「インダストリー4.0」は果たして脅威なのか
IoT(Internet of Things:モノのインターネット)が製造業に大きな変化をもたらそうとしている。代表選手は、ドイツが産官学一体となって進めている「インダストリー4.0」だ。
これを推進するのは、「サイバーフィジカルシステム」といわれる、バーチャルとリアルの融合だ。現実世界の情報をサイバー空間に取り込み、コンピュータ上で事前にシミュレーションして検証し、そこで得られた最適な結果を現実の世界にフィードバックすることで、機器の性能を最大化することが可能だ。IoTの導入によって、生産性は最大30%向上するといわれている。
ドイツの製造業はいま、総力をあげてインダストリー4.0の具体的な成果を導き出そうとしている。たとえば、ボッシュのホンブルグ工場の試験ラインは、機械同士が「会話」し、人手を介さずにラインを組み替え、大量生産品と同等のコストでカスタマイズ品をつくっている。
翻って、日本の製造業はどうか。ドイツに後れを取っているのではないかという見方があるが、必ずしもそうではない。
インダストリー4.0が生産効率化を追求しているという意味では、トヨタの「トヨタ生産方式(TPS)」や日産の「日産生産方式(NPW)」とよく似ている。顧客の注文を受けて、ジャストインタイムで必要なものを必要な量だけつくるという考え方は、いまも変わらぬ日本の製造業の強みといっていい。
さらにいえば、三菱電機やオムロンはFA(ファクトリー・オートメーション)事業で世界のモノづくり革新をリードしている。三菱電機は、さまざまな機器をつなげ、リアルタイムで情報をやり取りしながら変種変量生産に対応できる提案している。オムロンは、長年にわたって培ってきた制御技術にロボット技術を加えて、オートメーション技術を進化させるなど、IoT時代の製造現場の革新に取り組んでいる。
産業ロボットの分野でも、日本はまったく他国にひけをとらない。人とロボットが共に働く現場の実現に向けて、ファナックは作業者との接触をセンサーで感知し、動作を一時停止させる「緑のロボット」を開発している。
少子高齢化時代のモノづくりとは
ドイツが国をあげてインダストリー4.0に取り組むのは、少子高齢化や高賃金による労働コストの上昇など、課題への対応のためである。
日本もまた、ドイツ同様の課題を抱えている。ホンダの担当者はいう。
「高齢化社会のなかで製造業がどうあるべきかを考えたときに、インダストリー4.0はひとつの答えを出していると思うんですね」
人口減少社会において労働力不足に歯止めをかけるには、高齢者雇用に頼らざるを得ない。そうなると、高齢者でも働きやすい職場環境を整えることは避けられない。つまり、その解決策のひとつがインダストリー4.0というわけである。
ホンダは、IoTやM2M(機器間通信)を通して、重労働工程における省人化を進めているほか、働き方の高度化にも力を入れている。同社の担当者は、疲れやストレスをなるべく感じずに機械を扱う「エルゴノミクス(人間工学)」の概念について、次のように説明する。
「アバター(分身)をコンピュータ上で動かしながら人の体に負荷のかからない作業を追求したり、肩に負荷がかかるような重労働がある場合は、それに代わるロボットをつけるといった判断をしているんですね」
このほか、これまで以上に進化すると考えられるのが、人の隣で作業ができる「協働型ロボット」である。これまで日本では、ロボットが人にぶつかると怪我をする恐れがあることから、安全柵で囲わなければいけないというルールがあった。「協働型ロボット」は、人と接触するとセンサーで感知して停止するため、柵は必要ない。生産現場において人と協働できるロボットを導入すれば、体に負荷のかかる作業をロボットに代行させて、人は高次元の知恵を生かした作業に特化できるなど、生産ラインを柔軟に構築できる。
また、コンピュータ上でプログラムを作成してロボットに転送するオフラインティーチングが実用化されている。さらに近い将来、人の動きを見て自ら学んで動く「自律型ロボット」が開発されるといわれている。日本は、ロボット分野でも決して遅れているわけではない。
「つながる工場」という高いハードル
インダストリー4.0の最大の特徴は、あらゆるモノがネットワークでつながった状態をつくり出すことである。いわば、「つながる工場」が実現する。結果、設計や製造に飛躍的な生産向上をもたらす。
実は工場内の連携など、クローズドながらIoTは日本でもすでに実践されている。新聞紙面にはこのところIoTに関する報道のない日がないほど、各企業で導入が相次いでいる。
しかし、問題は日本企業がサプライヤーを含めて企業間や海外工場との連携など、オープンなつながりに欠けていることだ。日本のIoTは、いずれもネットワークが自社内に限られ、閉鎖系であるのが特徴だ。
