ヤマト運輸がメール便「クロネコDM便」と薄型荷物「ネコポス」の配達業務を日本郵便に委託する。宅配業界では、競合企業同士が協業する流れに変わっていくのか。物流ジャーナリストの坂田良平氏に聞いた。
坂田 宅配業界でアライアンスは以前から行なわれています。2021年9月、日本郵便と佐川急便は協業に関する基本合意を締結して、佐川急便がポストイン配達(郵便ポストや家庭用ポストに投函可能なサイズの配達物)である「飛脚ゆうパケット便」を集荷して日本郵便に差し出し、日本郵便が配送する協業を21年11月以降、首都圏の一部でサービスを始めました。ヤマト運輸の「ネコポス」もポストイン配達なので、両社の協業はポストイン配達が日本郵便に統合されたという流れです。
協業の例として、他にはヤマト運輸と佐川急便が20年4月に長野県松本市の上高地で共同配送を始めています。その背景は1社で地域の物流網を維持することが難しくなったことです。
東京の三多摩地区における路線便集配送を担うウインローダー(東京都東村山市)に対しては、約10年前にトナミ運輸、第一貨物、久留米運送が出資しました。本来ライバル同士のはずの3社が手を組んだのは、三多摩地区における路線便の配達網を維持するためです。ちなみに、ウインローダーは、23年7月にトナミホールディングスの連結子会社になりました。
さらに22年9月には、ヤマト運輸、佐川急便、日本郵便、西濃運輸、福山通運の5社が、埼玉県秩父市の大滝という山間地域で共同配送サービスの実証実験を始めました。競合企業同士が協業する流れは当然のように進んでいます。
――1社で物流網の維持が難しくなった要因は何でしょうか。
坂田 まずは人手不足です。ドライバーだけで配送網を維持できるわけではありません。営業所が必要ですし、事務スタッフや倉庫作業員も必要です。昔はヤマト運輸などではドライバーが積み込み作業を行っていましたが、今では仕分け作業と積み込み作業は分業化されています。これらの固定費を1社では維持できなくなっているわけです。例えば月100万円の売上しか上がらない地域では、複数の運送会社が共存することは難しいです。だから協業して、営業所や人員、トラックなど、物流網維持に必要なインフラを共有するわけです。
ドライバー以上に人不足なのが事務職
――そうした問題は2024年問題ではなく、むしろ構造的な問題ですね?
坂田 そうですね。そもそも2024年問題は危機感をあおって、非効率だった物流や運送を強制的に改善させようという政府のマッチポンプでもあります。宅配業界が取り組んでいることは、今お話しした共同配送や作業の分業化、あるいは営業所の統廃合による効率化などです。それから私が興味深いと思っている対策ですが、7~8年前からヤマト運輸や佐川急便が地元でずっと働くことができる、つまり他地域への転勤がないという就労形態の社員を募集しています。この形態には親御さんが安心するうえに、地元の自治体にとっても若者の流出を防ぐ効果があります。現に地方の高校や大学の就職担当の方に聞くと、受けているとのことでした。
――ドライバー確保を意図した対策なのでしょうか。
坂田 既に申し上げたとおり、配送網を維持するためには、ドライバーだけではなく、事務員や倉庫作業員も必要です。実はドライバー以上に事務員の方が有効求人倍率が上回っています。ドライバー不足だけでなく、すべての人材確保を意図した対策と考えるべきでしょう。
――協業化の動きはこれから広がっていく見通しでしょうか。
坂田 広がっていくでしょう。宅配業界だけではなく、物流業界全般で進んでいます。
――官民が一体となって効率化に取り組んでいるわけですね。
坂田 リクルートワークス研究所が「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」という非常に興味深いレポート発表しました。そのなかで「ドライバーがいないために、荷物が届けられない地域が発生(2040年のドライバー職・不足率予測24.2%)。『荷物が届くかどうか』が、人が住める 地域を決めるように。日本の4分の1の地域は事実上、居住不可能に」と警鐘を鳴らしています。皆さんが考えている以上に、物流業界の人不足や低い生産性は深刻な課題で、何とかしようと皆さんが必死に努力しています。
「未来予測2040」に書かれた状況にならないように政府も物流企業もシンクタンクも必死に考えているので、4分の1が住めなくなるような未来は来ません。このレポートは、あくまで「物流の2024年問題」を放置したらこうなるという予測ですからね。
利用者は付帯サービスに対して料金を払っていない
――協業が進んで企業間の競争原理が働きにくくなることで、料金の値上げは考えられますか。
坂田 ヤマト運輸と日本郵便の協業で「ネコポス」は「クロネコゆうパケット」に移行しますが、運賃が20円値上げされるので値上げの影響は出ています。値上げしているのは運賃だけではないので、運賃の値上げは仕方がありませんが、荷主が運送の依頼をためらうほどの値上げにならないように業界各社ががんばっているのです。
――サービスが低下する懸念はないのでしょうか。
坂田 サービスの低下については「宅配業におけるサービスとは何か?」という問題に行き着きます。例えばSNSに「宅配便に玄関前の置き配を頼んだのに宅配ボックスに荷物を入れられてしまって、頭に来たので事業所にクレームの電話をかけて、宅配ボックスから取り出して玄関前まで持ってこさせた」という書き込みがあって、私は不愉快に感じました。あるいは「受け取り時間午前を指定したのに10分遅れて、それが3回続いたのでクレームを入れた」とか。宅配便のドライバーに聞くと、こうした話は「あるある」です。
物流サービスの本質は、荷物を運びたい人から受け取る人に確実に届けることです。実際、スーパーが運送会社に商品の配送を嫌がられたなどの事例が発生しています。しかしサービス低下を心配する前に、時間指定や再配達などに対して、利用者は料金を払っていません。例えば再配達の有料化はあり得ることですし、むしろ有料化すべきだと思います。
時間指定にしても1980年代までは有料でした。ところがヤマト運輸が1998年3月から「宅急便」の時間指定お届けサービスを始める時に、時間指定を無料にしてしまったのです。当時、佐川急便の法人向け時間指定サービスは、東京近郊で1個2000円、岡山県貨物は2000~2500円でした。ヤマト運輸に他社が追従したことで、時間指定は無料になってしまったのです。「物流の2024年問題」を考えれば、時間指定の有料化はあり得る措置です。再配達については、現在の再配達率12%を6%に引き下げることが政府の目標ですが、話題になっている「置き配ポイント」によるポイント還元よりも有料化に切り替えたほうが再配達率は下がると思います。
(文=Business Journal編集部、協力=坂田良平/物流ジャーナリスト)