昨年7月に設立が発表された沖縄初のプロ野球チーム「琉球ブルーオーシャンズ」。今年1月下旬から約1カ月にわたって、沖縄県八重瀬町にある東風平(こちんだ)運動公園野球場にて春季キャンプを張り、2月14日の会見では新たに元東京ヤクルトスワローズの村中恭兵投手の入団を発表。同時に、元メジャーリーガーの新庄剛志にオファーを出す可能性を示唆した。
多くの話題を提供しているが、ブルーオーシャンズはプロ野球チームといっても読売ジャイアンツ(巨人)や阪神タイガースのいるNPB(日本野球機構)に参戦するわけではない。また、四国アイランドリーグplusやルートインBCリーグなどの独立リーグに所属するわけでもない。
設立の目的は、「NPBが16球団へエクスパンション(球団拡張)をした場合に、加盟に名乗りを上げるため」ということだが、今後どんな活動をするのか、具体的にはよくわからない。そんなブルーオーシャンズで社長を務めるのは、かつて横浜DeNAベイスターズで“ハマのエクスプレス”の異名を取った投手、小林太志氏だ。沖縄で球団経営に奔走する同氏に話を聞いた。
沖縄の野球熱と子供たちの能力の高さを目の当たりに
――2014年に引退してから約6年。なぜ沖縄のプロ野球チームで球団社長をすることになったのですか。
小林太志氏(以下、小林) 私は引退後にタカラレーベンという不動産企業の経営企画室に勤めていたのですが、当時の上司の北川(智哉氏、現在はブルーオーシャンズの運営会社であるBASEの代表取締役)が、球団を経営したいと話しており、私自身も元プロ野球選手ですし、野球界に何か恩返しがしたい気持ちがあったので、「それじゃ一緒にやろう」と声をかけてもらったんです。
――スポーツマーケティングをやりたい気持ちはいつから生まれたのでしょうか。
小林 プロ野球選手は引退すると営業職に行く人が多いんですが、私は企業経営にかかわりたい気持ちが漠然とあって、タカラレーベンの経営企画室で働くことにしました。会社自体も将来的にスポーツビジネスをしたいとの方針があり、私もそのなかでスポーツマーケティングを勉強するうちに気持ちが生まれました。
――やはり、こちらのほうが自分に向いていると感じますか。
小林 僕自身、社会人野球(JR東日本)を経験していたので、野球をやる環境を整えてもらっているという意識を持ちながら現役時代を過ごしたのも大きいかもしれないですね。
――てっきり、もともと球団をつくる動きがあって、元プロの小林さんに白羽の矢が立ったのかと思ったのですが、そうではないんですね。
小林 はい。沖縄にもプロ球団をつくろうとする動きは過去にあったみたいですが、我々はそれとは別で、完全にゼロから自分たちで球団を立ち上げました。
――なぜ沖縄につくることになったのでしょうか。
小林 現役時代にキャンプで宜野湾に毎年来ていて、沖縄の野球熱のスゴさと子供たちの能力の高さに触れたからですね。でも沖縄の野球人気は高校野球までで、社会人野球チームなどもあるんですが、そこまで盛んではない。エクスパンションという議論は以前からずっとあったので、この地なら我々が何かできることがあるのではないかと思ったんです。
すでにスポンサーは20社以上
――とはいえ、小林さんは直接沖縄に縁があるわけではなく、BASEも東京の企業ということで、なかなか難しそうですね。
小林 そうですね。スポンサーを集めるにあたっても、なぜ私たちがやるのか、ということをしっかりと認められなくてはいけません。そこを地道に説明したり、交流を頻繁に持っていくうちに、最初は少しよそよそしかった対応が少しずつ変わってきたというか。沖縄という地域の特性上、夜の飲み会が結構重要です。そういう席や会合、地域のお祭りなどによく顔を出して、沖縄でやっていくにはどうしたらいいかを地元の方々からアドバイスをもらっていくうちに我々の本気度を少しずつ理解していただけた感じですね。
――今年1月にソフトバンクの王貞治球団会長が16球団構想に前向きな発言をしたのも大いのではないですか。
小林 球界にあれだけ影響力のある人が、そういう発言をしたというのは大きいですよね。あの発言の前と後だと我々に対する世間の受け入れ方も全然違って、営業に行っても感触がすごくよくなりました。
――球団の設立を発表してから約半年。スポンサーはどの程度集まりましたか。
小林 現状で20社以上です。三菱地所さんのようなナショナルクライアントから地元のお土産屋さんまで幅広く応援していただいています。バリエーションが豊かで、会計用のバックボードを見ると結構面白いですよ。これも沖縄の特徴かもしれないですね。
――しかし、球団経営となると、やはりお金がかかると思います。今年は独立リーグのチームやNPBの3軍との練習試合をするそうですが、リーグ戦への参加がないなか、どうやって収益を上げるのかが気になります。
小林 沖縄銀行やエナジックといった地元社会人野球チームと試合をするときは興行と打てますが、確かに1年目は運営的に厳しいことは重々承知していて、当面はスポンサー収益でカバーすることになります。その間に、沖縄や全国からの認知度を高められるかどうかが勝負だと思っています。
NPB参入が目的だから集まるスポンサー
――独立リーグ球団所属の選手は、シーズンオフには給料が支払われず、アルバイトをしなくてはいけないと聞きます。ブルーオーシャンズの給料面はどうなっていますか。
