2024年問題に直面する物流業界。24年4月にドライバーの時間外労働時間が上限960時間(年間)に規制される。政府は「物流革新緊急パッケージ」を取りまとめ、この10月末に公表する経済対策に反映させる方針だ。ドライバーの長時間労働や低収入の解消策である運賃の値上げをめぐる諸問題について、物流ジャーナリストの坂田良平氏に聞いた。
――トラックドライバーの長時間労働や低賃金が問題されてきましたが、来年の残業規制の適用を目前に控えた今、こうした問題は解消の傾向が見えているのでしょうか。
坂田 残業時間削減の取り組みは二極化しています。例えば残業時間が年間1500時間を超えている運送会社で「960時間以内に短縮することは無理。摘発するなら摘発して」と開き直っている例もあります。一方で、すでに残業時間削減の対策に取り組んでいて「2024年4月1日に規制が始まってもまったく平気ですよ」という運送会社もあります。ドライバーの収入アップについても、取り組めている会社と取り組めていない会社に二極化しています。ドライバーの収入アップを図るためには2つのプロセスが必要です。ひとつは売り上げを上げることで、もうひとつは上がった売り上げをもとに年収をいくら上げるかという経営計画を立てることです。
極論を申し上げますが、経営計画を立てないと、24年度の決算を終えてから「とりあえず1000万円儲かった。ドライバーは10人しかいないから、1人につき100万円が多すぎるけど50万円ぐらいアップしてあげてもいいかな」というようなことになってしまうのです。一方、売り上げをアップするには顧客である荷主に対して運賃の値上げ交渉を行うことですが、できている会社とできていない会社があります。
――運賃の値上げ交渉ができない理由は。
坂田 なぜ値上げ交渉ができていないかを調査した業界団体のアンケートなどもありますが、私の感覚を申しあげると、交渉することが怖いのです。値上げについて話すと、取引を切られるのではないかとビビッてしまい、運賃交渉をしていないのです。岐阜県の業界団体が荷主企業に対して「運送会社が運賃値上げの相談はあったか?」を調査したところ、「相談を受けていない」という回答が49%でした。最近、私が面談した運送会社も「値上げ交渉をしなければいけないんですよね」と話してきたので「交渉したのですか?」と聞いたら、「いや、なかなか怖くて」と。
「値上げ交渉をされれば、値上げに応じないという選択肢はない」
――荷主企業は値上げ交渉をされたら、値上げに応じているのでしょうか。
坂田 私が取材した大手メーカーは「値上げ交渉をされれば、値上げに応じないという選択肢はない」とまで言いました。昨年12月に公正取引委員会が、価格転嫁協議に応じない企業の社名を公表しました。さらに今年8月から国土交通省のトラックGメンが動き始めて、運送会社を回って「困っていることはありませんか?」とヒヤリングしています。
もともと国土交通省は運送会社にばかり規制をかけてきましたが、「持続可能な物流の実現に向けた検討会」で、物流ビジネス全体のプロセス設計ができるのは荷主企業であり、物流企業ではないと指摘しています。2024年問題を担当しているのは国土交通省だけでなく、経済産業省、農林水産省が加わって、今ようやく荷主に対してアメとムチを用いた政策を策定しなければならないという共通理解をつくり上げた段階です。荷主に対して物流計画を立てる義務を課して、できれば役員以上の専任担当者を設置することを法制化する方針です。
――値上げ交渉の結果、値上げしないという荷主もいるのですか。
坂田 値上げ要請に応じる荷主が増えているようで、きちんとした値上げ要請をすれば、ゼロ回答はしないという話をよく聞いています。荷主が適正な値上げかどうかをどう判断するかという課題はありますが、運賃交渉にまじめに取り組んでいる荷主が増えています。
――値上げ要請の仕方も数字を示して、根拠をもって要請することがポイントでしょうか。
坂田 そういうことでしょうね。ただし、不適切な値上げについては、荷主から拒否されるケースもあるでしょう。2つのケースがあります。ひとつは便乗値上げで、どう考えても高すぎるだろうというケースですが、これは論外です。もうひとつは適正な利益幅の取れていない値上げ要請です。荷主の物流担当者が「3万円の運賃を3万2000円に上げてください」と要請されて稟議を通して、その3カ月後に「3万2000円では苦しいので、あと1000円上げてくれませんか?」と要請されても困ります。
