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小黒一正教授の「半歩先を読む経済教室」

新型コロナウイルスに関する一考察(小黒一正/法政大学経済学部教授)

文=小黒一正/法政大学教授
新型コロナウイルスに関する一考察(小黒一正/法政大学経済学部教授)の画像1
閑散とした成田空港(写真:UPI/アフロ)

 新型コロナウイルスが日本経済に及ぼす影響を検討するためには、データ制約があり容易ではないが、そもそも、このウイルスが最終的に人口の何割程度まで感染等で広がり、人口の何%が死亡する可能性があるのかを見定める必要がある。

 私の専門は財政・社会保障で感染症が専門ではないが、新型コロナに関する記事や文献を含め、いろいろ調査を行い、政策判断に重要な変数は、現在のところ、「基本再生産数」「致死率」「今後の死亡者数の月次推移」の3つであると考えている。

基本再生産数

 まず、「基本再生産数(R0)」は、感染力の強度を示すもので、一人の感染者が(免疫の獲得あるいは死亡で感染力を喪失するまで)平均的に何人に感染させるかを表す値である。風疹は12~18、天然痘は5~7、通常の季節性インフルエンザは2~3であり、事後に推定結果が変わる可能性もあるが、WHOは新型コロナウイルスの基本再生産数(R0)を1.4~2.5の範囲と推定している。

 このR0が重要なのは、R0の値から「集団免疫率」が計算できるためである。通常、我々人間はウイルスなどに感染すると、回復過程でそのウイルスに対する免疫を獲得する。感染症のなかには、集団の大部分が感染し免疫を獲得することで、感染の連鎖が断ち切られ、感染していない人を保護する機能が働く場合がある。このような機能を「集団免疫」といい、人口に対する免疫保有者の割合を「集団免疫率」と呼ぶ。このため、集団免疫率は、最終的に人口の何%が感染すると、感染拡大が終息に向かうかの目安ともなる。

 これは次のような理論的な考察で判断できる。まず、具体的に「基本再生産数R0=2.5」のケースを考える(精緻なモデルは注1を参照)。このとき、感染が拡大していない初期時点で、ウイルス保有者が1人いるとしよう。一定期間の間(第1期)において、このウイルス保有者1人は平均的に2.5人に感染させる。第1期における最初のウイルス保有者は免疫の獲得か死亡で感染力を失うので、第1期末のウイルス保有者数は2.5人となる。

 次に、また一定期間が経つと、第2期末のウイルス保有者数は2.5の2乗となり、同様の考察から、第n期末のウイルス保有者数は2.5のn乗となる。この状況が継続すると、感染者数が爆発的に増大するが、十分に時間が経過し、我々の集団がこのウイルスに対する集団免疫をもち、人口のZ%が免疫をもつ状態になったとしよう。

 このとき、1人のウイルス保有者が平均的に感染させる人数は確率的に2.5×(1-Z)人となる。その期間から第m期後のウイルス保有者数は(2.5×(1-Z))のm乗に比例する。この値がゼロに収束する条件は、数学的に「2.5×(1-Z)<1」であり、これは「Z>1-1/2.5=60%」になる。すなわち、基本再生産数(R0)が2.5のケースでは、集団免疫率(Z)が6割になると、感染が終息に向かうことを意味する。

 一般的に集団免疫が機能するには「Z>1-1/R0」という関係が成立する必要があり、同様の計算で、基本再生産数(R0)が1.4のケースでは、集団免疫率(Z)は約3割になると終息する。

 WHOの推定が妥当で、新型コロナウイルスの基本再生産数(R0)が1.4~2.5の範囲であれば、最終的に感染する人口割合の目安は3割~6割となる可能性を示す。日本の総人口は約1億人なので、集団免疫を獲得するまでの感染者数は約3000万人~6000万人となる。

