現在では数多くの経営理論が提唱され、各企業は自社に合うと考えられる方法を実践している。また、大学やビジネスカレッジで経営学を学んだ経営者も多く、経営効率を上げるためにさまざまな努力がなされていることだろう。しかし、どんなに優れた経営理論や経営手法を学んだはずの経営者が舵取りをしたとしても、必ずしも業績が上向くとは限らない。経営が成功して成長軌道に入っている企業と、そうではない企業では、どこに違いがあるのだろうか?
そんな問いへの答えについて、低迷する企業の立て直しを小説仕立てで描きながら探る書籍『経営参謀』(ダイヤモンド社)が6月に上梓され、話題を呼んでいる。今回は、その著者であり、トヨタグループから世界有数のコンサルティング・ファーム、マッキンゼー・アンド・カンパニーに進んだ、「V字回復」を請け負う経営コンサルタントで、数多くの企業で社長や取締役として経営改革を実現させてきた稲田将人氏に
・何が企業の実践力を生み出すのか
・企業が成長するために必要なことは何か
・トヨタ自動車や花王などの優良企業の共通点とは
・PDCAを適切に運用する方法
などについて話を聞いた。
–まず本書を執筆することになった経緯をお聞かせください。
稲田将人氏(以下、稲田) 本書は、単独でも読めるようになってはいますが、実は、昨年出した『戦略参謀』の続編で、経営活動はPDCA(Plan/計画→ Do/実行→ Check/評価→ Act/改善)そのものであることをアパレルメーカーの再建を題材にして、ストーリー形式で執筆しました。1作目は、当初『誰も聞いたことのない、本当の企業改革で行うべきこと大全』と言う感じの内容のノウハウ書に仕上げようと企画していたのですが、企画のミーティングで「これでは数千部しか売れませんね」と指摘されたのです。
そこで「万単位の部数で読者に読まれるためには、どうすればよいのでしょうか?」と尋ねたところ「小説にすればよいのですが、稲田さんは小説を書けますか?」と問い返されました。書けるかどうか以前に私が普段、小説を読まないことを話したら、東野圭吾さん、池井戸潤さんたちの作品を読むように言われ、それぞれ何冊か読み、アウトプットのイメージをつかんで「企業改革」をテーマに前書を書き上げたのです。おかげ様でそれが好評だったため、今度は「戦略・マーケティング」の実践をテーマにしての続編の出版が決まりました。
–本書ではPDCAの重要性が説かれていますが、今や自治体までPDCAで費用対効果を検証しようとするなど、各界で導入されている一方、PDCAの真似事が蔓延しているような印象もあります。
稲田 その通りです。PDCA という言葉を知っている人は多いですが、これほど掛け声や象徴的な言葉としてしか使われていない経営言葉も珍しいです。PDCAとは実践力であり、業務の実践体制と連動していなければ単なる形式に終わってしまいます。業務の改善を繰り返し、精度を高めることで進化させていくのがPDCAの目的であり、突進力や実行力、イレギュラーな事態への対応する力を持っていたとしても、その根本的なところでPDCAが回っていなければ、今は成長企業であっても、遅かれ早かれ低迷を余儀なくされるでしょう。
例えば、トヨタ自動車や花王などの優良企業に共通しているのは、業務の実践体制を重視して、その手順に対してもPDCAを回して、常に改善と改革を繰り返していることです。
–ファーストリテイリングはどう評価していますか? 成長力に持続性がありますね。
稲田 ファーストリテイリングは2001年にユニクロの海外展開を始めて10カ国以上に出店しましたが、しばらく赤字が続いていました。その後、グローバル旗艦店をアメリカ・ニューヨークや中国・上海などに出店することができたのは、赤字の時期に、しっかりとPDCAを的確に回していたからだと思います。あの会社は、相当な数の読み違い、失敗事例をもっていますもの(笑)。企業にとっては挑戦と改革を常態化させていることが健全な状態で、それを可能にするのがPDCAの精度とスピードです。戦略という言葉をファンタジーのように錯覚する風潮がありますが、戦略は、ただの精度の高い初期仮説にすぎません。重要なビジネスプロセスにおいて、PDCAを的確に廻せる事業能力が明暗を分けるのです。
経営者に求められる要素
–本書の登場人物である田村夏季常務は保身に走るあまり、強烈に社内政治に終始していますが、こういう人物が経営幹部にいたら、PDCAを正常に回すことができないのではないでしょうか。
稲田 業績向上よりも保身を優先させて、自分に都合のよくない役員や社員を悪者に仕立て上げるような人物は、どんな企業にでもいるのはないでしょうか。しかも、組織人にとって保身は煩悩のようなもので、大なり小なり誰にでも保身本能は備わっているものです。
PDCAはそれが表面化して弊害になることを抑制し、経営を健全化させる最も有効なツールでもあるのです。PDCAが正常に回っていれば、やっていることは的確に言語化されることになりますから、社内政治の発生する余地がありません。我の強くて、万一、よこしまな考えを抱きがちな役員や社員も、健全に業務を遂行せざるを得なくなります。つまりPDCAは、役員と社員の行動を健全化させるツールともいえるのです。
–常務に遠隔操作される社長と副社長は性善説の好人物とはいえ、企業経営においては無防備過ぎますね。
稲田 このストーリーに出てくる社長も副社長も、他人への“お任せ経営”をやっています。それが、常務の邪心を野放しにしてしまい、どんどん肥大化させ、社内政治への暴走を許してしまったともいえます。マネジメントにおいては、意思決定やコミュニケーションの精度を上げるという基本動作を定着させ、それを常に高いレベルで維持していなければなりません。バランスを取って組織を動かす神経系統を機能させれば、リーダーシップを発揮する前提が出来上がります。そのために中心に位置する如来であるトップには、慈悲の菩薩の顔だけでなく、時には厳しい不動明王の顔も必要です。
–本書では顧客プロファイリングの重要性も指摘されています。プロファイリングで参考にすべき事例はありますか?
稲田 「マーケティング不要論」みたいなものを言われる人がいますが、マーケットリーダーではなくフォロワーの位置にあり、かつ、事業が低迷状態にあるのであれば、市場の正しい理解から入るのはあたりまえでしょうにねえ。ただしそこで重要なのは、市場の調査結果からその意味合いを読み解くプロファイリングの技術と能力です。最近の成功事例としては、セブン-イレブンの「セブンカフェ」が挙げられます。すでにコンビニエンスストアは朝、昼、夜の1日3食を提供する体制になっていたのに、顧客がコーヒーだけはカフェチェーンで買わなければならないことに疑問を持つところからセブンカフェの開発は始まっています。ドトールでも持ち帰りの顧客層はすでにある割合、必ずいますし、そのドリンクを買う際に食品も一緒に買いたいと思うのは自然な購買行動です。セブンカフェは、顧客の購買行動をプロファイリングして成功したビジネスであるといえるでしょう。
–舞台や経営課題を変えた第3弾を執筆する予定はありますか?
稲田 出版社とは続編の話をしています。本書では主人公が米国にMBA(経営管理学修士)を取りに留学しましたが、MBAを取得した後には新たなキャリアが開けますから、主人公のその後にも触れてみたいと構想しています。それぞれ独立して読めるようにしてありますが、1作目が「企業改革」、2作目が「戦略とマーケティング」。3作目はおそらくビジネスキャリア戦略の指針になるような内容になるでしょうね。その前に、誰も見たことのないようなPDCAの本質を解説した書籍を考えています。
–ありがとうございました。
(構成=編集部)