これらの銀行による「印鑑レス化」の流れは不動産業界などにも広がっているが、サイン署名に移行してもメリットを感じづらいことも印鑑レスが進まない理由だと、松浦氏は指摘する。
「『印章は楽』という感覚がある限りは、なかなかサインに移行しないのではないでしょうか。サインのメリットは、わざわざ物理的にハンコを持たなくてもいいぐらいだと思われがちです。『先々の便利』を意識しないと、移行は難しいかもしれません」(同)
将来はDNA認証が主流に?
世界的に見るとデジタルサインが一般的となり、日本でも少なからず導入している企業がある。デジタルサインには「ハンコを持たなくていい」以外のメリットがあり、押印のデメリットも解消されるという。
「押印が早いと感じるのは、文書を見ないで押すからです。実際に文書を精査せずに決裁して、国家的に問題になったことがあったばかり。また、宅配便などが自宅に届いた場合、本人以外の押印でも受け取ることができてしまいます。そのような問題を防ぐためにも、承認までのプロセスを含め、デジタルで記録を残すことが必要なのです」(同)
契約書には、法律で保存年限が定められているものがある。紙による契約書であれば、事業が続くにつれて膨大な量となり、保存場所を確保するのも一苦労だ。サインが主流になり、デジタルサイン化が進めば、そうした問題も解決されるかもしれない。
「紙による物理保管の管理コストを考えれば、電子によるデータ保全のほうが管理コストは低く、便利なはずです。また、倉庫などからわざわざ持ってくる必要もなくなります」(同)
「印鑑レス化」が進めば、手続きのプロセスの保存や可視化がなされ、ペーパーレスによる効率化も進むという。
「印鑑が意思表示の証拠として強固に信じられ、『その場の楽』という意識はなかなか変わらないと思います。とはいえ、人は便利なほうに流れるので、徐々に印章はなくなっていくでしょう。本人確認の『その場の楽』を突き詰めていけば、将来的にはDNA認証などになり、印章文化は趣味や工芸品として残っていくと思います」(同)
「働き方改革」が叫ばれる昨今だが、変化を嫌う日本人は印鑑という小さなことすら、なかなか改革できないようだ。
(文=沼澤典史/清談社)