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VW不正、根底にドイツの覇権主義的体質か…世界の合意を破壊する積極的悪意の根源

文=真壁昭夫/信州大学経済学部教授
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VW不正、根底にドイツの覇権主義的体質か…世界の合意を破壊する積極的悪意の根源の画像1フォルクスワーゲン本社工場(「Wikipedia」より/AndreasPraefcke)
 9月下旬、世界有数の自動車メーカーである独フォルクスワーゲン(VW)は、米国の排ガス・テストのために違法なソフトウェアを使用したことを認めた。前CEO(最高経営責任者)のマルティン・ヴィンターコーン氏は「心の底から謝罪する」とした上で、今回の不正問題に関連する製品が1100万台に上る可能性があると発表した。

 今回の不正問題の始まりは、9月18日に米国環境保護局(EPA)が、VWが規制テスト時だけ排気ガスを減らす不正なソフトを使ったことを公表したことだ。この発表はあまりに大きな事件であったこともあり、当初は耳を疑う専門家もいたようだ。しかし、ヴィンターコーン氏が事実関係を認めたことによって、事態の重大性が次第に浮き彫りになっている。VWは米国内でのディーゼル車の販売を中止するという。

 しかし、今回の不正問題でVWが失った顧客の信用は何物にも代えがたい。実際のリコールなどのコストが大きくなるはずで、最高180億ドル(約2兆円)の罰金が科される可能性も報じられている。VWが受ける痛手はかなり大きい。

不正ソフト使用の重大性

 もともと、ディーゼルエンジンは燃費が良いことが大きなメリットだが、窒素酸化物などの大気汚染物質を多く排出するという問題があった。VWをはじめ欧州自動車メーカーは、高い技術力で汚染物質の問題を解決したとしてきた。VWは排ガス問題を解決したディーゼル車を「クリーンディーゼル」として、ハイブリット・エンジン中心の日本メーカーと国際市場で激しくシェア争いを展開する勢力図をつくり上げた。ところが実際には、ディ-ゼル車の排気ガス問題は解決できていなかった。

 企業の不祥事の歴史は今に始まったことではない。洋の東西を問わず、昔から多くのケースが発生した。米国のエンロンや、わが国の東芝のケースはそうした例のひとつといえる。

 ただ、今回のVWのケースは、多くの不祥事とはやや異なる性格を持っている。過去の不正行為の大元の原因をたどると、多くの場合、利益のかさ上げに行き着く。実際よりも多額の利益を計上することが目的で、仕方なく粉飾決算に至ることが多い。

 しかし、今回のVWのケースに関しては、自身の積極的な意図に基づいて不正ソフトで排ガス規制をすり抜け、米国自動車市場での販売台数を増やすことを目指した。その意味では、同社の積極的なコンプライアンス違反の意思は明確だ。不正ソフトを使ってテスト時のみ窒素酸化物などの排出量を減らしても、実際に通常の走行では、その10倍から40倍の汚染ガスが排出されるという。同社の不正行為は、世界全体で温室ガス排出を制限しようという合意を、根底からひっくり返す悪質な行為といわざるを得ない。排ガス・テスト時の不正ソフトの使用は、恐らく担当者レベルでできるものではない。自動車業界に詳しい工業系の専門家にヒアリングしても、「組織ぐるみの意思決定があったのだろう」との見方が有力だ。

ドイツ企業の覇権主義

 
 かつて日本の有力企業の経営者に、「貴社の分野で国際的に最も強い企業はどこですか?」と尋ねたことがある。その時、同氏は間髪を入れず「ドイツのB社です」と即答した。同氏がビジネスで接するドイツの有力企業の多くは、「世界のトップに立ちたい」「国際市場を支配してやるんだ」という意欲が強いと指摘していた。そうした覇権主義的な意欲が強いこともあり、ドイツ企業の事業リスクの取り方は、日本の企業などよりもはるかに積極的な面があるという。そうした意欲の源泉をたどると、ドイツは歴史上、神聖ローマ帝国の末裔であり、世界に覇を唱える意識が強いのかもしれない。

 足元のドイツ経済は、東西ドイツ統一時の低迷から完全に脱却しており、統一通貨ユーロが通用するドイツの経済圏はかなり広がっている。堅調なドイツ経済に歩調を合わせて独有力企業の世界市場でのプレゼンスはますます高まっている。

 自動車業界でも、VWトヨタに肉薄する存在で、世界市場の中で日本メーカーと熾烈な競争劇を演じている。特に、同社は中国で早い段階からトップブランドとしての地位を確固たるものにしている。

 一方、世界有数の市場である米国では、今のところやや苦戦を強いられており、日本メーカーの先行を許す格好になっている。同社としては、自慢のクリーンディーゼルのブランド・イメージを定着させて、米国市場でも可能な限りシェアを高めたいと考えたことだろう。米国市場でシェアを引き上げることができれば、すでに優位な地位を持つ欧州や中国市場と合わせて、世界自動車メーカーのトップの地位を手にすることは難しくない。そのためには、なんとかして米国の排ガス規制をクリアする必要があった。

マイナス効果しかもたらさない不正行為

 今後の措置については、まず事実関係を明らかにすることから始まるものの、恐らくどこかの時点で多くの自動車のリコールを行うことになるだろう。また、それとは別に、米国当局は刑事事件としても捜査する。米国だけではなく、ドイツやフランス、イタリア、韓国などが本格的な調査に乗り出す方針という。VWは、EPAから科される罰金やリコール費用などを負担することになる。

 それと同時に、企業にとって最も重要な顧客からの信頼を損なう。それは同社にとって計り知れない損失だ。過去の消費者アンケート調査などによると、自動車購買者の多くは、製品自体の信頼性・安全性を重視する傾向が強い。それを考えると、VWがライバルであるトヨタ自動車など日本メーカー対策の一種の切り札的な技術としてきたクリーンディーゼルの信頼に傷が入ったことは、今後のVWに大きなマイナスになる可能性がある。

 ただ、今回のVW不正行為は、日本企業にとっても重要な反面教師になる。どれほど企業戦略上必要であっても、それを社会のルールを破って手に入れることはできない。

 経営者の中には「悪事発現の法則」を口にする人が多い。違反行為を行うと、それは必ずどこかで表面化してしまう。しかも、悪いことは隠せないほど大きくなってしまうため、表面化した時に大きな制裁を受けることになる。結果として、悪事を隠ぺいすることでより大きなコストを支払う可能性が高い。そうであれば、最初から正々堂々と、正しいことをやり通すことが合理的だ。

 ときに、人間は苦し紛れに間違ったことに走ることもある。しかし、それは長い目で見ればペイオフしない。私たちは、今回のVWの不正を教訓として生かすことを考えるべきだ。
(文=真壁昭夫/信州大学経済学部教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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