人材の一本釣りでは時間がかかるばかり。本気でやろうと思えば、業績や財務に不安がある中堅クラスの地銀を丸ごと買収し、そこがメーンバンクになっている既存の取引先、営業組織、人材、企業貸付のノウハウと管理のシステムを一気に吸い取ってしまうぐらいの「ウルトラC」が必要になるだろう。
上場すれば資金面でM&A(合併・買収)はやりやすくなる。もし1行でもそんな丸のみ買収に成功すれば「ゆうちょ銀行による買収の脅威」「進撃を始めた巨人」は金融業界を震え上がらせる。
しかし、いくら地銀再編に熱心な金融庁といえども、「ゆうちょ銀行と地銀の合併」をすんなり認めるとは考えにくい。というのは、ゆうちょ銀行には郵政民営化法で「同業他社への配慮義務」という縛りがかかっているからだ。このあいまいな文言はいかようにも解釈でき、監督官庁は日本郵政グループ各社への行政指導に利用することができる。
行政が首を縦に振らず、ゆうちょ銀行による「銀行丸のみ買収」ができなければ、メーンバンクになれないゆうちょ銀行には企業貸付のノウハウがなかなか蓄積しない。そうすれば人材も育たず実績もできず、取引先金融機関の中でイニシアティブを取れない3~4位ぐらいのポジションからなかなか抜け出せずに、メーンバンクへの道は遠いままだ。それでは「企業貸付も一応やっています」という程度にすぎず、この分野で大きな収益を得ることはまず望めないだろう。
これはという企業に狙いをつけて食い込み、メーンバンクの座をかけて他の金融機関と丁々発止とやり合う「食うか、食われるか」という競争。それが企業貸付という「銀行員の戦場」である。ゆうちょ銀行が協調してリスクを分け合ったり、中小企業育成の官民ファンドに出資する程度にとどまるなら、とても彼らの脅威にはならないだろう。
「企業」の部分は、まだ歩き始めたばかり
以上みてきたように、ゆうちょ銀行が他の金融機関にとって脅威になるという可能性は低いと考えられるが、もしいろいろな縛りが解けても、「金融企業」として一人前になるにはどうしても時間がかかる。
民間の金融機関は、資金決済を行って経済社会を円滑に維持する「機関(エージェンシー)」の部分と、個人や企業への貸付や金融商品、保険の販売を行って利益をあげる「企業(エンタープライズ)」の部分とを併せ持っている。ゆうちょ銀行は「機関」のシステムはきちんとできているが、「企業」の部分は歩き始めたばかり。誤解を恐れずにいえば、まだ子どもだ。「ゆうちょ銀行の脅威」を煽るというのは、大人の間で「子どもは怖い」と言っているようなものである。
もちろん、「アンファン・テリブル(恐るべき子どもたち)」ではないが、子どもにはどんな大人になるかわからない潜在的な恐ろしさはある。だが、それには時間がかかる。ゆうちょ銀行が上場して新規業務が認められても、いきなり金融業界を引っかき回すことは、実際には考えにくい。
子どもを敵視するのは大人げない。子どもは、育つのを温かく見守ってあげることが必要だ。
(文=寺尾淳/ジャーナリスト)