2023年7月は、過去12万5000年間でもっとも暑かったといわれている。その原因とみられているのが、季節サイクル、エルニーニュ現象、そして地球温暖化である。その地球温暖化を抑えるために、自動車業界は2050年のCO2をはじめとした温室効果ガス排出ゼロのカーボンニュートラルを目指している。
そのカーボンニュートラルを目指して行っていることが、電動車の普及だ。電動車というのは、電力をエネルギーとするBEV(バッテリー電気自動車)をはじめ、水素をエネルギーとするFCHVのほか、電気モーターとエンジンの両方を使用して走行するPHEV(プラグインハイブリッド)をメインに、国産車メーカーの得意なHEV(ハイブリッド)も加えられるようになった。
世界で電気自動車(EV)の販売台数を調べると、EVというのは「BEVとPHEVの合算」となっていて、2022年の世界でのEV販売台数は1052万台、前年比55%増となっている。また、普及率を見ると、ヨーロッパの主要国ではドイツが24.7%、フランスが20.2%というように20%を超えている。BEV先進国といわれている中国では11%、アメリカは6.6%。そして日本は約4.1%、そのうちBEVは約1.42%と、まだ普及というにはほど遠い状況だ。
一方、メーカー別に2022年の世界EV販売台数を見てみると、米テスラが約126.8万台、シェア17.5%でトップ。それを追う中国のBYDが約86.8万台でシェア12%。そして米ゼネラル・モーターズグループが70.4万台でシェア9.7%となっている。国産メーカーでは日産自動車・三菱自動車・仏ルノーグループが販売台数28.3万台のシェア3.9%がトップ、本田技研工業(ホンダ)が約2.7万台でシェア0.4%、トヨタグループは約2万台でシェア0.3%と、かなり厳しい状況だ。
こうしてみると日本のマーケットは、国産車メーカーがEV(BEV+PHEV)に対してパワーを注いでいないため、インフラの整備も遅れ、普及が進んでいないということが見えてくる。実際に、日本市場でセールスが好調なBEVは、軽自動車規格の「日産サクラ/三菱eKクロスEV」で、BEVは“自宅で充電して短距離を走るコミューター”という考えが主流となっている。
そこで今回は、最新の輸入車BEVでロングドライブを行い、なぜBEVが普及しにくいのかを検証してみた。
BEV先進国・中国BYDの「ATTO 3」、驚異的性能を実感
今回ロングドライブに使用したのは、EVの販売台数で第2位となっている中国BYDの「ATTO 3」というミドルサイズSUV(スポーツ用多目的車)だ。ボディサイズは全長4455mm×全幅1875mm×全高1615mmで、国産車だと「カローラクロス」(トヨタ)や「ヴェゼル」(ホンダ)と同じサイズとなっている。車両本体価格は440万円で、2023年7月に型式認定を取得し、CEV補助金において85万円の補助対象車種となっている。
ATTO3は、BYDが独自開発したBEV専用のプラットフォーム「e-platform3.0」を採用し、システム用のバッテリーには「ブレードバッテリー」を搭載しているのがポイントだ。
ブレードバッテリーは、リン酸鉄リチウムイオン電池を採用したバッテリーのこと。このリン酸鉄リチウムイオン電池を採用したバッテリーは結晶構造が強固で、熱安定性が高い。つまり、安全性が非常に高いのが特徴となっている。厳しい試験でもブレードバッテリーでは熱暴走が起こらないし、さらに希少金属を使用していないためコストが抑えられるのも魅力だ。
しかし、リン酸鉄リチウムイオン電池はエネルギー密度が低いというデメリットがあるといわれてきた。それを補うため、バッテリーの構成をシンプルにして、限られたスペースに対してより多くのセルを搭載することで、そのデメリットを克服し、航続距離を延ばすことを実現している。
ATTO3には、58.56kWhのバッテリーを搭載し、最高出力150kW、最大トルク310Nmを発生するモーターをフロントに搭載。満充電時の走行可能距離は約485kmとなっているのだ。これだけのスペックを国産BEVで手に入れようとすると、車両本体価格は600万円以上となってしまう。このこともATTO3の実力の凄さがわかるし、型式認定を取得するなどBYDの本気度が伝わってくる。
今回ATTO 3でドライブに出掛けたのは、首都圏では数少なくなった非電化区間である、水郡線が通る福島県矢祭町の往復、約400kmの行程だ。しかも、矢祭町は急速充電器が1台だけというインフラ状況となっている。
往路のスタート時は、あいにくの雨。あえてワイパーやエアコンなど電力を大量に使用して走行した。一般道のみを使用して福島県を目指したが、ATTO 3はヒートポンプ式エアコンを使用していることもあり、エアコンをONにしても走行距離の減りが国産BEVと比べると非常に少ないのが印象的だ。
