「流通業界の王者」イオンが3期連続の営業減益、2期連続の最終減益(15年2月期)に沈没したのと対照的だ。ヤオコーの食品スーパー事業売上高は2960億円(15年3月期)。対してイオンの食品スーパー事業に該当する「SM・DS・小売店事業」売上高は2兆1612億円で営業利益は84億円だった。売上高はイオンの7分の1程度だが、営業利益はイオンを上回っている。同じ事業で、どうしてこれだけの差がついてしまったのか。
背景を探ってゆくと、同社の快走要因はイオンの中央集権事業モデルと対照的な個店経営事業モデルとパート店員活用の差にあることがわかった。
値段ではなく、料理の提案力で勝負する異色スーパー
ヤオコーと同業他社の違いを特徴づけているのが、現場の「食生活提案型売り場」といえる。
店舗ごとに異なる品揃え、具体的な料理案を提示するなどの「食生活提案」は多岐にわたる。価格で勝負するのではなく、「ヤオコーへ行けば、今日の晩ご飯のアイデアが浮かんでくる」と言われるぐらい、提案力で勝負している。
店内至る所に食材の調理法を知らせるPOPを設置し、買い気をそそる仕掛けを施している。品揃えもまた然り。値段の安い食品を並べて集客し、少々高くても手が伸びる食品を充実させるなど、価格帯の幅が広い品揃えが同社の特徴だ。
例えば、生鮮食品売り場では94円均一の豚肉、鮮魚、野菜などを平台にずらりと並べる一方、1枚(180g)1380円の黒毛和牛切身や1尾1280円の金目鯛も並べている。食卓に「ちょっと贅沢な一品追加」を誘う仕掛けだ。さらに、精肉や鮮魚売り場には店員が立ち、料理の相談に乗ったり調理法の説明をしているのも同社の特徴だ。他の食品スーパーで、こうした光景は見られない。
また、料理の実演で「今日の晩ご飯」を提案する「クッキングサポート」は、今や同社の名物コーナーだ。同業他社との最大差別化ポイントにもなっている。15年以上の年月をかけて磨き上げてきた同コーナーのノウハウは、どこも真似ができないといわれる。
限られた店舗スペースに専用コーナーを設け、専任者を配置しているので、一見コスト高に見える。だが、これが来店客の満足度向上と売り上げ増につながっている。
加えて、同社のパート店員は、同業他社のように商品陳列やレジ業務を行うだけの“作業員”ではない。主婦目線での品揃えや商品陳列のチェック、PB商品企画のネタ出し、時には商品の仕入れや値付けまで行う“営業店員”なのだ。同社関係者は「店員は、みんな地元の主婦なので、今日はどんな商品が、どの程度の値段なら売れるかの感覚が鋭い。このため商品の売り切れ率が高く、その分廃棄ロスが少ないので、同業他社と比べて粗利率が高い」と言う。
こうしたチェーンストア理論の対極にある現場主義に基づく個店経営が、同社の26期連続の増収増益要因と言っても過言ではない。同社には、同業他社が口を揃えるコンビニエンスストアやインターネット通信販売の脅威は感じられない。
この1年間、同社の既存店売上高前期比が食品スーパー業界平均(日本食品スーパーマーケット協会既存店売上昨年比)を毎月4~6ポイント上回る実績で推移したことからも、それがうかがえる。
30年前は、どこにでもある普通のスーパーだった
今では連続増収増益の勢いが止まりそうにない同社だが、30年ほど前はどこにでもある地域スーパーの一社にすぎなかった。
店舗運営はチェーンストア理論に従った本部統制方式。「スーパーバイザーが店を回って品揃えや商品陳列を指導するが、売り場は同じ埼玉県が地盤のベルクやマミーマートと比べても見劣りがしていた」と、同社関係者は振り返る。
経営方針も迷走した。イトーヨーカドーの真似をして精肉・鮮魚の集中前処理と各店への低温配送を行う生鮮食品処理センターを開設して失敗。それが元で精肉・鮮魚の売り上げが長期間低迷した。ほかにもコープを真似た食品宅配事業参入、移動バス販売、業績不振店のディスカウント店への転換など、迷走による失敗例には事欠かない。
迷走に終止符を打ったのは22年前だった。当時社長だった川野幸夫会長が聴講した経営セミナーで、講師が語った「食品スーパーには究極的に2つの生き残り策しかない。どこでも買えるコモディティ商品のディスカウント商法を主力にするか、その店でしか買えない商品を取り揃えた食生活提案商法を主力にするか」という言葉に触発されたのがきっかけだった。
この論法でゆくと、ディスカウント商法は価格競争力に勝る大手スーパーしか採用できない戦略だ。当時、店舗数30店程度の埼玉県の小さな食品スーパーが生き残るための戦略は、食生活提案商法しかなかった。そこで同社は94年に3カ年の中期経営計画を初めて策定し、その中で「食生活提案型食品スーパー」を目指す経営方針を明確にした。
続く97年の第2次中期経営計画で、食生活提案商法実践に向けた「個店経営」を打ち出し、それまで本部統制だった品揃えを店長に一任するなど、店舗運営の権限を店長に委譲した。本部の役割は店の統制ではなく「店のサポート役」と位置付け、「チェーンとしての個店経営を進める」体制を整えた。チェーンストア理論にない経営だった。
