素材も商品も来ない…新型肺炎で日本ファッション産業が危機、サプライチェーン分断
新型ウイルス肺炎が世界に拡大 武漢市の施設を病院に改造(写真:新華社/アフロ)
1.ファッション産業のグローバル構造
国内ファッション産業の製品数輸入率はすでに97%を超え、国内生産比率は3%を切っており(2019年時点)、まさに国内生産の在続が危ぶまれている。1990年には国産比率は52.6%であり、成長なき30年がもたらした悲しい現実が横たわっている。
この30年間に中国のコストアップが続き、中国での生産集中リスクが声高に叫ばれて、アジアの他国へ生産拠点の移転が進められた。いわゆる「チャイナ+1(チャイナプラスワン)」だが、中国からの輸入比率は現在も62.3%に上る。中国ではアパレル製造に必要な糸、生地などの素材関連、付属類が最適に供給されるため、サプライチェーンの起点となっているのだ。
生産拠点が中国から他国に移転しても、そこに原材料を供給するのは中国である。中国に続く衣料輸出世界第2位のバングラデシュも、労働力は豊富だが、原材料供給は中国に頼る部分が大きい。
ファッション産業では、糸や生地の素材を提供する企業を「川上」、それらを製品に完成させるメーカーを「川中」、製品をインターネットや店頭で消費者に販売する小売企業を「川下」と表現する。今回は、各段階が新型肺炎によって受ける悪影響を検証していく。
2.春物実需期の2~3月に重なるアパレル企業決算期
「川下」である小売企業にとって、1月のセールが終わり2月は春物の立ち上がり時期である。続く3月は4月からの新年度を前に実需要月を迎え、この期間の売上は年間のうちで大きな比率を占める。
中国では長期休暇である旧正月の前に出荷された商品が店頭にすでに投入され、例年では旧正月明けに春物が一気に日本に出荷され、店頭を飾る時期である。新型肺炎流行は、中国国内だけでなく日本との物流網も断ち切り、大きな悪影響が出ている。
日本航空と全日空は3月28日まで中国本土への一部路線を運休・減便すると発表した。中国就航の各国際便は、世界保健機関(WHO)が1月30日に緊急事態宣言を発表する前と比較すると67%減となり、乗客だけでなく貨物の輸送能力も当然大きく減る。そのため国際郵便物も中国向けは大幅な遅れが発生している。また船便も欠航が相次いでいる。
こうした状況を受け、商品不足だけでなく、店舗で使用する紙袋など中国製備品の品切れも一部ではすでに発生している。新型肺炎流行収束の見通しがつかない現在では、中国に駐在員を置くフォワーダー(国際物流事業者)からの情報も日々変化しており、平常化の見通しはみえない。春物商戦での不安が膨らみ、大手アパレル各社の決算期も2月、3月が多いのも気になる。
3.「インターテキスタイル上海」の延期
「川上」の素材・生地産業界において世界最大規模のテキスタイル展示会「インターテキスタイル上海アパレルファブリックス」と、同時開催の「中国国際服装服飾博覧会」などが3月11日から開催予定だったが、延期が決定した。参加企業は23カ国から3,273社、来場者数は110カ国から9万4,661人(昨年度実績)に上る、ファッション産業関係者が世界中から集まる展示会だが、今回の延期は実質中止と受け止められている。
例年、このインテキ上海でアパレル各社は来期用の素材をメーカーに発注する。日本からの中小企業の出展も多く、生産計画や売上計画に大きな障害が発生する。ファッション産業は季節性が強く、年間の開発から販売終了までのスケジュールが出来上がっている。3月に生地の手配ができなければ、秋冬物のスタートが遅れる可能性が高くなる。春夏物だけでなく秋冬物にも納期に対する不安が広がる可能性がある。ましてや新しい素材手配や新商品の開発計画にも大きな問題が発生する。この波紋は当然、「川中」へと続いていく。
4.中国縫製工場の問題
「川中」と呼ぶ製造過程においては、原材料の供給不足が起こっている。アパレル商品はボタンひとつ足りなくても完成品とはならない。生地だけ、付属品だけでも、もちろん不可能である。さらに中国特有の出稼ぎ問題が存在する。沿岸部都市にある大型工場では、内陸地の地方都市から来た若い労働者を、工場に併設した寮に住み込ませているのが通常である。同じ村の出身者で部屋をシェアして暮らす。大きな楽しみは旧正月の長期休暇に家族が暮らす故郷へ帰る日である。民族大移動と呼ばれるのは、この一因も大きい。
今回は新型肺炎の流行がこの時期に重なったことが、湾岸部都市の工場への帰還を妨げており、労働者不足が発生している。工場近くに住む労働者も自宅待機を命じられていたり、地方政府から工場稼働再開の許可が下りていないケースもある。縫製工場にとっては複合的な問題が起きている、中国国内のサプライチェーンが平常化する見通しはまだみえない。
まとめ
大和総研は、感染拡大が長期化すると2020年の日本経済がマイナス成長に陥るとの予測を発表した。中国史をひもとけば、新型肺炎の発生源である武漢は、1911年の清王朝最後の皇帝を退位に追い込み、王朝を滅亡させた辛亥革命が始まった都市である。歴史とは時に皮肉な想像を持たせるものである。
(文=たかぎこういち/タカギ&アソシエイツ代表、東京モード学園講師)