機内からは、ばら積みのプレートやコンテナが次々に運び出される。わずか30分程度で、運び出された貨物は近くの倉庫に運ばれていく。後には、ガランとした上屋(倉庫)が残る。主に積み替えの時だけ利用されるため、通常は2割程度の荷物しか置かれていないのだという。
ピークの3時30分になると、空港には貨物機が10機ほど並び、5時前後には香港、台北、上海、ベトナムなどに飛び立っていく。貨物事業会社・ANA Cargoの関係者は語る。
「新鮮な魚介類などは北海道から羽田空港を経由し、『沖縄貨物ハブ』から翌日の昼過ぎには荷主の手元に届くので、大変喜んでもらっています。沖縄貨物ハブは、単なる中継拠点ではなく、貨物ハブを置くことで、深夜に電子部品の受注があっても当日配送できる体制を整えています。また、沖縄貨物ハブは、他の空港と違い、短時間で通関手続きや検疫を受けることができるので、海外からの品物は、成田国際空港や関西国際空港に直接行くより、沖縄に持ち込んだほうが早い場合もあります。さらに、飛行4時間圏内にアジアの主要都市がほとんど含まれているため、一度沖縄に持ち込み、そこからアジアの別地域に運ぶという機能も果たしています」
ANAが、那覇空港をベースに、日本とアジアを結ぶ巨大な物流ハブを構築したのは、2009年だ。
沖縄貨物ハブは24時間動いており、国内は関空、名古屋、羽田、成田、海外は台北、シンガポール、バンコク、香港、広州など8都市を65路線のネットワークで結んでいる。
「沖縄から東アジア諸国までは、だいたい4時間程度です。翌日には商品を届けることができます」(前出の関係者)
少子高齢化で疲弊する内需に代わる、新たな販売先へのネットワークとして、国際高速輸送への期待は大きい。
「沖縄貨物ハブは、地方活性化の大きな原動力になると考えています。日本の農家にとっても、販路拡大になるのではないでしょうか」(同)
今年10月に7年目を迎える沖縄貨物ハブは、量から質へと、大きく舵を切ろうとしている。
航空会社にとって、航空貨物事業は鬼門
沖縄地区税関那覇空港税関支署の資料によると、那覇空港の14年の国際貨物取扱量は約17万8089トン。これは成田、関空、羽田に次いで4位となる。ANAが沖縄で物流事業を始める前の08年(935トン)と比較すると、約190倍に達している。
ただし、収益面では課題が残っている。4月にANAホールディングスの社長に就任した片野坂真哉氏は、3月の就任会見で次のように語っている。
「第三のコアビジネスとして、フレイター(貨物専用機)をやりましたが、非常にボラティリティ(価格変動性)の高い事業です。沖縄の貨物ハブは、まだ黒字化を実現していませんが、実際に沖縄に行くと、日本中の名産品が我々の空港で積み替えられ、アジアに送られています。ヤマト運輸も参入し、今後はアジアにハブのハブを作っていくことも考えています。日本のおいしいまぐろが香港や中国本土で食べられているというシーンは、これまで考えられなかったことなので、今後の成長性にさらに期待しています」
これまで、航空会社にとって航空貨物事業は鬼門といわれてきた。
「貨物事業には、旅客機による輸送と貨物専用機による輸送があります。旅客機は乗客の都合に合わせてフライトしなければなりませんが、貨物専用機は貨物の都合で搬送できるので、最適な輸送ができます」(同)
しかし、貨物事業はそう簡単ではない。
「旅客機は、乗客と貨物のどちらかで利益を出せばいいので、まだ採算を取りやすいのですが、貨物事業はそうはいきません。帰りに運ぶ荷がないこともよくあるため、採算を取りづらい。だから、貨物専用機というのは扱いにくいのです」(航空業界事情通)
そういった事情もあり、日本航空(JAL)は10年10月、会社更生法の手続き中に貨物専用機事業からの撤退を表明した。ANAもまた、貨物事業では苦労している。
ANAは05年10月、国際郵便分野への事業拡大を狙っていた日本郵政公社(現・日本郵政)の郵便事業(現・日本郵便)、日本通運、商船三井と合意し、06年2月にANA&JPエクスプレスを設立した。
しかし、日本郵便は09年8月に提携を解消し、所有していたANA&JPエクスプレスの株式はANAに譲渡された。そして、10年4月にはANA&JPエクスプレスはエアージャパンに吸収合併され、日本郵政グループのJPエクスプレスもまた、同年9月30日付で東京地方裁判所によって特別清算の開始が決定した。
