンの刑事事件での真相解明は不可能となってしまった。

 一方で、ゴーンやケリーを追い詰めた日産は有価証券虚偽記載を全面的に認め「肉を切らせて骨を立つ」戦法で、あえて有罪判決を受ける。

 ケリーは有価証券虚偽記載に関する事実を知らなかったという立場で、自らの潔白を主張。ほぼ無罪(有価証券報告書8期分のうち最後の1期のみ有罪)との判決となった。

 2017年度については、有価証券報告書を提出する1日前の2018年6月27日にゴーンの報酬に関する資料を目にしていることから、「被告人ケリーは、平成29年(2017年)度については、ゴーン及び大沼(敏明元秘書室長)と共謀の上、被告会社の業務に関し、『虚偽の記載』のある有価証券報告書を提出したことが認定できる」(東京地裁第一審判決文より)とした。

 これに対してケリーの弁護を務める弁護士の喜田村洋一は、次のように反論する。

「判決では、2017年度分だけはケリー氏が事前に知っていたようになっていますが、ケリー氏は結局何も知らされていなかったんですよ。しかも、判決でいわれる2018年6月27日というのは、有価証券報告書が提出される1日前です。この有価証券報告書が作成されるときにはケリー氏は米国に帰っていたので、作成に関与していません。判決がいうように、6月27日に知ったと仮定しても、すでに取締役会で承認されてしまっている有価証券報告書に対して、いったい何ができるんですか。何もできるはずがないじゃないですか」

 ケリーは完全無罪を訴え、すでに控訴している。

(文=松崎隆司/経済ジャーナリスト)

松崎隆司/経済ジャーナリスト

松崎隆司/経済ジャーナリスト

1962年生まれ。中央大学法学部を卒業。経済出版社を退社後、パブリックリレーションのコンサルティング会社を経て、2000年1月、経済ジャーナリストとして独立。企業経営やM&A、雇用問題、事業継承、ビジネスモデルの研究、経済事件などを取材。エコノミスト、プレジデントなどの経済誌や総合雑誌、サンケイビジネスアイ、日刊ゲンダイなどで執筆している。主な著書には「ロッテを創った男 重光武雄論」(ダイヤモンド社)、「堤清二と昭和の大物」(光文社)、「東芝崩壊19万人の巨艦企業を沈めた真犯人」(宝島社)など多数。日本ペンクラブ会員。

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