というのは、垂直統合型のサプライヤー関係のほか、生産ノウハウの流出、セキュリティへの不安などを危惧するからだ。とりわけ、インターネットを通じて、自社が積み上げてきた生産ノウハウの流出を恐れているのだ。
さらに、日本の工場が大量生産を前提にした従来のモノづくりから脱しきれていないことも大きい。
確かに、製造業における生産方式は、従来のコンベア式の生産の硬直性を排除するために、ライン生産から混流生産、セル生産へと移行している。しかし相変わらず、大量生産の延長線上で消費者の多様なニーズに応えようとしており、ドイツのインダストリー4.0のように、機械同士をつないで自律的に生産ラインを組み替えて、変種変量生産を実現する自律的な生産現場にはなっていない。
かりにも、オートメーションを中心とする高度な生産設備を入れ替えようとすれば、膨大なお金と時間が必要だ。日本の企業が「つながる工場」に対して、これまた及び腰にならざるを得ない理由のひとつである。
サブライン化はどこまで有効か
加えて、より根本的な問題を指摘しなければならない。人を使って最高の生産効率を挙げてきた日本企業は、その成功体験があるがゆえに、変化への対応に後れがちだ。実際、従来のラインで多品種生産をこなすには、段取り変えをしたり、ひとりでいくつもの作業をこなさなければならない。日本では、優秀な多能工たちが、そうした複雑な作業を担ってきた。が、それにも、限界がある。
ガソリン車、ハイブリッドカー、電気自動車(EV)というように今日、クルマのパッケージは多様化している。ユーザーの価値観の多様化を受けて、市場は多元化している。求められるのは、ひとつのラインで顧客の要望に応えて多品種を生産することである。
ガソリン車が流れてきたらガソリン車のパーツを組み付け、EVがきたらEVのパーツを組み付けるということが自動的にできるようにならなければいけない。
ガソリン車からEVといった多様なクルマの生産に対応するために、自動車メーカーは今、クルマの骨格となるプラットフォームの設計の一本化に力を入れている。プラットフォームを一本化すれば、エンジンなどの組み合わせを変えるだけで、同じ生産ラインで全車種の組み立てができるようになり、需要に応じた車種ごとの生産調整をフレキシブルに行えるようになるという考え方だ。
ホンダの担当者は語る。
「ダイムラーにしても、フォルクスワーゲンにしても、モジュール化を進めることでクルマのつくりを簡素化しようとしています。IoTを活用した製造業の改革が進められるなかで、モジュール化すれば、組み立てが扱いやすい単位になっていくのは確かです」
また、インダストリー4.0は、さまざまな企業同士があたかもひとつの企業のようにつながり、顧客から生産プロセスへのスムーズな情報の流れをつくるのを目的としている。しかし、日本のサプライチェーンは、まだそこまではいっていないし、そのシナリオも描かれていないのが現状だ。
というのは、人材、設備、品質の管理において、メインラインを所有する完成車メーカーと、サブラインを請け負うサプライヤーの役割分担が複雑なため、サブラインのネットワークと効率化は容易ではないのだ。
クローズドからオープンへ
日本の製造業が、世界をリードしてきたのは確かである。そして、これまでも見てきたように、現在も決して後れをとっているわけではない。しかし、これからはどうかとなると、指摘してきたようにいくつかの課題を抱えているのだ。ドイツが国をあげてインダストリー4.0に取り組み、IoT時代のモノづくりの主導権を握ろうとしている以上、静観していては、それこそ「モノづくり大国」の看板を下ろさなければならなくなるだろう。
安倍晋三首相は4月12日に開いた官民対話で、あらゆる機器をつなぐIoT技術でドイツと連携する考えを示した。日本国内ではこれまで企業ごとにバラバラに工場のIoT化などを進めてきたが、日独が連携して国際標準化を目指す方針だ。そして、2020年までにスマート工場を全国50カ所に設ける数値目標を掲げている。
私は、その成否は、日本企業が自前主義を脱して、企業の垣根を超えた協調体制をつくれるかどうかにかかっていると思う。というのは、スマート工場に必要な機器やソフトウェアの規格は企業ごとに異なるどころか、工場ごとに違う。このままでは、工場同士をつないでデータをやりとりし、生産性を高めるのは難しいからだ。
日本の製造業は、根本的にモノづくりの思想を変えない限り、国際競争力を失いかねない。クローズドからオープンへという、かつてない命題を前に、日本企業が大きな岐路に立たされているのは確かである。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)