米投資会社サーベラスは保有する西武HDの発行済み株式の15%を銀行に担保として差し出したことを、関東財務局に提出した大量保有の変更報告書で明らかにした。サーベラスは西武HD株式の約35%を保有していた。西武HDが2014年4月、東証に再上場したことに伴い、株式を売却して資金の回収を始めた。14年9月、保有株を借り入れに利用するために銀行へ担保に入れた。15年5月に同社株式全体の約10%を売却し、保有比率は35%から25%に低下。近い将来、持ち株をすべて売却して西武HDから撤退することになる。
サーベラスに代わって、みずほフィナンシャルグループ(FG)傘下のみずほ銀行など4社が大株主として登場した。みずほ銀行、みずほ信託銀行、みずほ証券、みずほ投信顧問の4社が合計で発行済み株式の5.12%を保有したことが大量保有報告書で判明した。サーベラス撤退後に向けて、みずほが全面に出てきた。西武HD創業家の堤義明氏と、後藤高志社長、そして、みずほの関係がどうなるのかに注目が集まる。
西武のこれまでとこれから
西武HDの前身の西武鉄道は、証券取引法違反事件により04年12月に上場廃止処分となった。その西武鉄道の経営再建を主導したのが、なぜサーベラスだったのか。みずほFGはみずほコーポレート銀行副頭取の後藤氏を西武鉄道社長に送り込み、再建をリードするつもりだった。ところが後藤氏はサーベラスに出資を仰ぎ、自主再建の道を選んだ。そのため、みずほFGは西武HD再上場の際にキャピタルゲインを得ることができなかった。
当時から、堤氏と後藤氏との密約説が取り沙汰されてきた。「再建後に経営権を堤家に戻す」というシナリオだと噂された。堤一族の関係者である広岡友紀氏の近著『「西武」堤一族支配の崩壊 真実はこうだった!』(さくら舎)は、密約説に真実味があるとしている。みずほFGは堤氏を排除することを基本としていたが、後藤氏に別の考えがあったというのだ。広岡氏は本書内でこう指摘する。
「彼(後藤氏)が方針転換を決めたのは、西武鉄道入りをしてからではなかったか。そこで真実味を帯びてくるのが、堤義明との『密約』説だ。事実、当初の堤排除案がしだいに影をひそめ、まったく別のスキームでまとまっていく」
堤家の資産管理会社コクドは、NWコーポレーションという商号で温存された。サーベラスが撤退した後、NWが西武HDの発行済み株式の14.95%(15年3月末現在)を保有する筆頭株主になる可能性がある。サーベラスは、買収した国際興業から手を引く際には、経営権を創業家の小佐野家に戻している。西武HDでも同じパターンが踏襲されるのだろうか。その場合、高齢となった堤氏の身内に事業を任せられる後継者がいないことが難点となる。
西武HDの15年4~6月期連結決算における純利益は、前年同期比53.4%増の99億円。4~6月期としては過去最高を更新した。売上高は2.8%増の1190億円、営業利益は29.2%増の162億円だった。訪日外国人の利用が増え、ホテル・レジャー事業が業績を牽引した。同事業の売上高は17億円増の426億円、営業利益は2.6倍の24億円と大幅な増益となった。ホテルの稼働率は72%と6ポイント上がり、室料も11%上がった。4~6月期は会社の想定を上回るペースで推移したが、16年3月期(通期)の全体の純利益は前期比6.7%減の325億円と、当初の減益予想を据え置き慎重な姿勢を示した。
東京スカイツリーブームが一巡
「ふしぎな、ふしぎな池袋、東は西武で、西、東武」。かつて大ヒットした、ある家電量販店のCMソングだ。歌が指摘する通り、池袋駅は東口側に西武鉄道、西口側に東武鉄道の始発ターミナル駅やデパートがある。
その東武鉄道の業績はどうか。15年4~6月期連結決算の売上高は前期同期比0.9%減の1432億円、純利益は30.3%減の75億円だった。同社が運営する東京の新名所「東京スカイツリー」のブームが一巡し、来場者が120万人と15%減ったことが響いた。16年3月期(通期)のスカイツリー来場者は3200万人を予想。前期の3453万人から250万人以上減ると想定している。純利益は前期比20.7%減の243億円の減益の見通しを据え置いた。
東武鉄道は本業である鉄道事業に力を入れる。15年4~6月(第1四半期)連結決算の営業利益は、161億円と前年同期比18.3%の増益となった。日光東照宮というもうひとつのドル箱が寄与した。
第1四半期の運輸事業の営業収益(売上高に相当)は3.4%増の545億円、営業利益は107億円で30.6%の大幅増益となった。輸送客数が特に増えたのが、都心と東照宮がある栃木県日光市を結ぶ特急スペーシアだ。徳川家康の没後400年を迎えた「日光東照宮四百年式年大祭」を記念して運行した特急スペーシアの特別塗装列車「日光詣スペーシア」が、大人気となった。訪日観光客の増加も追い風だ。
この列車は東京スカイツリーから日光・鬼怒川地区へ旅行客を呼び寄せる目的で4月18日にデビューした。外観は金色、窓枠帯は黒色、ラインカラーが朱色。車体側面に日光詣のエンブレムを施した。東武線のみの運行だったが、JR新宿駅への直通運転が実現し、7月18日からJR新宿駅始発で運行を始めた。JR新宿駅を起点にJR線内の池袋、浦和、大宮の各駅に停車した後、東武線に入り鬼怒川温泉駅に向かう。
東武鉄道が通る観光地といえば、日光東照宮と鬼怒川温泉が2枚看板である。
株価で明暗
関東の私鉄のなかで、東武鉄道が最長の路線を誇る。鉄道輸送人員では東京メトロ、東急電鉄に次いで第3位。売上高では東急電鉄に次いで第2位だ。ところが、9月2日の終値を基準とした時価総額は、西武鉄道を傘下に収める西武HDが8939億円なのに対して、東武鉄道は5539億円。大差がついている。
明暗を分けた理由は、東武鉄道が鉄道会社としての評価なのに対して、西武HDは日本一の不動産会社だからである。西武HDが保有する都内23区内の土地は約46万平方メートル。三菱地所の約33万平方メートル、住友不動産の約31万平方メートル、三井不動産の約25万平方メートルと比べても突出している。都心に広大な不動産をもつ土地持ち企業なのである。
西武HDは「サーベラス後」に備えて、都内の一等地の再開発に着手した。16年3月期から18年3月期までの3年間の設備投資額は3300億円。それ以前の3年間の実績に比べて8割増やす。東京ガーデンテラスは赤坂の旧グランドプリンスホテル赤坂の跡地を再開発し、16年夏に開業する。
池袋の西武鉄道旧本社ビルを建て替える。リニア中央新幹線の開業をにらんだ品川駅周辺の再開発も進める。西武HDは不動産会社が鉄道やホテルを兼営しているというのが投資家の見立てなのだ。莫大な土地を活用して収益をあげることを期待され、西武HD株式が買われている。
西武HDの業種区分は陸運業だが、不動産業のほうが相応しいといえそうだ。
(文=編集部)