自動車整備工場の整備士の人手不足が深刻化するなか、SNS上では「オイル交換のためにディーラーに行ったら2週間待ちと言われた」「ブレーキに違和感があるのでディーラーに行ったら3カ月待ちと言われた」といった投稿が相次いでいる。長時間労働や薄給、3K労働などから整備士のなり手が減っているといわれる自動車整備工場で今、どのような事態が進行しているのか――。
自動車が故障したら、購入したディーラーに連絡すれば、すぐに修理対応してくれる。これまでは当たり前だったことが、もはや過去の話になりつつあるのかもしれない。SNS上では以下のような投稿がみられ、修理やパーツ交換、整備の数週間~数カ月待ちは当たり前になりつつあるようだ。
<オイル交換の予約が2週間先まで取れないってどういうこと?>(原文ママ、以下同)
<1分でも入庫時間が遅れたら、再予約で「一週間後」ってこの前言われました。(依頼したのはオイル&エレメント交換)>
<ABSランプと警告灯付いてブレーキに違和感あるとディーラーに飛び込みで行ったら、3ヶ月先まで予約していっぱいなので無理ですと断られて>
<忙しい店だと前の月の中頃には次の月の予約(特に土日は)埋まってる事が多い、これはメンテナンスパックの顧客の予約をバーーーっと入れて埋めている。そこにそれ以外の点検時期やオイル交換時期の顧客の事前予約が入って定時内がパンパンになる>
<パック優先というかパックの呼び込みを早くして先の仕事確保するから基本整備枠の空きがない。後は慢性的な人不足。人が居ないから1人で同時に2台とか点検や作業しないといけない場合もある>
実際に整備士不足は深刻だ。日本自動車整備振興会連合会が発行する2022年版の「自動車整備白書」によると、全国の整備士は11年度の約34万7000人をピークに減少傾向をたどり、22年度は約33万1000人と、10年あまりで1万6000人減った。また、国家資格の「自動車整備技能登録試験」の受験申請者をみてみると、04年度の約7万2600人に対し、21年度は約3万8300人と約半減している。
「長時間労働が当たり前の業界だったが、最近では整備士の離職を防ぐために残業の廃止・削減に取り組む整備工場も増えつつある。一人当たりの労働時間が限られるなか、工場全体で一日当たりにこなす件数を増やそうとすれば、効率を上げるために可能な限り事前に予約制で整備を受け付けておいて、細かく時間を区切ってキチキチに作業スケジュールを組むことになる。整備や修理一件あたりの儲けは低いので、利益を確保しようと思えばそうせざるを得ない。こうした整備工場側とすれば『飛び込みの修理は受けられない』のが実情で、『待てないなら他を当たってください』となる。整備の面でいえば、もはや顧客優位は崩れつつある」(ディーラー関係者)
労働時間や労働環境の問題点
整備工場を取り巻く現状はどうなっているのか。中古車販売店経営者で自動車ライターの桑野将二郎氏はいう。
「近年はとくに新車の供給が滞っていたことや、買い替えを控えるユーザーが増えていることもあり、車検整備の入庫台数がどこのディーラーも増えているのではないでしょうか。また、この夏は暑い日が続いた影響か、故障車両も多かったように感じます。もちろん町工場でも同様の現象が起こっており、中規模程度の整備工場でも1週間程度の入庫待ちは当たり前という感じだと思います。一般的なディーラーの管理顧客数を鑑みれば、2カ月待ちというのもおかしな話ではないように思われます。
私が経営している店舗でも、代車を5台ほど動かして車検修理の入庫対応をしていますが、代車が店に留まっていることはほとんどなく、常にお客様からの預り車両の入庫と出庫を繰り返しています。今現在も修理や車検の入庫待ちが8名ほどおられますが、当店の場合は自社整備だけでなく提携の整備工場へも割り振りしているため、どうにか1台あたり1週間程度で返却できるサイクルでは対応できています。これが自社整備だけで回していたら、お待ちいただくお客様の数はどんどん増えていってしまいます。指定工場を併設するディーラーの場合、自社でこなす仕事が多いため、整備士の数や設備のスケールが顧客数に対して足りなくなり、予約待ちがどんどん増えてしまうのは仕方のないことです」
