例えば明治ホールディングス傘下の明治は10月24日、中国での粉ミルク販売を一時停止することを明らかにした【註1】。事実上の中国市場からの撤退との見方が強い。
中国最大の複合企業・中国中信集団の常振明会長ら「中国企業家代表団」は9月24日に来日し、菅義偉官房長官を表敬訪問したほか、日本経団連の米倉弘昌会長と会談した。これは、景気減速が現実のものとなってきた中国側による、日本との関係改善を探る動きと見られている。
ユニクロは9月30日、売り場面積が約8000平方メートルという世界最大規模の店舗を中国・上海に開店した。2020年までに、中国国内の店舗を1000店に増やすのが目標だ。
9月18日付日本経済新聞記事『中国の日系ブランド企業 業績 反日の逆風和らぐ』によれば、中国で日系ブランドを扱う香港上場企業は、尖閣諸島の国有化をきっかけに中国で反日感情が高まった影響で、昨年秋以降、急速な収益悪化に見舞われたが、13年1~6月期決算では回復の兆しがうかがえるという。
「牛丼の『吉野家』は、1~6月期の飲食店事業の売上高は10億香港ドル(約128億円)と前年同期比5%増え、店舗数も29店の純増。キリンホールディングスの合弁の飲料事業の売上高は5割増えて3割の増益。600店以上の日本式ラーメン店を持つ味千の売上高は4%増、純利益は2.8倍」(同記事)
しかし、最悪期から脱したとはいえ本格回復には程遠いというのが実情だ。中国国内で起きた反日暴動の影響で、日系企業の中国事業は大きな被害を受けた。山東省青島市のイオンや湖南省長沙市の平和堂という日系スーパーは、暴徒化したデモ隊の略奪にあって店が破壊された。青島市のトヨタ自動車の販売店は放火で全焼した。日本企業が受けた被害は、総額で100億円とされる。だが、日本企業への補償はおろか、暴徒の処罰、責任追及はほとんどされていない。被害企業は「泣き寝入り」しているのが実態だ。
●本格的な販売回復遠い自動車、小売り
日中関係悪化の影響は色濃く残る。
例えば不買活動の標的になった日系自動車大手の8月の中国販売台数は、トヨタ自動車が前年同月比4.2%減、ホンダが同2.5%減。日産自動車は同1.0%増と横這いだ。中国の新車販売台数は毎月、ほぼ前年同月比10%超(9月は19.7%増)のペースで急成長を続け、2013年の年間販売台数は世界初の2000万台を超える見通しだ。
12年9月は反日デモが中国各地に広がり、日系大手6社の販売台数は3~5割減となった。デモから1年たった今年9月は前年の大幅減の反動からトヨタが63%増、日産が83%増、ホンダが2.2倍増と大幅な伸びを示した。それでも日本勢の1~9月の累計販売台数は、トヨタが0.5%減と前年の販売台数に届かない。日産は0.2%増と横這いだ。内陸部では、依然として反日感情が強い。
大苦戦の日系メーカーを尻目に、米ゼネラル・モーターズ(GM)や独フォルクスワーゲン(VW)など欧米大手はそろって好調。米フォード・モーターズは1~9月累計で51%増と特に好調だ。BMWやアウディのドイツ勢は低価格攻勢をかけている。これだけ差がついたら、中国市場での挽回は難しいとの見方が増えている。
小売市場も同様で、12年12月に開店した百貨店の高島屋上海店は来店客数が伸び悩み、初年度の売り上げ目標を当初の130億円から50~60億円と半分以下に引き下げた。4月に目標を80億円に下げたばかりで再度の下方修正となった。高島屋は反日デモに配慮してほとんど開店のPRができなかったという。
三越伊勢丹ホールディングスは今年5月末、08年の開業時から赤字続きの遼寧省の伊勢丹遼寧店を閉鎖した。ヤマダ電機も5月に南京店、6月に天津店を閉鎖した。
1~9月の中国の貿易総額は前年同月比7.7%増だったが、対日貿易は同7.9%減と落ち込んだ。対ASEANは11.6%増、対米は6.7%増とプラスであり、日本との貿易低迷が際立つ。日本貿易振興機構(JETRO)が9月に発表した実態調査では、中国の消費者の7割以上が「尖閣諸島の問題が日本製品の買い控えにつながっている」と回答。「本当は日本製品を買いたいが愛国心が優先する」との回答が5割を超えた。反日感情は根強い。
●加速する「チャイナプラスワン」戦略
中国はこれまで世界の工場だった。日本企業にとっても生産拠点を移す第1候補が中国であり、大企業から中小企業まで安い労働力を求めて中国に工場を建設した。だが、反日デモ、製品ボイコットによって、中国への生産拠点の一極集中はリスクの高いビジネスモデルとなった。中国以外のアジアに生産拠点を分散する「チャイナプラスワン」戦略を加速させた。
典型的なのは自動車だ。12年の東南アジアでの日本製新車販売台数は273万台で、中国とほぼ同じ。シェアは尖閣問題後に20%を切った中国に対し、東南アジアは79%と高い。
インドネシアではスズキや三菱自動車が量産工場の新設を計画。タイではトヨタやホンダが主力車の生産能力を増強する。
IT・電機業界も東南アジアでの投資を拡大する。プリント基板メーカーのメイコーやコイル専業の東光はベトナム工場を拡張。
イオンの靴販売子会社は現在9割近い中国の生産比率を下げ、東南アジアに生産拠点を分散する。青山商事も中国での紳士服の生産比率を現状の7割から5割程度に引き下げる。ワコールホールディングスは、全体の約55%を占める中国での生産比率を見直し、ベトナムやインドネシアなどでの生産を拡大する。
JETROによると、1~7月の日本の対東南アジア諸国連合(ASEAN)投資は113億ドル(約1兆1000億円)で対中投資の2倍に達し、さらに拡大する。
中国への一極集中が象徴するように、これまで日本企業はリスクを分散せずに1カ所に集中して投資する傾向が強かったが、チャイナリスクの顕在化で一本足打法を見直すようになった。
(文=編集部)
【註1】
明治は1993年に中国で粉ミルクの輸入販売を開始したが、2010年の宮崎県口蹄疫問題や11年の東京電力原発事故を受けて、日本産粉ミルクの輸入禁止措置が長期化した。明治はオーストラリアのメーカーに生産委託して中国市場に製品を供給してきたが、コスト増に加え、他の大手外資系メーカーとの競争も激化、収益が悪化していた。11年12月に日本国内で明治製品から微量の放射性物質が検出されると、中国の消費者の“明治離れ”が一段と進み、売り上げはピーク時の3分の1に激減した。