責任者は「新型コロナウイルス開発者」と報道の人物…中国、科学者1千人集めワクチン開発
世界各国で新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、中国と米国によるワクチンの開発競争が激化している。感染源とされる中国では、習近平国家主席の肝いりで国家のメンツをかけて、中国人民解放軍直属の軍事科学院軍事医学研究院を中心に、約1000人もの科学者や疫学者、ウイルス学者、医師らが研究に取り組んでいる。
対する米国も国防総省傘下の研究機関がワクチン開発に参画ししのぎを削るなか、思わぬ伏兵が現れた。それが米製薬大手モデルナで、短期間で開発した新型コロナウイルスのワクチンを米政府研究機関に提出。中国で発生した同ウイルスの感染拡大阻止に効果があるかどうかを確かめるため、初の臨床試験が実施されており、同社の株価は急騰している。
米中間のワクチン開発競争が激化
中国人民解放軍軍事科学院軍事医学研究院(アカデミー)は中国の軍事医学研究機関の最高峰で、1951年に上海で設立。解放軍総後勤部衛生部に所属する。1958年から北京に拠点を置き、いまでは北京、天津、上海、吉林省、黒竜江省などに11の研究機関と直属の病院を擁している。
このなかでも、ウイルス研究部門は天津にある「康希諾生物」で、軍直属の製薬会社も設けている。研究所の責任者は人民解放軍の生物戦を担当する最高の専門家の陳偉少将だ。彼女は2002年秋に中国本土で重症急性呼吸器症候群(SARS)が発生した際、コロナウイルスのワクチン開発に参画し「鼻スプレー」を開発し、一定の効果が確認されている。また、アフリカで発生したエボラウイルスのワクチンの共同開発者の1人として名前を連ねている。
今年1月に湖北省武漢市で新型コロナウイルスの感染が拡大した際、米メディアが、ウイルスは武漢市の中国人民解放軍武漢ウイルス研究所で生物兵器として開発されたもので、それが外部に漏洩し感染が拡大したとの観測を報じた。陳氏は武漢研究所に在籍中に炭疽菌の研究を続けていたことから、「新型コロナウイルスを開発した当の本人」と名指しされたこともある。いまだに、この報道を裏付ける根拠は示されていないが、いずれにしても彼女は中国で有数の疫学者であることは間違いなく、「軍最高指導部から一刻も早くワクチンを開発するよう命じられている」と香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは伝えている。
なぜならば、マーク・エスパー米国防長官が軍傘下の米軍生物学防衛研究所(米メリーランド州フォート・デトリック)やウォルター・リード陸軍研究所にワクチンの開発を命じていると伝えられているからだ。
中国最高指導部としては、中国を感染源として激しく批判しているトランプ米政権には絶対負けられない。このため、陳氏を筆頭に解放軍内の1000人の専門家をつぎ込んでいるのに加えて、半年間から1年の特別招聘研究員として中国内の研究機関の専門家を軍内の研究チームに加えているほどだ。
中国の研究チーム研究員の間では「我々が最も早くワクチンと開発できるはずだ。なぜならば、我々専門家が自らワクチンのモルモットとして、人体実験に加わることができるからだ」との冗談とも本気ともつかないコメントが伝わっているという。
米モデルナ開発のワクチン、臨床試験へ
このようななか、中国指導部や研究者にとって衝撃的なニュースが伝わった。米製薬大手モデルナが2月26日、新型コロナウイルスの遺伝子構造が初めて解析されてから2カ月足らずで、ワクチンをヒトに投与する臨床試験向けに、米国立衛生研究所(NIH)傘下の国立アレルギー感染症研究所(NIAID)に送られたのだ。NIAIDのアンソニー・ファウチ所長は、モデルナのワクチンを試験する準備は4月下旬までに整うのではないかと説明しており、このニュースが発表されると、同社の株価は一時43%も上昇し、終値は28%高の23.76ドルだった。
モデルナのワクチンは効果があるかどうかはまだ不明だが、この発表を受けて、中国側もワクチン開発に急ピッチで取り組んでいると伝えられるだけに、来月の臨床試験までに中国がワクチンを開発できるかどうか、最後の最後まで熾烈な開発競争が展開されることは間違いないだろう。
(文=相馬勝/ジャーナリスト)