地方の小さなバス会社、どう赤字路線を奇跡的再建?低コストの“当たり前”改革を実践
本連載前回記事では、地方の赤字路線バスを再建するにはどうしたらよいか、読者の皆さんに考えていただいた。果たしてどのようなアイデアが出たでしょうか。今回ご紹介するのは、埼玉県川越市に本社を持つ従業員180人のイーグルバス株式会社。たまたま6月25日放映の『カンブリア宮殿』(テレビ東京系)でも取り上げられたので、ご覧になった方も多いのではないか。
赤字事業の問題を発見する
観光バス事業を営んでいたイーグルバスは2006年、西武バスが撤退した日高-飯能の赤字路線バス事業を引き継いだ。谷島賢社長は再建策を練る前に、まず問題がどこにあるか突き止めることにした。
赤字事業では、問題の所在がわかっているようで実はよくわかっていないことが多い。社長自ら路線バスに乗って状況を観察し、地元大学の協力を得て地域住民の全戸アンケートを実施するなど、路線バス事業の問題を利用者の立場に立って徹底的に「見える化」しようとした。住民からは700通もの回答が寄せられ、そこには、次のような不満や要望が記載されていた。
「駅での電車への乗り換え時間がぎりぎりなので、乗り換え時間に余裕があるようにダイヤを組んでほしい」
「50分も遅れて到着した上、運転手からはなんの謝罪もなかった。もう二度と利用しません」
バスの運行は道路事情にもよるので、どうしても電車に比べ、ダイヤ通りに運行しづらい。時間通り運行しなくても、「バスだから仕方ない」と利用者もバス会社も諦めがちだ。路線バスとはそういうものだという「常識」がそこにある。路線バスに限らず、仕方ないと放置されている「常識」は実に多い。しかし、そうした「業界の常識」を放置せず、非常識に挑戦しようと知恵を絞ると道が開けてくる。
さて、住民アンケートからは、さらに深刻な問題が浮かび上がってきた。「住民の2割が5年後に定年退職してバスを利用しなくなる」というものであった。確実に顧客が減るのだ。
谷島社長は調査結果を真摯に受け止め、「路線バスの常識」に正面から取り組むことにした。さらに問題を明確にするべく、必要なデータを収集して、バスの運行状況を「見える化」しようとしたのである。
大切なのはデータ収集の基本方針
やみくもにデータを収集しても、問題の発見にはつながらない。イーグルバスで注目に値するのは、バスの運行情報の収集に関する3つの基本方針だ。
1つ目の方針は、バス停ごと、そしてバス停間の最小区間ごとの乗客数を正確に把握しようとした点である。問題の所在を明確にするには、データ収集の精度を上げていくことだ。顕微鏡で観察する場合、倍率の低いレンズでぼやっとした観察をしても、観察対象もぼやっとしかわからない。しかし、倍率を上げて精度を高めると、観察対象がクリアになってくる。データ収集も、まったく同じだ。路線全体を見ても、問題の所在はぼんやりとしかわからない。バス停ごと、個々のバス停間の乗降客に関するデータまで収集することで、問題の所在が明確になってくるのである。
2つ目は、バス停ごとに、ダイヤと実際の運行時間との差を秒単位で正確に情報収集しようとした点だ。ここでも、時間軸という観点からデータ収集の精度を上げることを考えている。これこそ、業界の常識に挑戦し、利用者の立場に立った情報収集といえよう。利用者からすれば、実際に自分が利用するバス停で、バスの到着ができる限り運行ダイヤ通りであってほしいと思うのは当然だからだ。
3つ目は、こうした情報収集を短期間に限定するのではなく、継続的に実施することとした点である。すなわち、サンプリング調査ではなく、全数調査を実施し、しかも継続していくこととしたのである。
いかにデータを収集するか
この基本方針を実現するため、イーグルバスが具体的に採用したデータ収集の手法は次の2点であった。
(1)バスの乗降口に乗降センサを設置して、乗客数を正確に測定する
(2)バスにGPSセンサを設置して、バスの位置と時間を正確に測定する
こう書かれると、一見なんでもない方法のようにみえるが、実はこの解決案はなかなか出てこない。たいてい出てくるアイデアは、バスの運転手に数えさせるなど、現場に負担を強いる方法だ。データを収集する期間も一週間程度に限定し、一部のバスだけでデータを収集するなど、いかにも中途半端な案が出てくる。
SuicaなどICカードを使うアイデアも出るが、これではSuicaを利用しない乗客のデータが抜けてしまう。また、正確な位置情報を収集できない。そもそも、Suicaのデータを他社が保有していれば、それを入手するのは難しい。イーグルバスは、自分自身でデータを収集し、それも継続的かつ自動的に収集することとしたのである。
そのために、その時点で利用可能な技術を上手に活用している。データ収集は、何も最先端の技術である必要はない。身近に普及している技術を利用するほうがコストもかからない。乗降センサやGPSセンサを使うという情報収集方法は、現場に負担を強いることなく、コストをそれほどかけずに、精度の高い情報を正確に長期間にわたって無理なく収集できる優れた方法といえる。
まさにスモールデータを活用する秘訣がそこに凝縮されている。簡単なようで思いつかない。簡単だからこそ継続できる。簡単だけれども、大きな違いを生むのである。
では、こうしたデータ収集をイーグルバスはどのように活用し、再建に生かしていったのであろうか。データを収集しても、きちんと活用しなければなんの意味もない。
次回、イーグルバスのデータ活用方法を紹介しよう。皆さんも、自分なりにどのように活用するか考えてみてほしい。
(文=宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営専攻>教授)