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日立製作所、全日本企業のお手本に…製造業へのこだわり捨て去り、AI重視で容赦なき選択と集中

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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日立高速鉄道向け新型車両 英サウサンプトンに到着(写真:Splash/アフロ)

 日立製作所が“選択と集中”にひたむきに取り組んでいる。1月31日、同社は主要子会社の日立ハイテクノロジーズ(以下、日立ハイテク)を完全子会社にすると発表した。また、日立が買収資金の調達に向けて2000億円以内の規模で普通社債を発行する方針も示したことは、選択と集中を進める意思の表れといえる。

 同時に、日立の事業環境の不安定性は高まりつつある。中国経済の減速や米中貿易摩擦の先行き不透明感などに加え、中国において新型コロナウイルスによる新型肺炎が発生した。その影響は軽視できないだろう。

 そのなか、日立が成長分野での選択と集中を進めるために資産を売却したことなどから、2020年3月期の第3四半期の決算(累計)は減収減益だった。今後、日立を取り巻く不確定要素は増大する可能性がある。どのようにして日立がさらなる成長を実現しつつ、財務および組織全体の安定感を高めることができるかに注目が集まるだろう。

日立が注力するルマーダ事業

 近年、日立は今後の世界経済の成長をけん引する主な要因の一つとして注目を集めるAIを用いた事業で競争力を高めようとしてきた。同社経営陣は、ビッグデータを用いて顧客企業などの経営・事業運営の改善やコンサルティング、産業界や社会インフラ向けのIoT(モノのインターネット化)などを支えるルマーダ事業の強化や新規サービスの創出にコミットしている。

 ルマーダ事業の売上は着実に増加している。現時点で、AIへの選択と集中を進める日立の事業戦略は相応の成果を上げていると評価できる。重要なことは、経営者が交代しても、AIを用いた事業が一貫して重視され、組織全体の向かうべき方向性が明確になっていることだろう。

 日立が事業ポートフォリオを再構築し、ルマーダ事業への選択と集中に取り組んでいる背景には、大胆な発想の転換があるといえる。それは、すでにあるモノをつくり続けるという意味での製造業を続けることで長期の存続を目指すことは難しいという危機感の表れといってよい。

 日立は発電や家電など、特定の機能が確立されたハード(モノ)をつくることを本業に据えてきた。しかし、2008年9月のリーマンショックの発生によって、同社は7800億円を超える最終赤字に陥った。これは、同社経営陣に過去の延長線上の発想では長期の存続を目指すことは難しいとの危機感を与えただろう。

 同時に、日立はITや家電などの分野における新興国企業の台頭にも直面した。その一つとして、中国の競争力向上は目覚ましい。中国政府は補助金を企業に支給している。また、中国政府は民間企業の国有化にも踏み切り、党の意向に沿った経済の運営体制を強化している。

 そうした取り組みを進めつつ、中国はAIの活用を重視している。その活用範囲は、監視カメラから工場の自動化、フィンテックなど幅広い。同時に、米国でもAIを用いたビッグデータの分析による需要創出が重視されている。その背景には、AIを活用してデータを分析することで、これまでには知られていなかった人々の行動様式が把握され、新しい事業の育成などにつながるといった期待がある。

日立が示す選択と集中への決意

 日立の現経営陣は、AI分野での成長の実現にコミットし、選択と集中を加速させている。そのなかで、日立の主要子会社である日立ハイテクの完全子会社化が決められたことは、非常に興味深い。

 日立ハイテクは、遺伝子解析など医療向けの分析装置を中心に事業を展開している。新薬の開発などに伴い、医療分野における人工知能の重要性は高まるはずだ。すでに先天性の心疾患の診断に関しては、医師よりもAIのほうがより精度の高い判断を下すことができるとの研究も報告されている。日立にとって、日立ハイテクの持つ分析ソリューションをルマーダに統合することは、AIを用いたソリューションなどのビジネスのすそ野を拡大することにつながるだろう。

 それだけではない。日立は、日立ハイテクを完全子会社とすることによって、より迅速に意思決定を組織全体に反映することができる。それは、環境の変化に適応しつつ、より効率的に収益の獲得を目指すために欠かせない。日立ハイテクの完全子会社化は、日立が選択と集中に磨きをかけ、ルマーダ事業の競争力向上に取り組むという決意の表れといっても過言ではないだろう。

 加えて、1月31日に日立が2000億円以内の社債発行を発表したことも興味深い。日立は社債発行によって「成長に向けた投融資資金」を調達するとしている。つまり、今後も日立はスタートアップ企業などへの出資や、成長が見込まれる分野での資産の取得を進め、先端分野での競争力の向上に取り組むとみられる。

 このように考えると、日立の選択と集中は道半ばとみるべきだろう。市場参加者の一部には、日立ハイテクの完全子会社化によって日立の主要子会社の再編には一応のめどがついた、あるいは総仕上げに近いといった見方がある。

 ただ、今後の買収などによって、日立の事業ポートフォリオが大きく変わる可能性は軽視すべきではない。買収などに伴い、日立がさらなる資産の売却などに取り組む展開もあり得る。AIの普及などとともに世界経済の変化のスピードが加速化しているだけに、日立の事業構造はダイナミックに変化する可能性がある。

日立に求められるリスクへの対応力

 企業の目標は、持続的な成長を実現し、長期の存続を目指すことにある。そう考えると、日立の経営トップが組織全体の進むべき分野を明確に定め、選択と集中を進めていることは重要だ。そうした企業の増加こそが、経済の活性化には欠かせない。

 同時に、企業が成長を実現するためには、リスクへの対応も強化されなければならない。現在、世界経済を取り巻く不確定要素は増大傾向にあると考えられる。中国経済は減速基調にある。さらに、新型肺炎の感染拡大によって、中国では個人の消費や企業の生産・投資などが鈍化する恐れがある。世界経済が米国の個人消費に支えられてなんとか落ち着いている状況にあることを考えると、先行きは楽観できない。

 そのなか、日立の業績は不安定化している。資産の売却などによって、売上高は減少している。また、主要子会社である日立金属の減損計上は、減益の一因となった。日立全体としてみた場合、攻め(成長分野での競争力向上など)と守り(原価の削減や財務内容の改善など)を同時に進めることの重要性は一段と増していると考えられる。

 すでに、日立は三菱日立パワーシステムズの株式を三菱重工に譲渡し、南アフリカ事業での費用負担に関しても和解した。この姿勢は、同社のリスク対応力を考える上で重要だ。日立はルマーダの収益力強化を最優先し、他の事業でのリスクは事業環境が落ち着いている間に早期に対処することを重視しているといえる。同社がその行動様式を徹底できれば、事業環境が不安定化するなかでも、選択と集中を進めつつ、ソフトウェアの開発やソリューションビジネスなどの成長を目指すことは可能だろう。

 同時に、景気の不安定感が高まるなかでの事業構造の見直しなどは、組織を構成する人々を不安にさせる可能性がある。状況によっては、組織全体の士気が低下し、改革が停滞することもあり得る。それを防ぐには、経営陣が従業員に成長への明確な戦略を提示し、組織全体を一つに束ねることが欠かせない。世界経済の先行き不透明感が高まる中、日立がルマーダ事業での収益を積み上げつつ、医療などを中心にさらなる成長事業を獲得できるかに注目が集まるだろう。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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