放送倫理を揺るがす大問題に発展しつつある。TOKYO MXで昨年1~3月に計12回放送されたバラエティ番組『欲望の塊』に批判が殺到している。番組は、出演者らがお金を出し合って賞品の高級車ランボルギーニの争奪ゲームをするという内容だった。放送倫理的にもグレーゾーンだったことに加えて、ゲーム優勝者は番組放送から約1年経過しても賞品をもらえないという前代未聞の様相を呈している。TOKYO MXは21日、公式サイトに謝罪文を掲載し、放送責任が自社にあることを認めた。
出演者に「広告費」を請求し、担当者が音信不通
番組では、極楽とんぼの山本圭壱らが司会を務め、歌舞伎町(東京都新宿区)の現役ホスト16人がドッジボールやカラオケなどさまざまなゲームで勝敗を競い、最終的にRさん(31)が優勝した。賞品は2000万円相当の高級車ランボルギーニとされていた。
Rさんは今年15日、Twitterに1年経過しても商品がもらえないこと、しかも出演したホストが「広告宣伝費名目」で各自146万円(税抜)を番組制作会社の「P-Style」(東京都新宿区)から請求されていたことを明らかにした。当サイトではこの請求書の現物を確認したところ、振込先がP社ではなく別の会社名義になっていた。しかも支払い後、同社の担当者とは音信不通の状況が続いているというのだ。Rさんは次のように訴えている。
「何かと言い訳をつけてランボルギーニの実物すら見せてもらえない。ホスト20名弱で実際にみんな全力でがんばりました。僕だけじゃなくがんばった皆も報われません。テレビでこんな詐欺まがいな事許されるんでしょうか? 皆から集めた2000万円近くはどこに消えたのか。すごく悲しいです」
TOKYO MX「責任は当社にある」
一方、TOKYO MXは21日、公式HPに次のような謝罪文を掲載した。
「2019年1月~3月の深夜(毎週火曜27時10分~27時40分)に当社で放送しました番組『欲望の塊』をめぐり、優勝賞品の出演者への受け渡し、タレントへの出演料及び制作会社への制作費の支払いが番組を企画した会社からなされていないことを当社調査において確認いたしました。
本番組は、外部からの企画持ち込み及び制作により放送したもので、当社が制作著作権を保有しない番組でありますが、放送責任は当社にあると考えております。
一連の報道で指摘されている出演料(宣伝費)とされる150万円については、当社は把握しておらず、番組内における表記もありませんでした。
従いまして、当社では代理店の会社登記確認と番組内容について台本と納品された完成品(完パケ)の考査などを実施し、放送に至った経緯にあります。しかしながら、制作過程のチェックや優勝賞品の受け渡しが完了したのかを確認するべきだったと反省しております。
また、放送終了後の昨年4月以降、代理店から優勝賞品に関するトラブルがあるとの連絡は当社になく、今回の事態を把握出来ておりませんでした。
番組冒頭で紹介された優勝賞品である高級外車は、当社の調査の結果、所有権が番組企画会社に移転されていないことが判明しましたが、番組企画会社へ事実確認するも、現在、連絡が取れない状況にあります。
当社といたしましては、放送局の責任として今回の事態を重大な問題と認識しており、引き続き事実確認の調査を進め、番組企画会社と関係当事者との間の解決に向け努力してまいります。合わせて再発防止のための管理体制の強化について検討を進めてまいります。
出演者の皆様、関係者の皆様を始め、視聴者の皆様には、ご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます」
TOKYO MXのトラブルについてテレビ局関係者は次のように話す。
「企業や個人が広告のために金を出すかたちの番組企画を、テレビ制作会社などが地方局に持ち込み、実際に制作・放送されるケースはよくあります。今回は出演したホストたちが“営業”の目的でお金を出し合ったのだと思われますが、スポンサーとなる企業や個人としては、低いコストで宣伝できるというメリットがあり、地方局側も安いコストで編成の枠を埋められるというメリットがあります。
視聴者には宣伝目的の番組だということを知らさないので、放送倫理的に問題があるとして、キー局は基本的にはこういうことはしません。今回の件の制作会社は、最初からカネをバックレる算段で、ランボルギーニも購入などしていないのではないでしょうか」
