東京・池袋のサンシャイン水族館は、その好立地も手伝って多くの人が訪れる。家族連れやカップルで賑わう同館に、4月にミズクラゲの巨大水槽が新たにお目見えする。これまでの水族館といえば、見たこともない世界の魚が雄大に泳ぐ様を見るのが主流だった。そのために水槽の大型化が競うように進んできた。また、従来では飼育が難しいとされてきたジンベエザメやマグロといった海洋生物を展示することで人気を博した水族館もある。最近では、アシカショーやイルカショー、ペンギンパレードなどを積極的に実施して集客を図る水族館も目立っている。
そうした水族館の潮流に変化が起きている。山形県鶴岡市の加茂水族館が始めたクラゲ展示という手法が、水族館ファンのみならず広い層から人気を集めているのだ。クラゲは脳がない生き物のため、自分の意思を持たない。食べることや泳ぐことも自分の意思ではなく、条件反射によるものとされている。ただ海に漂う生物とみなされ、これまでクラゲを展示しても来場者から「面白味に欠ける」とされて、水族館では主役になれなかった。
しかし、現代社会はストレス過多。クラゲのただただ海をたゆたう姿に癒しを求めるファンは増加傾向にあり、クラゲの飼育・展示では世界一と定評のある加茂水族館の人気が急上昇しつつあるのだ。メディアでも加茂水族館が取り上げられるようになると、ほかの水族館がこぞってクラゲ展示を始めるようになる。そしてクラゲの魅力に触れた来場者が、今度は加茂水族館へと足を向けるという流れができているのだ。ある動物園関係者は話す。
「東京の上野動物園のような誰もが知っている動物園は例外として、一般的に動物園は目玉になるような動物がいないと来場者は増やせません。しかし、最近は飼育のノウハウが共有されていることもあり、飼育する動物で差別化を図るのは難しい時代です。動物園よりも差別化が難しいのが水族館です。ペンギンやアシカ、シロクマレベルなら一般人でも見分けができますが、ヒラメとカレイの見分けができる通は少ない。インド洋や北極海の珍しい魚を展示しても特に珍しいと感じられないので、水族館関係者たちはどんな魚を展示したらいいのか常に悩んでいるようです」
内陸地にも水族館が続々
差別化の難しい水族館だが、加茂水族館はクラゲで差別化を図って成功した。それまで集客策を打ち出しづらかった水族館だが、2010年代に入ると技術革新も進んだことで内陸地でも水族館を運営できるようになった。そうした技術革新の波に乗り、2012年には東京都墨田区のスカイツリータウン内にすみだ水族館が、京都市の梅小路公園内には京都水族館がオープン。水族館新時代の幕開けとなった。
それらの特徴は交通至便の地にあり、しかも水族館の周辺にはレジャースポットがたくさん立地している点にある。水族館を単体で楽しむのではなく、遊園地やショッピングモールなどを総合的に楽しむ。いわば、テーマパークの一区画として位置付けられていることになる。
しかし、水族館新時代ブームは長く続かなかった。前述したように、水族館は差別化が難しく、そのためにリピーターがつきにくい。新しい魚を展示して話題をつくるには、水槽ごと取り替える必要もある。水槽を取り替えるには濾過装置や排水管なども取り替える必要も生じ、大規模な改修を余儀なくされる。そのため、新しい魚を入れることは難しく、一度足を運んだ水族館に二度、三度と足を運ぶリピーターは動物園に比べるとはるかに少ない。
2010年頃から起きた水族館新時代ブームが沈静化し、再び水族館業界に閉塞した空気が蔓延するなか、前述したクラゲが救世主として登場した。ある水族館関係者はこう話す。
「世界最大のクラゲ展示で知られる加茂水族館は、経営不振に陥りながらもクラゲで復活しました。そして、いまや押しも押されぬ国内有数の水族館として知られます。クラゲは飼育も展示も難しかったのですが、加茂水族館によって飼育・展示の方法が確立されて、いまや水族館はクラゲを目玉にするようになっています。まさに、水族館界のアイドルです」
冒頭で触れたサンシャイン水族館がクラゲ水槽「海月空感」を新設する背景には、トレンドが凝縮されているといっていい。同館の広報担当者はいう。
「現在も4つのクラゲ水槽があり、そのひとつはクラゲのトンネルとして人気を博しています。4月に新設される水槽は横幅14メートルの国内最大級で、たくさんのミズクラゲが浮遊する姿を見ることができるようになっています。ストレスの多い都会生活ではクラゲに癒しを求める人も多いので、人気のスポットになると確信しています」
2010年代のブーム以降、長らく水族館は不遇をかこってきた。救世主・クラゲの登場で再びブームの到来が予想されている。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)