「合弁会社がANAのグループ企業で乗客の輸送も行うエアージャパンと合併することになり、郵便法の関係で、貨物以外の事業を行うためには総務省の許可が必要な私たちは、合弁の続行は難しいと判断しました。ただ、想定していたより貨物が集まらなかったという事情もあると思います」(日本郵政の関係者)
紆余曲折の沖縄貨物ハブ
それでもANAはあきらめなかった。新しい国際物流体制の構築を模索し、日本と東アジアを結ぶ国際物流ハブ構築を進めたのだ。
「物流ハブとして、羽田、成田、関空など、さまざまな空港を検討しましたが、成田や関空よりも那覇のほうが駐機料や発着料が安かったのです。成田からは『安くする』という話もあったようですが、最終的に那覇に白羽の矢が立ちました」(前出のANA Cargo関係者)
しかも、第一次安倍晋三内閣は、日本がアジアと世界の架け橋になることを目指す「アジア・ゲートウェイ構想」を掲げ、07年5月にはアジア・ゲートウェイ戦略会議が設置されていた。
ANAは07年7月、那覇空港に国際物流ハブを整備することで沖縄県と合意した。
しかし、沖縄貨物ハブは必ずしも順風満帆とはいかなかった。
ANAが参入する以前の08年に935トンしかなかった那覇空港の貨物取扱量は、09年に2万1584トン、10年には14万8164トンと08年の約158倍にも膨れ上がり、成田、関空に次いで3位に躍り出る。
しかし、11年には14万831トン、12年には13万7352トンと一気に減少、羽田に抜かれて4位に順位を落とした。航空輸送は速い半面、海上輸送に比べてコストが高いという事情がある。
「航空輸送の運賃は、船より10倍以上も高いため、コストに見合った商品でないと運べません。それでも運ばなければならない貨物があるので、私たちの仕事が成立しているわけです」(前出のANA Cargo関係者)
航空輸送の主な荷物は、半導体部品や自動車部品、精密機械などの機械類、高級食材などの高付加価値商品だが、それらの商品をどう集めるのかというのが最大の課題だ。
成田や関空は周囲に工業地帯を抱えているが、当時の沖縄は工場誘致が十分に進んでいなかったこともあり、そういった商品が集まる土壌がなかった。
「香港は通関と検疫が簡易なのでいいのですが、その他の国は長時間待たされることが多く、生鮮食品などはその間に傷んでしまうこともあります」(物流業界の関係者)
ヤマトとの提携が転機に
状況を大きく変えたのは、ヤマト運輸との提携だ。ヤマトは12年11月からANAと提携して、沖縄貨物ハブを利用した国際物流事業に乗り出した。さらに、那覇空港に隣接する同社の国際ロジスティクスセンターで、東芝自動機器システムサービスがパーツ(部品)センターの運用を始めた。
ヤマトの参入により、13年には那覇空港の貨物取扱量は14万7945トンと前年比7.7%増加している。
これを目の当たりにしたANAは14年4月、これまで直接行ってきた貨物事業の戦略立案や商品開発を充実させるためにANA Cargoを設立した。ヤマトは13年10月からANA Cargoと提携して、香港向けのクール宅急便事業を開始した。
「それまで、東北地方の魚介類を香港に送るのに3日はかかりましたが、沖縄貨物ハブを使えば、翌日の15時頃には届いています。例えば、青森で穫れた魚介類は仙台空港に送り、関空を経て那覇空港に運び、香港に送られる。魚介類が新鮮なままで翌日には届くので、鮮度を重視する和食店などにはすごく喜んでもらっています。私たちは、国際物流とともに地域復興にも協力できると考えています」(ヤマト運輸の広報担当者)
中でも、和歌山の桃や四国のいちごなどが売り上げを伸ばしているという。「取扱量は、すでに目標に達しています。今後は、いかに付加価値の高い商品を取り扱えるかが課題になるでしょう」(ANA Cargo関係者)という。
ヤマト運輸は、3月末からクール宅急便を台湾にも拡大しており、今年度中にシンガポール向けも開始することを発表している。沖縄には、ITや物流において特区が作られ、日本中から製造業者が集まるとともに、機械類の空輸ニーズも高まっている。
現在の就航は10機だが、2機増えることが決まっており、就航地としてベトナム、インドネシア、インドなどが注目されている。さらに、19年には第2滑走路が完成する予定だ。沖縄貨物ハブに対する期待は高まっている。
(文=松崎隆司/経済ジャーナリスト)