新築戸建て、1千万円台時代突入 価格&常識破壊する新興業者、大手は高額販売費上乗せ
5月31日付当サイト記事『「新築戸建ては高くて当然」幻想の崩壊 1千万台続出、大手メーカーの暴利露呈?』において、パワービルダー(PB)と呼ばれる建て売り住宅業者が、激安価格で新築戸建てを売り出している背景について言及した。
なぜPBは、そこまで激安で建売住宅を供給できるのだろうか。その理由について、首都圏全域でPB物件を多数仲介しているレジデンシャル不動産法人の田中勲社長は、まず土地の仕入れ価格の安さを挙げる。
「PBが土地を仕入れるときの価格は、路線価や公示価格はあまり関係なく、建て売りの分譲価格から逆算して決まるのです。例えば、周辺相場が坪40万円の土地があったとします。造成して道路部分を引いた一棟当たり30坪は1200万円。それに建物の建築原価プラス利益の1500万を足した2700万円で売れると判断すれば、PBはその土地を坪40万円で買います。逆に2100万円でしか売れないと判断すれば坪20万円、つまり600万円でしか仕入れません」
300坪程度のミニ開発でも土地の売買価格は数億円に上るため、買える業者は限られてくる。アパートや倉庫・工場、商業施設などの需要が少ない郊外の土地でも積極的に買うのは、PBのほかにはあまりいないだろう。したがって、売主から金額を吊り上げられることもなく、PBは土地を仕入れられるのだ。
驚異的な安さの建築費原価
また、PBの強さは、なんといっても建築費におけるコスト競争力の高さだ。年間数千棟~1万棟単位で建てまくるPB各社にとって、大量に仕入れる建材をグループ内で共通化したり、設計パターンをある程度統一したり、各種住宅設備にしてもメーカーにPB専用ラインを造ってもらうなど、スケールメリットを生かしてコストダウンを図れる部分は無数にある。
大工が現場で材木に墨付けしてノコギリとカンナで加工していたのは、大昔の話。ほとんどの部材は、いまやプレカット工場であらかじめ設計図通りに処理されて現場に搬入される。大工が1カ月かけていた作業をプレカット工場は1日で完了するといわれており、あとはプラモデルよろしく現場で組み立てれば完成。上棟は別にして、原則一棟につき1名の専属大工だけで施工し、正味の建築期間は標準45日~60日(基礎工事後)と、ファストフードならぬ「ファストホーム」と呼んでいいほどの猛スピードである。
それでいて、かなりの大きな地震にも耐え得る強固な設計になっているのも、独自の技術開発ができるだけのスケールメリットを生かした結果だ。
田中氏によれば、PBが販売する建て売り住宅の標準的な建築原価は、一棟当たりなんと850万円程度だという。地価が安い郊外に、1000万円台の物件が急増しているのは、まさにPBが建築費原価の安さを武器に、大量に建てているからである。
「建築原価は、東京オリンピックの建設ラッシュで職人の人件費が高騰して少し上がりましたが、飯田グループホールディングス(GHD)は6社統合によって、今後よりコストの安い建材を使うことで、さらなるコストダウンを図るでしょう」(田中氏)
PBとパソコンはビジネスモデルが酷似?