致死率

 では、感染者のうち本当に深刻な事態に直面する人々の割合はどうか。その一つの指標が致死率だが、中国の分析事例によると、感染の患者数(4万4672人)のうち「軽症」「重症」「重篤」の割合は、それぞれ、「軽症」が約81%(3万6160人)、「重症」が約14%(6168人)、「重篤」が約5%(2087人)であったとの報告がある(注2)。また、「重篤」(2087人)のうち死亡者数は1023人であり、重篤に陥ると約49%(=1023人÷2087人)の確率で死亡することを意味する。軽症以外の2割(重症や重篤の合計8255人)のうち約12%が死亡している。

 なお、感染者全体に占める致死率は約2.3%(=1023人÷4万4672人)であるが、この致死率はどのデータを利用するかで値が変わる。例えば、新型コロナウイルス感染症対策本部の資料(「新型に関連した感染症の現状と対策」(2020年3月10日)によると、世界の患者数10万8482名のうち死亡者数は3819名であり、このデータからの簡易試算では、感染した場合の致死率は約3.5%となる。

 また、厚労省HP「新型コロナウイルス感染症について」の「国内の発生状況」(3月15日12:00現在)によると、PCR検査陽性者777名のうち死亡者は22名であり、このデータからの簡易試算では、感染した場合の致死率は約2.8%となる。

 致死率が2%~3%では、集団免疫の機能が働くまでに60万人~180万人(=2%×3000万人~3%×6000万人)も最悪ケースで死亡するリスクがあるが、致死率はもっと低い可能性もある。例えば、Fauci, Lane, and Redfield(2020)によると、新型コロナウイルスに感染しても無症状や軽度である人々がおり、それが報告感染者数の数倍である場合、推定致死率は0.1%~1%である可能性を指摘している(注3)。このFauci博士らの予測が妥当な場合、最悪ケースでの死亡者数は3万人~60万人(=0.1%×3000万人~1%×6000万人)となる。なお、Fauci博士らの致死率に関する予測が正しい場合、日本国内の3月15日時点での死亡者は22名であるから、日本の現在における真の感染者数は、逆算で2200人~22000人(=22人÷0.1%~1%)程度である可能性を意味する。

今後の死亡者数の月次推移

 以上のほか、「今後の死亡者数の月次推移」の確認も重要である。以下の図表は、「12か月平均の死亡者数」の推移について、厚労省の人口動態統計月報から作成したものだが、2017年1月から2019年10月まで、月平均0.014万人程度のペースで12か月平均の死亡者数は増加しており、2019年10月の死亡者数(12か月平均)は11.4万人である。仮に2020年1月以降の死亡者数(12か月平均)が、このトレンドを超えて増加しているならば、何か別の要因が作用している可能性があり、そのなかには新型コロナウイルスでの死亡者数も含まれる可能性がある。

 また、その増加分が報告されている新型コロナウイルスの死亡者数よりも明らかに多いと見込まれる場合は、新型コロナウイルスに感染して死亡したにもかかわらず、報告されずに死亡している可能性を示唆するはずである。

(文=小黒一正/法政大学教授)

新型コロナウイルスに関する一考察(小黒一正/法政大学経済学部教授)の画像2
(出所)厚労省「人口動態統計月報(令和元年10月分)」の参考「当月分を含む過去1年間の動向」から作成

注1)稲葉寿(2008)「微分方程式と感染症数理疫学」数理科学No.538, pp.19-25.

注2)The Novel Coronavirus Pneumonia Emergency Response Epidemiology Team (2020) “ Vital surveillances: The epidemiological characteristics of an outbreak of 2019 novel coronavirus diseases (COVID-19) – China, 2020,” China CDC weekly, 2020.

注3)Fauci, S., Lane, C., and Redfield, R.(2020) “Covid-19 — Navigating the Uncharted,” The New England Journal of Medicine, online February 28, 2020.

小黒一正/法政大学教授

小黒一正/法政大学教授

法政大学経済学部教授。1974年生まれ。


京都大学理学部卒業、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。


1997年 大蔵省(現財務省)入省後、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2015年4月から現職。財務省財務総合政策研究所上席客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー。会計検査院特別調査職。日本財政学会理事、鹿島平和研究所理事、新時代戦略研究所理事、キャノングローバル戦略研究所主任研究員。専門は公共経済学。


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