クルマの基本性能も気になるところだが、ハンドリング性能やブレーキの回生なども非常にクセが少なく、ガソリン車から乗り替えても違和感がないように工夫されている。BEVというとガソリン車との差別化をハッキリとさせていたが、さすがBEV先進国のATTO 3はガソリン車に近いフィーリングにチューンされている。
アップダウンの続く峠道を走り矢祭に着いてもバッテリーの残量は50%と電費も上々で、そのまま帰ることもできるが、矢祭唯一の急速充電器で充電を行うことにした。この充電器は出力が30kWhのため、30分ではたった15kWhしか充電できない。走行距離は延びたが、30分の充電時間のメリットは少なく感じる。
観光スポットの袋田の滝や、ヌルヌルとしたアルカリ性の温泉につかりながら、常磐道を目指して走行する。そして常磐道・友部SAで充電に立ち寄る。このSAは、同時に6台充電できる急速充電器が設置されたばかりだからだ。たまたま今回は、ほかにクルマがいなかったので90kWhで充電できた。走行直後でも順調な充電が行えるのは、ATTO 3のシステム用バッテリーの冷却装置が優れているからだ。
この友部SAでたっぷりと充電できたおかげで、余裕で東京に戻ることができた。そしてBEVでロングドライブをした感想は、大容量のバッテリーを搭載し、長距離走行が可能なBEVが続々と登場しても、インフラが整備されていないため、その恩恵を受けることが少ないということだ。例えば、100%充電で自宅を出発しても、その後急速充電では100%にはならないため、走行距離は短くなる。90kWhや、新東名高速に設置された150kWhといった急速充電器ならば良いが、古い44kWhや30kWhでは、せっかく30分充電してもあまり走行距離が延びないのだ。
しかも現在、急速充電器は充電時間によって料金設定されている。そうなると同じ時間を充電しても、30kWhと90kWhでは同じ料金でも走行できる距離が大きく変わってしまう。そうなると、BEVユーザーがパワーのある急速充電器に集中するのは容易に想像できる。したがって、最低でも50kWh、できれば90kWhがスタンダードになる必要がある。
猛暑で急速充電器がダウン
また先日、首都圏の高速道路にあるPAに充電のために立ち寄ると、急速充電器のディスプレイに「出力抑制中」という文字が表示されていた。もしかしてクルマに問題があるのかもしれないと思い問い合わせしてみると、この急速充電器はあまりメンテナンスが行われていないので、出力が出ないという答えだった。
まだ今回は充電できたからよいが、使用頻度の低い「道の駅」や公共施設にある急速充電器は、故障したまま放置されているケースもある。そして最近、猛暑で急速充電器が使用できなくなったことが大きな話題となった。
現在、急速充電設備が高温異常の為使用出来ません。ご不便をお掛け致します。本日は気温が高く復旧にどれ位の時間がかかるかわからない状態です。申し訳ないです。 pic.twitter.com/sbhvlS9p2o
— 道の駅どうし (@doshieki) July 16, 2023
そこで、急速充電器の主要メーカーの製品の環境条件を調べてみた。
新電元工業株式会社の大出力急速充電器は環境条件として、「周囲温度は−20~+40℃、周囲湿度は30~90%」、設置場所として「屋外(ただし海岸から距離500m以上の場所に限る)」となっている。また、同じく大手のニチコンの100kW急速充電器の環境条件は、「使用温度範囲−20~+40℃」となっている。こうして見ると、日本における急速充電器の使用温度範囲は「−20~+40℃」で、2023年の最高気温だとかなりギリギリといえるかもしれない。
また、急速充電器は冷却装置が付いている。話題となった急速充電器は、この内蔵されている冷却装置がキチンと機能しなくなってしまったのだろう。新電元の製品には独自の冷却インレットを採用し、冷却時間が約40%も短縮されているものもある。やはり連続で急速充電器を使用すると、クルマだけでなく充電器も傷むということだ。
BEVの普及は、クルマの性能アップだけでなく、急速充電器を含むインフラの普及が鍵となる。また都市部では集合住宅が多いため、一軒家のように充電器を設置しにくい。ここを改善していかないと、なかなかBEVが日本で普及するのは難しいといえるだろう。
一部メディアで、日産をはじめとした自動車メーカーがテスラのスーパーチャージャーを利用できるように充電ジャックを変更すると報じられた。BEVで勝者となるのは、クルマ本体の性能と価格だけでなく、急速充電器を設置し、サービスをさせたメーカーになると考えている。
(文=萩原文博/自動車ライター)