それから燃料サーチャージの問題があります。トラック輸送のコストは燃料代に大きく依存していますが、最近は燃料サーチャージ制の導入を求める荷主が増えています。本来の運賃と燃料代を別建てにして、つまり固定費と変動費に分けることを求めているのですが、燃料サーチャージ制を断ってしまう運送会社が少なくありません。
――どんな理由で断ってしまうのですか。
坂田 原価を把握していないからです。今までは「4トントラックで3時間ぐらいの拘束なら3万円でいいかな」というような相場感をもとに運賃を計算して、年度の決算を終えて「これだけ利益が出たから儲かったね」という感覚でした。したがって、3万円の運賃に対して人件費が何パーセント、燃料代が何パーセント、トラックの減価償却費が何パーセントという分析ができないのです。私はコンサルティングのお仕事で原価計算を承ることもありますが、簡単な作業ではありません。
――トラック運送会社の場合、90%が従業員50人以下の小規模事業者なので原価計算ができる人材がいないのですね。
坂田 人材に頼るというよりは、原価計算のソフトを導入するほうが手っ取り早いです。
運送会社に求められる説明能力
――先ほどおっしゃった便乗値上げについて、これはどんな中身なのでしょうか。
坂田 極端な例ですが、今まで3万円だった運賃をいきなり6万円へ値上げするよう要請されても、それは受け入れらません。ビジネス構造上無理ですが、そういう運送会社もあると聞きます。「どうして6万円という金額が出てきたのか。それならサヨナラするしかないよね」というケースも聞いています。
一般的にビジネスで値上げをする場合は何らかの品質向上を求められてきますが、物流2024年問題が周知されることによって、メリットのトレードオフを示さないで単純に運賃の値上げができる環境が整いつつあります。それに便乗して、荷主に「なぜこれだけの値上げを要求してくるのか」と聞かれたら「今まで儲かっていなかったので、それを取り戻したい」と答える運送会社が中にはいるそうなのです。本来、例えば「うちのドライバーの年収は業界平均の430万円ぐらいで、これを500万円までアップしたいのですが、そのための売り上げから算出した運賃がこの金額です」と説明できなければなりません。荷主に対して原価構成をすべて公表する必要はありませんが、「今の運賃ではドライバーの日当をこのぐらいしか支払えないが、せめてこのぐらいアップしないと人を雇えません。協力していただけませんか」という程度の説明ができないと交渉になりません。
――小口多頻度配送の増加もドライバー不足の背景として指摘されていますね。
坂田 それはあくまで宅配便の問題です。トラック輸送に占める宅配便の比率は、正確には分からないのですが最大でも5%に達していません。しかも2021年度実績で宅配便は、ヤマト運輸、佐川急便 、日本郵便の3社で94.8%を占めているので、宅配便におけるドライバー不足は3社がそれぞれ対応すべき問題です。物流業界全体の問題ではありません。
政府の政策の責任も
――2024年問題に関わる政策はどのように評価されていますか。
坂田 政府はもう少し別のやり方があっただろうと思います。私は物流の2024年問題は政府が仕掛けたマッチポンプだと見ています。厚生労働省が主導する働き方改革の弊害として生じた課題であり、火消しに動いているのは、国土交通省、経済産業省、農林水産省です。ドライバーの長時間労働を禁止することで、物流ビジネス全体の生産性向上を狙っているのです。
2001年に発足した小泉政権が物流ビジネスの規制緩和を行なって、4万5000社ぐらいだった運送会社が今では6万社を超え、過当競争を引き起こしました。このことが運送会社の立場を弱くしたり、ドライバーの長時間労働を助長した最大の要因です。極端な話、運送会社の数が4万社ぐらいに減ってくれれば、過当競争がある程度解消され、運送会社は荷主に発言権を持てるようになります。
――プラス評価の要素はありますか。
坂田 もちろん政府の政策にも良い部分はあります。それは運送会社に「値上げ交渉をしなさい。値上げによって経営を健全化して、ドライバーの年収に還元しなさい」と促していることです。しかし値上げされたら荷主は困りますが、「その解消を考えるのは荷主ですよ」という流れをつくりました。数少ない政策の良い点です。