新型コロナウイルスの感染拡大による世界の原油需要(日量約1億バレル)の減少に歯止めがかからない。先月中旬時点の世界の原油需要の減少幅は日量約400万バレルだったが、現在、その減少幅は全体の2割(日量約2000万バレル)に拡大するとの観測が出ている(3月21日付OILPRICE)。
このため世界の原油価格は1バレル=20ドル前半と約18年ぶりの安値となっているが、さらなる悪材料がある。減産協議がまとまらなかったことに切れたサウジアラビアが一転して大増産に舵を切ったことから、2017年1月から実施されてきたOPECとロシアなどの大産油国(OPECプラス)の協調減産が4月から失効し、世界の原油供給量が日量約400万バレル増加するのである。
OPECプラスの協調減産のおかげで世界最大の原油生産国に返り咲いた米国だったが、最近の原油価格の急落によりシェール企業が大ピンチに陥っている。現在の原油価格の水準で生き残れるのは、エクソンモービルやシェブロンなどの大手メジャーのみであり、シェール企業の半数以上が近いうちに経営破綻する恐れが出ている。
これまで「OPECプラスの協調減産により国内のガソリン価格が高くなっている」と文句を言ってきたトランプ大統領も、原油価格の急落を憂慮するようになった。国内市場における原油の供給過剰を緩和するため、米国政府は16日、「最大7700万バレルの国産原油を買い入れる」ことを明らかにした。
米上院の複数議員は18日、トランプ大統領への書簡で「サウジアラビアとロシアからの原油輸入を禁止する」よう求める動きが出ている一方で、大産油地帯を擁するテキサス州でもシェール企業の求めに応じて当局が1970年代初め以来となる産油制限の検討を開始した。テキサス州政府は連邦政府に対して「シェールオイル減産を条件にサウジアラビアとロシアに減産を交渉してほしい」との要望を提出したことが影響したのだろうが、
トランプ大統領は19日「サウジアラビアとロシアの間で勃発した原油の価格競争について適切な時期に自らが介入する」との異例の発言を行った。
20日原油価格の安定化に向けサウジアラビアにエネルギー省幹部を派遣するなど、サウジアラビアへの外交交渉を開始したが、ロシアに対しては制裁をちらつかせて減産を迫る案を検討している(3月19日付ウォール・ストリート・ジャーナル)。
金融危機に発展の懸念も
サウジアラビアの足元の石油政策の大転換を主導したのはムハンマド皇太子である。彼の石油政策に関する基本的な考え方は、「原油の希少性が薄まった現在、減産して市場シェアを奪われるよりも低価格で増産する戦略のほうが合理的である」というものである。これまでのようにサウジアラビアが求めに応じて進んで減産する可能性は低い。仮に応じるとしても、ロシアと米国がともに減産を行うのが必須条件だろう。
しかし3年以上にわたり協調減産を実施してきたロシアがこれに応じる可能性はない。盟友ともいえるロシアをばっさりと切り捨てたサウジアラビアの対応にはらわたが煮えたぎっているばかりか、さらなる制裁でロシアに一方的な要求を迫ってくる米国に対する反発が高まるばかりだからである。
米国の減産についてもこれまで何度も議論されてきたが、仮に政府が希望したとしても3000社以上に上るシェール企業に協調行動を採らせることは至難の業である。資金難により探鉱活動が停滞しているものの、シェールオイルの4月の生産量は過去最高の日量908万バレルとなり、米国の原油生産量が減少し始めるのは今年の第3四半期になる見込みである。
ロシアと米国が減産が応じなければ、良好な関係にあるとされるトランプ大統領の要望であってもムハンマド皇太子が首を縦に振ることはないだろう。そうなれば原油価格は1バレル=20ドル割れが常態化し、10ドル割れの可能性も視野に入ってくる。
2014年以降の原油価格の急落で、2015年から16年にかけて100社以上のシェール企業が破綻に追い込まれているが、今回の原油価格急落の影響がすでに出始めている。18日までにテキサス州の複数のシェール企業は破産申請に追い込まれ、業界最大手の一角を担うチェサピーク・エナジーは約90億ドルの債務返済に窮している(3月16日付ロイター)。
原油価格急落でシェール企業などが発行している社債のうち5000億ドル分が、今後2週間でディストレスト債(経営破綻に陥った会社の債券)扱いになると見込まれており(3月20日付ZeroHedge)、米国の金融市場に悪影響が及ぶのは時間の問題である。
シェール企業の負債を抱えるテキサス州やオクラホマ州などの地方銀行の経営悪化にもつながり、地域経済全体が極度に不振に陥るリスクが高まっている。この現象は1986年の原油価格急落により経営破綻した米国の中小石油企業のファイナンスを担っていた貯蓄貸付組合に大量の焦げ付きが発生し、テキサス州を始め米国内で金融危機が生じた事例を彷彿とさせる。
このときは多額の救済資金が投じられたことで米国のみの危機でおさまったが、金融面のグローバリゼーションが進展した現在、今後の発生が懸念される危機が米国にとどまる保証はないのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)