JR東日本「水素列車」前倒しの裏側…トヨタ・日立との連合、ローカル線再生の切り札か

●この記事のポイント
JR東日本は2026年7月、水素ハイブリッド車両「HYBARI」の営業運転を当初予定の2030年から2027年度末へ前倒しすると発表。鶴見線・南武線で運行開始。トヨタ・日立との技術連合や、架線撤去によるローカル線維持コスト削減という次の一手にも迫る。
JR東日本は7月14日、水素ハイブリッド車両「HYBARI(ひばり)」の営業運転を2027年度末をめどに開始すると発表した。これまで2030年ごろを目標としていたスケジュールから、約2〜3年の前倒しとなる。運行区間は神奈川県内の鶴見線と、南武線の一部(尻手〜浜川崎間)。1編成2両を投入し、水素は南武線沿いの車両基地で充塡、1回の充塡で70キロを走る計画だ。
このニュースを「環境に優しい新型車両の登場」とだけ捉えるのは、事の本質を見誤る。日本を代表する巨大インフラ企業が、開発スピードとコスト構造の常識に挑もうとしている——その裏側を読み解く。
●目次
なぜ開発は加速したのか——「自前主義」からの脱却
HYBARIの開発は2020年10月、JR東日本・日立製作所・トヨタ自動車の3社連携という形でスタートした。それぞれの役割は明確だ。JR東日本は鉄道車両の設計・製造技術を、日立はJR東日本と共同開発してきた鉄道用ハイブリッド駆動システムの技術を、そしてトヨタは燃料電池車「MIRAI」や燃料電池バス「SORA」で培った燃料電池技術を持ち寄った。燃料電池装置の開発をトヨタが、ハイブリッド駆動システムの開発を日立が担うという分業体制である。
自動車業界ではすでに実用化されている燃料電池技術を、そのまま鉄道へ横展開する——この発想が、ゼロから技術を積み上げる従来型の鉄道開発とは一線を画す。2022年3月から実証試験を重ね、車両性能とシステムの安定性を検証してきた蓄積が、今回の前倒し判断を支えたとみられる。
公共交通政策の研究・分析を行う交通政策研究所の岩田敏正氏は、「重厚長大産業とされてきた鉄道が、自動車業界のように『実用化済みの技術を借りて、組み合わせて、現場で試す』というオープンイノベーション型の開発に転じたことの意味は大きい。垂直統合的な自前主義では、これほどのスピード感は出せなかっただろう」と指摘する。
なぜ「京浜工業地帯」が最初の舞台なのか
営業運転の初陣が、地方の赤字路線ではなく首都圏の鶴見線・南武線支線という点も見逃せない。この地域は、川崎市をはじめとする自治体や企業が水素の利活用を進める「京浜臨海部」の一角であり、JR東日本自身も川崎発電所での水素調達に取り組む姿勢を明確にしている。実際、今回の発表にあわせてJR東日本グループは、川崎発電所における「水素1%調達宣言」への参画も明らかにした。
車両という需要側と、水素供給インフラという供給側を最短距離で結びつけられるのがこのエリアだ。人口が集積し社会的な注目度も高い首都圏で先進事例を確立し、そこで得た知見を横展開していく——という順序立ては、実証実験から社会実装へのステップとして合理的といえる。
本命は「次世代車両」——架線をなくす発想
今回の発表でより重要なのは、HYBARIの次に控える「次世代水素ハイブリッド電車」の開発着手だ。世界初となる70MPaの高圧水素タンクを採用し、ディーゼル車両と同等の走行距離を確保しつつ、勾配のある地方路線でも走行できる設計を目指すという。JR東日本の喜勢陽一社長は7月14日の会見で、「1度の水素の充塡で300キロ以上は走行できるようにし、アジアなど世界各地への輸出を検討したい」と述べた。2030年度末をめどに営業運転開始を目指す方針だ。
この次世代車両が意味するのは、単なる「ディーゼル車の置き換え」にとどまらない。電化されていない路線に、あえて架線を敷設せずとも二酸化炭素を排出しないクリーンな列車を走らせられるようになる、ということだ。
実はJR東日本は、2021年3月期の決算説明会資料の中ですでに、輸送設備の「スリム化」策として「電車をハイブリッド車等に置き換え、架線や変電設備等を撤去」する方針を示していた。電化路線の架線・変電設備は、日々の保守や法定点検、老朽化時の更新に多額のコストと労力を要する設備であり、利用者が減少するローカル線ではその負担が相対的に重くなる。蓄電池車や燃料電池車といった非電化対応車両が実用化されれば、逆に電化設備そのものを取り払う「非電化化」という選択肢が現実味を帯びてくる。
「電化はかつて近代化の象徴だったが、人口減少下では固定費として重くのしかかる面がある。架線という『地上の資産』を持たずに脱炭素を実現できる技術は、ローカル線の存続戦略における選択肢を広げるという意味で価値がある」と評価する一方、「初期投資や水素の安定調達コストなど、電化撤去による削減効果とのバランスを見極める必要があり、路線ごとの精査は不可欠だ」(岩田氏)
持続可能な地域インフラへの一手となるか
JR東日本グループは、経営ビジョン「勇翔2034」の中で2050年度までのCO2排出量実質ゼロを掲げている。今回の前倒しは、単なる技術ロードマップの更新ではなく、投資効率とスピードの両立を示す事例として、ESG投資家への訴求力を高める狙いもあるとみられる。
今後の焦点は、次世代車両がどこまで地方の勾配路線に適応できるか、そして水素の安定調達・充塡インフラをどう全国に広げていくかだ。もしこの取り組みが軌道に乗れば、同様にローカル線の維持に課題を抱える地方私鉄やJR各社への技術・車両展開、さらには海外への輸出という新たな事業機会にもつながる可能性がある。水素列車が「持続可能な公共交通インフラ」の現実的な選択肢となるかどうか、今後の実証データと事業判断の積み重ねが注目される。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩田敏正/交通政策研究所)