こうした現象が広まっている原因は何か。
「運送業の2024年問題と同じ印象です。整備士も運送業のドライバーも、労働時間や労働環境に対して給与はけっして良い条件とはいえず、業界全体的に人手不足が常態化しています。この状況下で、労働環境を良くするために勤務時間を短縮したり、残業をなくしたり、休日を増やすなどといっても、仕事の効率が落ちるばかりか、従業員の給与も下がるわけですから、悪循環に陥るのは目に見えています。根本的な問題は、仕事をする人への対価が低すぎること。それを補うために物理的に無理な仕事量を決められた時間内に詰め込むことで、結果的に消費者にもしわ寄せが及んでいるわけです。
一方で、もう少し客観的に見ると、日本人が愛車のメンテナンスに対して無頓着であることや、現在の自動車が電子制御化され過ぎてしまい、些細なことでもディーラーや整備工場を頼らざるを得ないことが要因であるとも考えられます。欧米のドライバーは愛車のオイル交換や簡単な部品交換は自分でやりますが、日本人はどこかで『素人が自動車を触ったら危ない』という意識があり、なんでも整備士任せのように感じます。
また、現代の自動車は電子制御を司るコンピューターに異常が起きた際の信号を送るために設置されたセンサーが、機関の故障はなくてもセンサーの経年劣化によりエラー信号を送ってしまったり、点検時期が訪れると故障していなくてもサービスインターバルの表示が点いたりします。こういったことが起こると、ディーラーや整備工場に行って、専用のスキャンツールで点検・診断しなければなりません。故障していない、普通に走れる自動車に乗っていても、予防整備や定期点検といった観点から、ディーラーに入庫せざるをえない状況が必然的に生じるのです。こうしたことは、ディーラー(メーカー)が顧客を囲い込むための戦略として、定期的にディーラーへ駆け込むキッカケ作りとなっていたわけですが、今はそれが仇となっているようにも見られます」(同)
消費者が安くてお得なサービスを追い求め過ぎた結果
では、整備士の労働環境・条件の改善の動きはみられるのか。
「昔に比べると環境の改善はあるように見られます。今でも古い工場は冷暖房がなかったりしますが、多くの整備工場は空調が整っています。労働時間や休日も、表向きは改善されています。しかし実際は、空調の使用が電気代節約のために制限されていたり、請け負った仕事をこなさざるをえないことからサービス残業していたり、結果としてそういった環境下で集中力が途切れ、怪我をしたり病気をしたりなんていうことにもつながります。こうした現実を見ると、離職防止というのには程遠いように思われます。最近でも、クルマが好きだからという理由で整備士を志す若者は少なからずいますが、その多くは夢破れ、異業種へと転職したり、職場を転々と移っているのが実情でしょう。
だからといって、経営側だけに問題があるのかといえば、そうとも言い切れません。整備業界では、『レバーレート』という1時間あたりの基本工賃の基準があり、それにある程度準じて工賃の算出などをしますが、実際の作業はすべてが基準通りにうまくいくとは限りませんし、整備士の技量によって作業時間が変わってきます。同じ内容の仕事でもかかる時間や労力は違うのに、ある程度定められた金額でしか請求できない事情や、情報化社会によって何事も相場が簡単にわかる昨今、少しでも追加費用の話をすると『他店より高い』と言われるので、赤字覚悟で仕事を受けなければいけないことも少なくありません。
消費者意識が高くなり過ぎた、といっても過言ではないでしょう。私たちは少しでも得をして生きていこうとしながら、巡り巡って自分で自分の首を絞めているのかもしれません。実はその象徴がビッグモーター問題であり、消費者にとって都合良く、安くてお得なサービスを追い求め過ぎた結果、無理が生じて狂気的な経営姿勢と営業現場を生み出し、社会問題にまで発展したのではないか、と考えています」(同)
(文=Business Journal編集部、協力=桑野将二郎/自動車ライター)