小林 我々は、NPB育成枠の最低保証年俸と同額の240万円はお支払いしています。沖縄で暮らすうえでは、そこまで大変ではない額だと思っています。バイトをせずに野球に打ち込める環境を整えることに非常に価値があると考えているので、そこは徹底しています。
――独立リーグ球団ではできないことを、なぜブルーオーシャンズはできるのでしょうか。
小林 独立リーグですとスポンサーはどうしても地元企業になりがちですが、我々はNPB参入を目指しているので、全国の企業に応援してもらう大義名分が立ちますし、スポンサー額も上がります。だからこそ、球団としての知名度をもっと全国的に上げる必要性があるんです。
――戦力外となった元プロ選手の受け皿になったり、ブルーオーシャンズからNPBのドラフトにかかる選手が出てくれば、一般認知度も上がりそうですね。
小林 あとは選手が地元のイベントに参加させてもらったり、少年野球教室を開催することで沖縄県の方の認知度も上がっていくと思うんです。近年、沖縄でも野球人口が少なくなっているそうなので、そのあたりにも寄与したいと考えています。
――今、沖縄では、プロバスケットBリーグの琉球ゴールデンキングスや、昨年初めてJ2へ昇格したサッカーの琉球FCが盛り上がっていると耳にします。
小林 それは野球にとってマイナスのことではないんですよ。かつて沖縄はスポーツをお金に払って観に行く慣習がありませんでしたが、キングスさんやFC琉球さんがしっかり現地観戦する文化をつくってくださったので、言い方が悪いですが我々もそこに乗っからせてもらえればと思っています。沖縄は年中暖かくてスポーツが盛ん。キングスさん、FC琉球さん以外にも、ハンドボールクラブチームの琉球コラソンさんや、卓球クラブチームの琉球アスティーダさんもあるので、我々ももっと知名度を上げてそこに並べさせてもらって、“スポーツアイランド”として沖縄を一緒に盛り上げたいと考えています。
球団が増えてもパイの奪い合いは起こらない
――沖縄はお金を払ってスポーツ観戦する文化がなかったんですね。高校野球などがすごく盛り上がる印象なので、ちょっと意外です。
小林 どちらかというとテレビ観戦がメインのようですね。沖縄代表の高校が甲子園で試合するときは地元の交通量が極端に減るとか、試合中はお互い会社には電話をしないという暗黙の了解があるといわれています。こういうのは、ほかの地域ではなかなか聞かれないし、それほど地元のチームに愛着を持つ県民性なんです。だから、ブルーオーシャンズもそこまでになれれば、NPB参入の機運は一層盛り上がるのではないかと期待しています。
――現時点では、エクスパンションに向けて具体的な動きはありませんが、もし現実に起こるとしたら、どういったことが参入に向けて一番のハードルになるのでしょうか。よく気候や移動の問題が挙げられることが多いですが、そのあたりはどうお考えですか。
小林 遠征費の問題はありますが、移動に関しては、今は非常に利便性が上がっているので大きな問題にはならないと思います。気候についても、台風の上陸回数は昨今の気候変動もあって本州に直撃する回数とそう変わりません。NPB側が何を懸念しているかといえば、ファンというパイの奪い合い。
――エクスパンションによって既存球団の収益が下がってしまうのでは、とオーナーたちが危惧しているということでしょうか。
小林 私の現役時代は横浜、広島、ヤクルトは全然観客が入っていなかったのが、今はどこも満員です。パ・リーグも同様ですよね。だからといって、(もともと人気球団の)巨人や阪神の観客が減ったとかといえば、そうではありません。ライト層で野球を観に来るファンが拡大しているので、球団を拡張したとしても問題はないはずです。実際、エクスパンションに向けて動いている方を知っていますが、希望的観測とはいえ、良い方向にいっているとの話もあります。
――では、ブルーオーシャンズにとってはNPB参入の最重要課題は資金面でしょうか。
小林 そうですね。あとは沖縄のみなさまにちゃんと愛してもらえる球団になれるかどうか。沖縄はインバウンドで地域経済も活発ですし、人口が出産による純増しているのも全国で沖縄だけです。だから、地元から愛されることで球団は維持できると思ってます。
――「無謀だ」と言われることも多いと思いますが、しっかりと球団を経営できる裏付けがあるということですね。
小林 確かに無謀と言われることもありますが、無謀じゃないということは成功して当たり前という意味です。新しいことをしようとしているからこそ無謀と言われるわけで、そうすると応援してくれる人も多くなります。そういう意味では、無謀と言われることは我々にとってプラスです。無関心が一番ダメですから。しかし、目標達成までは簡単ではないので、もっともっとたくさんの方に応援していただけるとうれしいです。肌感覚的に、まだまだ沖縄の方々に愛されるチームにはなっていないと思います。
――ありがとうございました。
独立リーグよりも、さらに独立している琉球ブルーオーシャンズ。確かにその道のりは険しい。しかし、沖縄滞在中、タクシー移動をしているときに、運転手さんから「沖縄にもプロ野球チームができたんだけど知ってる?ブルーオーシャンズっていうんだ」と、うれしそうに話しかけられた。全国的な認知度はまだまだ低いが、着々と沖縄に浸透していると感じた。
(取材・文=武松佑季)