新型コロナウイルスが猛威を振るう中国は、新たな危機に直面している。
中国当局は2月27日、「中国は、東アフリカで発生しインドやパキスタンに広まったサバクトビバッタの大群の侵入リスクにさらされている」と警告し、各部門に被害拡大防止体制を整備するよう求めた。サバクトビバッタは、アフリカと中東の乾燥した地域に生息していて、大雨が降って植物が繁茂すると大発生する。東アフリカとアラビア半島は、過去2年間サイクロンに複数回見舞われるなど異常に雨の多い天気が続いていた。
サバクトビバッタの寿命は約3カ月で、その間に繁殖する。繁殖の条件がよければ、次の世代のバッタは20倍に増えると言われている。2018年の2つのサイクロンによってわずか9カ月の間にアラビア半島に生息するバッタは約8000倍に増加した。その後、2019年10月に東アフリカの広い範囲で激しい雨が降り、2020年1月にケニアで過去70年で最悪の規模の被害が発生している。
国連によれば、ケニアでは最大1200億匹のサバクトビバッタの襲来により8400万人分の食糧が失われるリスクが高まっている。2月15日付米誌ナショナル・ジオグラフィックは、東アフリカに発生したサバクトビバッタの大量襲来の様子を聖書の「出エジプト記」に書かれた「十の災い」になぞらえている。増えすぎたサバクトビバッタは移動を始める。サバクトビバッタは1日当たり約150km移動できるとされており、被害地域はさらに広がっている。
昨年末以降、中国と国境を接するインドやパキスタンでもサバクトビバッタにより甚大な被害が出ていることから、中国メディアは2月中旬に相次いで関連記事を掲載したが、専門家は「サバクトビバッタは中国で生存できないから、大きな脅威にはならない」との見方を示していた。国連食糧農業機関(FAO)は、「サバクトビバッタの数は今年6月までに現在の500倍になる恐れがある」とする予測を出しており、サバクトビバッタの猛威は一向に収まる気配を見せない。
後手に回った中国当局は、サバクトビバッタの襲来をはたしてコントロールできるのだろうか。
スタグフレーション襲来の懸念も
当局が示したサバクトビバッタの中国への侵入は、(1)インドやパキスタンを経由しチベットに至るルート、(2)ミャンマーから雲南省に至るルート、(3)カザフスタンから新疆ウイグル自治区に至るルートの3つである。
21世紀に入り大躍進を続けている中国経済だが、農業部門のウェイトはけっして小さくない。GDPに占める農業の割合は7%強、農業人口は約6億人である。経済発展から取り残されている地域で甚大な被害が発生することが予想されるが、悪影響は農村部に止まらない。新型コロナウイルスの感染拡大で不自由な生活を強いられている都市部の住民の食料価格が、さらに上昇する可能性が高いからである。
中国では2018年8月からアフリカ豚コレラが蔓延し、国内の豚の飼育頭数が30%減少したことから、豚肉価格が高騰している。豚肉価格は昨年11月から前年比110%以上となっているが、昨今の新型コロナウイルスの感染拡大で物流機能が麻痺したことから、豚肉価格はさらに上がっている。中国の国民食ともいえる豚肉の価格の大幅値上げは、都市部住民にとって不満以外の何ものでもない。中国の1月の消費者物価は5.4%と上昇しているが、実勢はもっと高いだろう。
これに加えてサバクトビバッタの襲来で、小麦やトウモロコシ、大豆などに大きな被害が出ることになれば、都市部の住民の生活は成り立たなくなってしまう。新型コロナウイルスの感染拡大による経済活動の大幅停滞と食料インフレにより、中国経済にスタグフレーションが襲来する日は近いのではないだろうか。経済の不調、特にインフレは、中国社会に動乱が生じる引き金になるかもしれない。
1989年に起きた天安門事件の遠因は、1年前から生じていた年率20%以上の大幅なインフレであった。これにより抗議の波が、学生から一般労働者、商店主へと燎原の火のように広がっていったのである。
中国のネット空間では「中国は食糧輸入大国だから国際価格が高騰しそうだ」「新型コロナウイルスの蔓延という人災がまだ終わっていないのに、本当の天災が起きようとしている」「これまでのアフリカ豚コレラ、新型コロナウイルス、バッタの大群などはみな、お天道様が共産党に与えた罰のように見える」と悲観的な見解で溢れかえっている。
「弱り目に祟り目」の中国の今後の動静にますます目が離せなくなっている。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)