これは「食生活ニーズは地域により微妙に異なる。微妙なニーズはPOSデータでは把握できない。把握できるのは現場の店長と、地域の消費者でもあるパート店員だ」という川野会長の考えによるものだった。
クッキングサポートは地元情報収集の場
この個店経営の実験モデルとなったのが、98年10月にリニューアルオープンした「狭山店」(埼玉県)だった。
生産者の名前を記載した地場産野菜売り場の拡充、総菜売り場の拡充、鮮魚や精肉の下ごしらえ光景がガラス戸越しに見える店内厨房など「個店強調」の演出を随所に施した。この狭山店で誕生したのが、同社名物のクッキングサポートだった。
同コーナーでは、パート店員が自ら考案した料理を客の前で調理実演し、集まった客に試食してもらうと同時に、パート店員手作りのレシピも配る。それも1品だけではなく、平日で4~5品、土日は7~8品の料理をパート店員は考案し、そのレシピを作る。それを見た客は、レシピにある食材や調味料を買い回る仕掛けだ。販促効果も半端ではない。
同社はその後、狭山店で原型を確立した事業モデルを「狭山モデル」として00年の第3次中期経営計画以降全店に横展開し、それを各店の切磋琢磨で進化させ、切れ目のない増収増益を達成するバックボーンを形成していった。
同社関係者はクッキングサポートの販促効果は「レシピに載せた食材・調味料にとどまらない。今では従来の『実演・試食コーナー』から『井戸端会議コーナー』へ進化している」と打ち明ける。
同コーナーの前では、試食した客同士のおしゃべり、実演したパート店員へ調理法の質問や相談などの井戸端会議が常に繰り広げられている。この井戸端会議から「○○小学校の遠足がある」「○○中学校の運動会がある」「○○町内会の日帰りバス旅行がある」など、地元だけのイベント情報がパート店員の耳に自然と入ってくる。同社はそれに合わせて特売を企画し、その情報をチラシに載せている。
前出関係者は「イベント関連の特売では、これまで売れ残りが出たことは一度もない」と語る。また「個店経営はパート店員の働きで持っているようなもの」とも言い、彼女たちの働きぶりを絶賛する。
パート店員のモチベーションを高める重層的な仕掛け
そのパート店員を、同社では敬意を込めて「パートナー」と呼び、ヤオコー社員としてのプライドと責任感を持たせている。もちろん、ある外食大手が弁当宅配事業などで採用しているような肩書だけの待遇ではない。キャリアパスをはじめ、さまざまなインセンティブ付与でパート店員の戦力向上に努めているのも、同社個店経営の特徴といえる。基本的な処遇は正社員と変わらない。
同社のパート店員は、採用されると「初級職」からスタートする。その後、業務能力や売り上げ貢献度合いに応じて「中級職」「上級職」「リーダー職」、そして「主任職」へ昇進してゆく。もちろん昇進と同時に時給も上がり、正社員と同じく年2回のボーナスも支給される。さらに、売上高経常利益率が4%を超えた決算期は決算賞与も支給される。また、主任になると、契約社員への雇用契約変更も可能になる。
パート店員には「技能検定制度」もある。個店経営をしている同社には、その店でしか売っていない総菜や店内調理パンが少なくない。これらは仕入れではなく、すべて店内厨房でパート店員が手作りしている。商品であるからには、消費者がいつ買っても同じ味になるよう品質を安定させなければならない。技能検定は、こうした品質安定化とパート店員の調理技能向上のために設けられた社内技能検定制度だ。この技能は4ランクに分かれており、ランクが上がるごとに技能手当も上がる。そして最上ランクの検定に合格すると「マスター」の称号が与えられ、名札の下にそれを示すシールが貼られる。総菜部門に配属されたパート店員はおのずと技能向上に励む仕組みだ。
このほか、業績貢献度の大きいパート店員は一流レストランなどでの食事会に招かれたり、年1回の米国研修旅行に派遣されたりする。
イオンをはじめとする大手スーパーは、「特定地域の局地戦で負けてもチェーン店全体で勝てばよい」との発想がある。それが本部統制の全国一律品揃え、全国一律PB商品展開、コモディティ主体の商品開発となって現れてくる。「消費者ニーズの取り込み」を唱えながら、真逆の行動をしているのだ。
だがヤオコーは、埼玉県を中心とする関東一円の特定地域しか戦う場所がない。そのため、行動で消費者ニーズを取り込まなければ生き残れない。加えて流通業は現場の知恵が働かなければ、付加価値を生み出せない業種でもある。そうした認識と危機感がヤオコーをチェーンストア理論にない個店経営に向かわせ、現場がヒューマンパワーを発揮できる環境作りに努めてきたといえよう。
15年3月末現在の同社食品スーパー店舗数は142店。同社はこれを中期で店舗数250店・売上高5000億円、長期で店舗数500店・売上高1兆円の目標を立てている。
しかし、店舗数と社員数が増加してくると、組織の硬直化、官僚化が起こる。そのほうが企業は組織運営をしやすいからだ。企業の宿命といえるかもしれない。そのため、今後は組織の硬直化などをいかにして防ぐかが、同社の新たな経営課題と見られている。
(文=福井晋/フリーライター)