このビルは、トヨタ自動車名誉会長である豊田章一郎氏一族の個人資産管理会社が保有し、最上階の10階には資産管理会社の「サウスヒル」と「レイクウエスト」が入居する。「サウスヒル」は直訳すれば「南の丘」であり、豊田氏の名古屋の邸宅が昭和区「南山」に、「レイクウエスト」は「湖西」であり、豊田家のルーツ・静岡県湖西市にそれぞれ由来する。
不思議なことに、このビルには日本テレビ放送網名古屋支局、テレビ朝日名古屋支局、静岡朝日テレビ名古屋支社、朝日放送名古屋支社といったテレビ関係の企業が多く入居する。日本テレビ系列であれば中京テレビ、テレビ朝日系列であれば名古屋テレビがあり、それぞれ自社ビルを保有しているので、そこに入居すれば業務上も便利なはずだが、そこにはなぜか入居していない。
トヨタ批判もめっきり減った“硬派な”東洋経済
最近、このビルに東洋経済新報社名古屋支社と、同社関連で石橋湛山元首相とゆかりの深い会員組織「中部経済倶楽部」が転居してきたため、名古屋財界の一部からは「あの硬派な東洋経済までもトヨタの軍門に下ったのか」と揶揄する声が出始めている。現に、主要経済誌ではトヨタに真正面から切り込んで健全な批判を書くのは同誌だけといっても過言ではなかったが、最近はトヨタ批判もめっきり減った。
出版不況に加えて、主力の「週刊東洋経済」は部数が落ち込んでいる。最近の同誌の特集を見ても、およそ硬派の経済誌らしからぬ
「みんな不妊に悩んでいる」
「夏に勝つ!塾・予備校」
「人ごとではない うつ・不眠」
といった「健康・教育路線」の企画がずらりと並び、目先の部数獲得のために四苦八苦していることが容易に想像できる。また同誌は、名古屋経済を特集する別冊も定期的に発行しており、地域経済に大きな影響力を持つトヨタを「敵」に回しては、取材も販売もおぼつかなくなっているのであろう。
断っておくが、メディアが「豊田家ビル」に入ることを否定しているわけではない。
ビル側が事業としてテナントを集め、テナントが家賃を払うことはごく普通のビジネスである。
しかし、独立性や公共性が問われるメディアが、大スポンサー企業のオーナーが保有するビルに群がること自体、異常な光景に見えるし、こうした側面でも、メディアと企業はつながっていることを承知の上で、ニュースや記事は見たり読んだりすべきである。
(文=井上久男/経済ジャーナリスト)