意外に思われるかもしれないが、現在のPBのビジネスモデルに最もよく似ているのは、1990年代中盤以降にアメリカで急成長を果たしたデルやコンパック、ヒューレット・パッカード(HP)などの新興PCメーカーだ。
IBMは、PC/AT互換機の仕様を公開したことで、自ら基幹部品から技術開発しなくても、CPUやメモリなどをオープンな市場で自由に調達できるようになった。それにより水平分業で、より安くパーツを仕入れ、より安くアセンブリ(組立)できる工場に製造を依頼すれば、自らは巨額な投資をしなくても激安PCを大量に販売できる仕組みができあがったのだ。
この仕組みが、いわゆる「ファブレス」(工場を持たない)である。飯田GHDは、いまでこそグループ内にプレカット工場を持っているが、統合するまでは6社ともにファブレスで、外部の工場からプレカットされた材木を仕入れていた。維持に巨額の固定費がかかる自社工場を持つ大手ハウスメーカーとは、コスト構造が根本的に異なることがわかる。木造建築の世界では、すでに20年以上前からプレカット工法が導入されており、住宅設備も含めれば、オープンな市場で資材・パーツの調達が可能だった。
そのため、ちょうど東京・秋葉原の小売店が「ショップブランド」と呼ばれるPCを売っていたのと同じように、街の工務店が建売住宅や注文住宅を建築して、それなりに利益を上げている。しかし、ひとたび価格競争に巻き込まれると、ショップブランドが淘汰されていったように、中小の工務店も相当の苦戦を強いられるようになるだろう。
PBには販売部門がない
デルなどの新興PCメーカーが価格破壊を武器に市場を席巻したのとは、根本的に異なる点がPBにはある。それは、ファブレスならぬ「セールスレス」だ。
「飯田GHD傘下6社のうち、一般消費者向けの販売部門を持っているのは飯田産業と東栄住宅だけで、どちらもその規模はかなり小さいです」(同)
驚いたことに、年間約1万棟(2015年3月期実績)建てている一建設やアーネストワンですら、販売部門はないという。では、PB物件は、いったい誰が売るのか。それは、一般の不動産仲介業者である。
不動産仲介の世界では、いわゆる「両手」と呼ばれる、売り主と買い主双方から仲介手数料をもらえる案件は、信用力のある大手でないとなかなかありつけないものだが、PBの新築戸建てに関しては、どこでも自由に扱えるため、PB物件販売に力を入れる業者が急増。今では仲介業者が自ら広告を出して売ってくれるほどになった。
販売に莫大な経費がかかる新築マンションと比較してみれば、それがどれだけコスト削減に貢献するかがよくわかる。新築マンションは、専用サイトを開設して派手な宣伝広告を行う一方、駅前にモデルルームを設置して、そこに専属の案内係と販売代理の営業部隊を常駐。もし売れ残ったら、売り切るまで莫大な固定費を負担しなければならない。PBの戸建ての場合、販売は成功報酬で外部に委託されているため、販売にかかる固定費はほとんどない。もし売れ残っても、現場単位で損切りすれば痛手は最小限で済む。
つまり、PBの戸建て価格には、直接の販売経費がほとんど含まれていないのだから、安いわけである。
客側のデメリットを挙げるとすれば、買い主が不動産価格とは別に、仲介手数料(物件価格の3%プラス6万円が上限)を負担しなければならないことだが、レジデンシャル不動産法人のように、買い主からの仲介手数料は無料にして、売り主のPBからのみ手数料をもらう「片手仲介」が最近は増えてきた。仲介手数料無料の詳しい仕組みについては、同社HPを参照いただきたい。
「当社は、仲介手数料だけでなく、専門知識と資格を持ったスタッフが建物検査も無料で実施しています。PB物件は安い分、『手抜き工事などがあるのでは』といった不安をお持ちの方も多いので、ご購入いただくに当たっては、われわれが事前にしっかりと細かいところまでチェックして取引をサポートしています」(同)
つまり買う側は、客の利益に忠実で優秀なエージェントを先に見つけてから物件を決めることができるわけだが、PBにとってはそこが大きなアキレス腱でもある。
売れ残ってしまった場合、新築マンション販売のように、専属営業部隊が「やる気と根性で売り切る」ことができない。とにかく価格を下げて客寄せするしかないため、決算直前シーズンになると、まるで季節物の洋服のように、新築戸建てバーゲンが毎年の恒例行事となっているわけである。そのバーゲンが不動産相場に与える影響は、決して小さくない。
果たして、高額だったPCがすさまじい価格崩壊を起こしてコモディティ化していったのと同じ軌跡を、建て売り住宅もたどるのだろうか。その動きからは、当分目が離せない。
(文=日向咲嗣/フリーライター)