今回の件で気になるのは、こうした制作会社の手法が刑法の詐欺罪にあたるのかという点と、こうした番組を放送することは放送法や放送倫理的に問題はないのかという点だ。法律的な見解を山岸純法律事務所の山岸純弁護士に聞いた。
山岸純弁護士の見解
この問題は、刑法上の「詐欺罪」の成否、放送法上の「広告規制」の問題をはらみます。
まず、 刑法上の「詐欺罪」の成否についてですが、制作会社の人間に「最初からだますつもり」があったかどうかを立証することは、人の頭の中を覗くことができない以上不可能なので、「どういうつもりでホストを募集したのか」という観点から紐解いていく必要があります。
ここで、「146万円を払えばテレビに出演できる」という“うたい文句”でホストを集めて番組を制作していたのであれば、ホストにとって実際に「146万円を払ってテレビに出演できた」以上、どこにも「騙された」ということはありません。
では、「 146万円を払えばテレビに出演できるし、さらに番組内のゲームで優勝すればランボルギーニがもらえる」という“うたい文句”でホストを集めていた場合ですが、この場合、「ランボルギーニ」は言わば「おとり」です。ここで、ホストが「優勝してもランボルギーニがもらえないことを最初から知っていたなら 146万円を払ってまでテレビに出演することはなかった」というのであれば、「騙された」ということになります。
もっとも、ゲームで優勝できるかどうかはやってみないとわからないわけですから、「もらえないとわかっていたら払わなかった」ということをホストが確実に認識していたと言い切ることはなかなか難しいでしょう。
つまり、優勝できなかったなら、どっちにしてももらえなかったわけですから、「優勝できた場合は詐欺罪が成立し、優勝できなかったら成立しない」という不確定要素で犯罪の成立が変わってしまうというおかしなことになるからです。
また、「146万円を払ってテレビに出演できて、うまく自分を宣伝できたのでそれで十分」という考えのホストもいるかもしれません。
このように考えてくると、「ランボルギーニがもらえること」が「146万円を払う動機」となったのか、「テレビに出演できること」が「146万円を払う動機」となったかが詐欺罪の成否を分けることになるでしょう。
要するに、ホストは何を求めていたのか、ということです。
ちなみに、最近、興味深い事件がありました。いわゆるクレーンゲームで景品をとれないように設定していたゲームセンターの経営者が詐欺罪で起訴され懲役3年執行猶予4年の判決が言い渡された事件です。この事件では、「絶対に景品を取れない細工がしてあった」ことが立証されたため有罪となりました。
この事件では、「景品をとること」がクレーンゲームの唯一の目的なわけですから(お金を払って景品がとれなくてもその時間が楽しければよい、などという人はいないでしょう)詐欺罪が成立するわけです。前述のように、「ランボルギーニがもらえること」だけが唯一の目的ではなかったのであれば、詐欺罪の成立はなかなか難しいでしょう。
次に、「放送法12条」の問題を検討します。
放送法12条は「放送事業者は、対価を得て広告放送を行う場合には、その放送を受信する者がその放送が広告放送であることを明らかに識別することができるようにしなければならない」と定めています。
この趣旨は、本当は「商品やサービスの広告」なのに、有名な俳優がこれ見よがしに「ある商品」を使う短編ドラマをつくったり、出演者が「あるサービス」をほめちぎったりするようなバラエティ番組や報道番組なんかがつくられたりすると、視聴者は「今、世間ではこの商品・サービスが注目されているんだ」と勘違いしてしまうので、「この映像は、広告主にお金を払ってもらって、その商品・サービスを紹介しているだけの広告ですよ」と明らかにしなければならないというところにあります。
今回、視聴者は「テレビに出演するくらいだから、きっと有名なホストなんだろう」と思います。
しかし実際は「146万円を払ってテレビに出演した」のであり、そのための番組だったわけですから、この番組は「広告放送」です。放送法では12条に違反した場合の刑罰はありませんが、放送倫理・番組向上機構(BPO)の審査対象になる内容です。
しっかりと真相を究明してほしいところです。
(文=編集部、協力=山岸純/山岸純法律事務所・弁護士)